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先生に呼び出しをくらい、待ち伏せられていたリリアンとにらみ合った後、私は図書館へ向かっていた。
寮に教科書はあるものの、あれらを外に持ち出したくはない。
大切なものは、安全な場所にしまっておく。
今、私は自分のロッカーが安全な場所だと思っていないのだ。
だから、授業で使う教科書は図書館のものがいい。
トルメン大学校の図書館は沢山の本がある。町の大図書館と同じ規模だろう。
音楽科では、曲に感情や深みを持たせるため、作曲家の人物史などがまとめられた書籍を借りる。私の場合、屋敷で読んで覚えているので、来る機会もなかった。
「本、どうやって借りるのかしら……」
学生証を使って借りるとしたら、私はそれを持っていない。
”無くした”といって再発行できるのだが、時間がかかる。
カードに名前を書くだけだったらいいんだけど……。
私は入口近くにある”利用方法”を熟読し、図書館の利用方法を覚える。
(本の中にある図書カードに学年と名前を書くだけ……。貸出期間は一週間)
学生所を使わなくてもいい。私はそれを知って安堵した。
本の借り方を知った私は、次に本の山から一学年で利用する教科書が仕舞っているある棚を探す。
その棚から明日の授業で使う教科書を選ぶ。そして、図書カードに学年と名前を書いた。
「本、借りたいです。お願いします」
私は前の人に倣って、図書委員に借りたい本と図書カードを出した。
これで面倒から解放されるとほっとした、その時。
「だめだ」
拒否された。思いもよらない返事に、私は本の貸し出しを拒否した人物の顔を見る。
「あっ」
トルメン大学校の制服を着た男子学生。ワッペンの色が私と同じものだから同学年だ。
同学年の生徒は百人いて、五クラスある。
だけど、私はこの男子生徒を知っている。
彼はクラスメイトであり、私と同じ音楽科に所属しているピアノ奏者。
「グレン、どうして意地悪をするの?」
グレン。彼は前回の試験でリリアンを差し置いて一位を取った。
赤みがかかった茶色の髪を短く切り揃えた、キリっとした茶の眼差しの真面目な男子生徒。
背は私より高く、男子生徒では平均的な身長。容姿は……、チャールズに劣るが整っているほうだと思う。
あまり話したことがないけど、グレンが奏でるピアノの音色は”精密”さを感じる。楽曲に対して真摯に接していないとそんな演奏は出来ない。
チャールズの発言からして、グレンは留学生。マジル王国かカルスーン王国の出身だ。
ファミリーネームが伏せられていることから、グレンは複雑な家庭の子なのだろう。
「私、図書カードに学年と名前を書いたわ。書き忘れていた箇所があって?」
「……いいや、普通だったらそのまま手続きするんだが」
「遠まわしな話は苦手なの。はっきり言ってくださる?」
私はグレンに詰め寄る。
グレンはリリアン側の人間で、マリアンヌに意地悪をする存在なのか。
正当な手続きをしているのに、貸し出しを拒否されたのか。
それはマリアンヌだからなのか。
「そ、それはだなーー」
「おい、後ろがつっかえてるぞ」
グレンはバツが悪そうな顔をして、私の質問に答えようとするも、遮られてしまった。
私の後ろに、本を借りたい生徒の列が出来ている。
夕食の時間が近づいており、それまでに本を借りたい、返却したい生徒で混み合っているのだ。
グレンは後ろに列が出来ていることに慌てる。
「夕食とったら、図書館に来い。そこで話をしてやる」
「まあ、そんな強引な誘い方で私が図書館に来ると思って?」
「……お願いしますマリアンヌさん、列が込み始めたので、その話は夕食の後にしていただけないでしょうか? 夜、寮で二人きりになるのは噂が立ちやすいので、できれば図書館でお話がしたいです」
「仕方ないわね、そこまで言うのでしたらまた後で」
「ああ、またな」
行列が出来ていて、早く処理しないといけない状況。
ごねていれば、相手が折れると思ったが、グレンは早口でそれっぽい理由を捲し上げ、私が断れないようにしてしまった。
(頭の回転が速い。リリアンとは真逆ね)
もし、これがリリアンであったら、私の思う通りに誘導できたのに。
心の中で舌打ちしながら、私は手ぶらで図書館を出た。
☆
そして、約束の時間。
私は図書館に来た。
図書館は夜も解放されており、自習や宿題をしている生徒が多い。
定期テスト前は席が取れないほど生徒で溢れかえっているとか。
「来たな」
「ええ。あなたが意地悪をするから」
「悪かったよ。じゃあ、こっち来てくれ」
私は黙ってグレンについて行く。
そして、人のいない場所で私たちは席に着いた。
座るなり、グレンは深いため息をついた。
夜のプライベートな時間に、男女が図書館で―ー。
私だって気まずい。話を終わらせて寮へ帰りたい。
スカートの裾をぎゅっと強く握り、グレンの顔をじっと見つめる。
グレンはうつむいており、表情が見えない。
「俺があの時、本の貸し出しを拒否したのはーー」
グレンは理由を語り始めた。