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大森さんのお誕生日に間に合うか?!
前作の6話と7話の間の時期のお話です。
「りょうちゃん、今日この後時間ある?」
そう元貴から声をかけられたのは新曲のレコーディングが一段落し、帰り支度をしている時だった。 今日はもう家に帰るだけだ。おれは元貴を見て頷く。
「うん、あるよ〜。どうしたの?」
「うち来てくんない?」
えっなんだろう。今日のレコーディングの反省会…? ちょっと身構えるも、今日の演奏は我ながらけっこう良かったんじゃないかと思うんだよね。元貴も満足そうに見えたし。
もしかして、急に ダウナー入った?
フェーズ1の時は精神的に不調なことが多かった元貴によく部屋に呼ばれたけど、活動再開後はそれも随分少なくなっていた。心配になって彼の心を探るように見つめる。…瞳に翳りはないように見える。
少し安心し、いいよー!と頷く。
「良かった。ちょっと待ってて」
今日はもう帰りまーす、とスタッフさんに声をかけ、荷物を持った元貴がやってくる。
おれ達の会話を聞いたマネージャーは車を出す為に先に外に出てくれている。
おれもお疲れ様でしたーと挨拶をして、元貴と並んでスタジオを後にした。
スタジオの前で待ってくれていた車に乗り込むと、元貴がマネージャーに声をかける。
「今日はりょうちゃんも俺ん家で降りるー」
わかりました、という返事の後、 車が動き出す。
「若井も来るの?」
おれのレコーディングに同席してくれていた若井だけど、今日は用事があるって先に帰って行ったんだよね。
「いや、若井は来ないよ」
ふーん、と頷いたあと、少しソワソワしてしまう。なぜかと言うと、おれと元貴は先日、お互いに好き合っているということが発覚したからだ。
と言ってもその日以降、おれはレコーディングに向けて練習の日々だったし、元貴はドラマの撮影なんかで怒涛のスケジュールをこなしていた。最後にお仕事以外の会話をしたのがいつだったか、もう分からないくらい。
でも元貴の態度もこれまでと全く変わらないし、あの日の出来事はもしかしておれの夢だったのか…?と窓の外を眺めながらぼんやり考えているうちに、車は元貴が住むマンションのエントランスに着いた。
お疲れ様でした、と言うマネージャーにありがとう、お疲れさまーと2人で車を降りた。
元貴の部屋は最上階で、ワンフロアに部屋がひとつしかない。スタッフが集まって打ち合わせをするスペースがあったり、事務所兼、という感じのおしゃれできれいな部屋だ。
おれは荷物が多いし片付けも得意じゃないから、元貴の部屋に来るといつもすごいなーってキョロキョロしてしまう。
「ハイハイ、よそ見してないで入って座って」
まだ玄関にいるおれに、手洗いうがいを済ませた元貴が言う。体調管理もちゃんと気をつけててほんとに偉い。
おれもお邪魔しまーす、と靴を脱ぎ、元貴に倣って手を洗ってからリビングに向かった。
「なんか食べる?特に何もないけど」
ソファに座ると、キッチンにいる元貴が冷蔵庫を開きながら聞いてくれた。 夜ご飯はスタジオのケータリングで済ませたのでお腹は空いていない。
「ううん、大丈夫〜」
おれが答えると元貴は両手にグラスを持ってリビングにやってきた。
「例のレモネード、消費手伝って」
「え、それ1年くらい前じゃない?まだあるんだ」
元貴が間違えてたくさん買ってしまい、当時おれもいくつかお裾分けしてもらったレモネードのパッケージを思い浮かべながらグラスを受け取る。
「だいぶ配ったんだけどさ〜…まぁ賞味期限はまだ大丈夫だから安心して」
一口飲んでグラスをローテーブルに置いた元貴がおれの隣に腰掛ける。
おれもレモネードをいただく。美味しい。グラスを下ろすとスッと元貴に持って行かれ、同じようにテーブルに置かれた。
