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教科書を開け。
マリアンヌに扮して学校生活を送ること一か月が経とうとしている。
その間、何も言われていなかったのに。
先生が突然言い出したのは、リリアンの仕業だ。
「すみません。忘れて来てしまいました」
「そうか。まあ、今日はそのまま聞いててくれ。明日からは持ってこいよ」
「はい」
「それじゃ、前の続きからやるぞ」
私は言い訳をせず、素直に先生に謝る。
先生はため息を吐き、授業を始める。私に背を向け、黒板に何かを書き始めた。
カッ、カッとチョークが滑る音が聞こえる。
(この授業は乗り切れそうね)
私はポケットにある小さなノートとメタルペンで黒板に書かれた内容を書き写す。
先生の雑談も簡潔に書き取る。テストの一割がこの雑談に含まれていたりするから書き残しておいて損はない。
以降、国語の授業は何事もなく終わった。
(注意された件については気にしない。ひとまずは次の授業に―ー)
私は、次の授業の内容を思い出すべく、目を閉じて集中する。
内容は頭の中に入っている。大丈夫。国語の先生は目についた私が教科書を持っていないことに気づいて、指摘しただけ。たまたま。
そう、自分に言い聞かせている間に、歴史の授業の先生がやってきた。
「さて、今日はメヘロディ建国百年の話から―ー」
そう。私が覚えてきた内容の通り。
「先生! 建国百年の戦乱期の話は有名ですから、先の話がいいですわ」
「ほう、それもそうじゃな。リリアン嬢に意見ある者はおるか?」
「「ありませーん」」
「次回のテストの範囲じゃから、ちゃんと自習するのじゃぞ。じゃあ、今回は八十ページから―ー」
えっ、授業の内容をすっ飛ばしていいの?
テストの範囲なのに。
私が頭に覚えた内容が、リリアンの一言で一気に無駄になった。
リリアンの言う通り、メヘロディ王国が建国して百年目の頃は戦争が絶えない戦乱期だ。
一番有名な話は、魔法という不思議な力を操る隣国カルスーン王国のソルテラ伯爵が太陽のような巨大な火球をマジル王国の領地に落とした出来事だろう。
その威力はすさまじく、巨大な火球が落ちた跡は現在、観光地となっている。メヘロディ王国には被害はなかったが、当時、火球を見た作曲家が残した”落ちる太陽”という曲は今でも弾かれている名曲だ。
私が暗記していた授業の内容も、ソルテラ伯爵の内容だった。わざわざ授業で取り上げずとも、自習でいい内容だと私も思う。
「では、マリアンヌ……、おろ? 教科書はどうしたえ?」
(しまった)
歴史の先生は、日付と出席番号を紐づけて回答者を選ぶ。
今日は私が当てられる日。
リリアンはこうなることを知っている。そして、私が教科書を持ってこずとも、暗記と予習で乗り切っていることを今までの授業で分かっているはず。
「すみません、忘れてきました」
「そうか。なら仕方ないのう。次は持ってくるんじゃぞ」
二つの授業で教科書を忘れてきた。
二人の先生に教科書を持ってきていないことを指摘された。
これはまずい。
(これは偶然じゃない。リリアンがまた仕掛けてきたんだわ)
私はリリアンに悪い流れに持って行かれているのだと気づく。
案の定、放課後、私は担任の先生に呼び出された。
☆
「マリアンヌ、授業中、教科書を持ってきていないというのは本当かね?」
「……はい」
「しかも三教科。全部忘れているじゃないか。どういうことだい?」
「あの、その―ー」
担任の先生に呼び出された私は、彼に教科書の件で問い詰められていた。
国語、歴史、数学。
全部の授業で、教科書が無いことを指摘された。
偶然忘れたと言い逃れが出来ない状況に、リリアンに追い込まれたのだ。
リリアンが仕掛けてきた計画は、”授業態度が悪い生徒に仕立て上げること”だ。
音楽科が二学年に進級するには、実技の試験で合格することと一般の科目で一定の評価を得ることだ。
科目の評価はテストの点数と課題、授業態度で決まる。
前者二つは問題ないが、それだけでは良い評価はもらえない。
リリアンは私が教科書を持って来ずに授業を受けていることに気づき、”授業態度”の評価を下げ、進級しづらくしようとしているのだ。
(姑息な手ね……)
私は心の中でリリアンに悪態をつきながら、先生に笑顔でその場しのぎの言い訳を述べる。
「教科書全部、ここで無くしてしまいましたの」
「無くなった……、心当たりはあるのか?」
「最近、ロッカーに入れていたものが無くなるんです」
「ふむ、盗難か。ロッカーのカギをかけ忘れたとかはーー」
「ありません」
「……なるほど。なら、新しいロッカーとカギを手配する」
「ありがとうございます」
トルメン大学校でも盗難は起こるらしい。
ロッカーと鍵を早急に対応してもらえそうだ。これでロッカーに物を入れることができる。
「無くなった教科書についてだが、用意するのに時間がかかる。その間は図書館で借りてくれ」
「……わかりました」
先生の呼び出しはそれで終わり、私は部屋を出た。
部屋を出た先にはリリアンと女生徒二人がいた。
「呼び出しなんて、惨めなものね」
「……」
「授業中、教科書を持って来ないなんて不真面目なこと」
「そうね。先ほどその件について先生にご相談していたの」
私はリリアンの嫌味を笑顔で切り返す。
「リリアンさまもお気遣いありがとうございます。私はこれで失礼します」
「ふんっ、余裕な態度を取っていられるのも今のうちよ!」
私はリリアンに一礼して、その場を去る。
去り際に、挑発されたが無視した。
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