あ、取られたと思っていると、元貴がギュッと抱きついてくる。
「…あのさー。俺こんなこと言うのカッコ悪くてすげー嫌なんだけどさ。」
少し低いところにある元貴の頭のてっぺんを見る。顔は伏せられていて見えない。
「ん?」
「その………俺ら、恋人同士になったって思ってて、いいわけ?」
「あっっっ」
夢じゃなかったわ。
「あっじゃないのよ。まさかなんだけど、りょうちゃん忘れてた?」
そんなことある?と俯いたままの元貴に問われる。
「いやいやいや!勿論忘れてはないですよ!」
慌てて首を振り、なんて言うか…と首を捻る。
「次に会った時とかちょっと緊張したけど、元貴の態度もめちゃくちゃ普段通りだったからさ?おれもどういう感じかなーっとは思ってたんだよ?」
「……まぁそりゃ、仕事中は真剣にはなっちゃうよね」
「それは勿論だよね、大事なこと」
うんうん、と頷く。
「…で、さっきの答えは?今はオフだよ」
「あっ、えーっと。コイビト………」
そう言われて、少し考えをまとめるために目を閉じる。 おれだって、あの日からの間に全く何も考えなかったわけではないんだ。
「えっとね、おれは自分が元貴のことが好きだなんて、あの時元貴に教えてもらって初めて気づいたでしょ?で、キスするのも……嫌じゃないって言うか、気持ちよくていっぱいしちゃったんだけど」
あれ、別に気持ちいいとか言わなくて良かったな?と思いながら言葉を続ける。
「そもそもバンド内でコイビト、とかっていうのは大丈夫なのかな、って思って。 おれだって恋愛経験が全くないわけじゃないから、恋をすると楽しいことだけじゃないっていうのも知っているし、お仕事に支障でちゃったりしないのかな、とかは考えたよ。世間的にも、その、男同士だし」
「…りょうちゃんのくせにまともなこと言っててムカつく」
「でもあの日からさ〜〜…………実は元貴が普通なの、寂しかったんだよね。あぁ、おれ本当に元貴に恋してるんだって思ってた。けど元貴がめっちゃ普通だったじゃん?!ちょっと混乱しちゃって。だ から 今、元貴が聞いてくれて安心っていうか、嬉しかった。どうしたらお仕事に支障なく、お付き合い、できるかな…?」
ここしばらく感じていたことと、自分で考えてもわからなかったことを元貴に聞いてみる。
「おま……ッ、まず結論から言えよ!!! フラれたと思ったじゃんかよ!!!」
ガバッと顔を上げた元貴の顔に思った以上の悲壮感があって、慌てる。
「えっごめん…! 元貴が、元貴の作る音楽が、ミセスとしての活動が、本当に大切だからさ?おれなりに考えたことをお伝えしておこうかと思って…!」
「…………… ちゃんと考えてくれて、ありがと。ちょっと取り乱した」
元貴に気持ちが伝わったみたいでほっとする。考えたつもりだけど、話すの上手くなくて申し訳なかったな。
少し考える様子を見せた後、元貴が口を開く。
「りょうちゃんの言う通りさ、恋人になったらそりゃ喧嘩とかもするだろうし、仕事がやりにくいこともあるかもしれない。でも…りょうちゃんも俺のこと好きでいてくれるって分かったら、俺はもう我慢できない。喧嘩したら仲直りしよ?仕事は2人ともちゃんとやるでしょ。他に何かあったらその時一緒に考えたい。… だから、恋人になろう。」
熱い眼差しで伝えてくれる元貴に、気恥ずかしくも嬉しくなる。
「ありがとう……うん、お願いします……」
へへ、と笑って伝えると、元貴が嬉しそうに破顔する。あ、えくぼ。可愛いな…と思っていると、次に視界に入ったのは天井だった。
一瞬何が起こったか分からなかったけど、おれは元貴によってソファに押し倒されていた。
おれの顔の横に手をついた元貴が囁く。
「で、キスが気持ち良かったって……?」
…やっぱり、いらないこと言ってた。