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ああ、第7話、読み終えました。ここにきて一気に張り詰めた空気になりましたね……。最初の穏やかな地下の日常(ルカの絵の話とか、しゆらがお腹鳴らすシーン)から、じわじわと異変が忍び寄る構成が巧みで、読んでいて息が詰まりました。 特に、しゆらが暴走誘発剤の影響で理性を削られながらも、それでも予紬さんだけには縋りついて「こわい」って言えるあの感じ——あれがもう、切なくて。弱っているのに、予紬を信じるという一点だけは崩れない、その対比が胸に来ました。 そしてラストの予紬さんの決断。「迷いは消えていた」という一文で、彼の中で何かが変わったのがはっきり伝わってきました。次、どうなるんだろう……すごく気になります。
ピシッ。
小さなノイズ音が鳴る。
壁際のモニターが、一瞬だけ赤く点滅した。
誰も気づかないくらい、短い音。
だが。
俺だけは、ゆっくり視線を向ける。
地下区画外周センサー。
異常反応。
……誰かいるな。
「予紬さん?」
しゆらが不思議そうにこちらを見る。
俺はすぐ視線を戻し、小さく首を振った。
「なんでもない」
そう言いながら、頭の中では地下の構造を整理する。
外周センサーに反応が出る場所は限られている。
搬入口か、
封鎖通路か。
どちらにせよ、あまり気分のいい反応じゃない。
「よつむー」
その時。
ルカがぴょこんと机へ飛び乗ってきた。
「これ描いたのボク!」
「お前か」
「うまい?」
「ルカだけ小さい」
「そこじゃない!」
地下にまた笑い声が広がる。
その空気に少しだけ気を抜きそうになるが、モニターの赤点滅はまだ消えていなかった。
一定間隔。
まるで様子を窺うみたいに。
「……ルカ」
「なに?」
「今日は外出るな」
ルカがきょとんと耳を動かす。
「なんで?」
「なんとなくだ」
「またそれ」
ルカは不満そうに頬を膨らませた。
「よつむ、最近ずっと変」
「元からだろ」
「そういう変じゃなくて!」
しゆらがくすっと笑う。
「ルカ、予紬さん困ってます」
「だって絶対何か隠してる」
妙に鋭い。
ルカは机の上で尻尾を揺らしながら、じーっとこちらを見ていた。
2
ねこ(=^‥^)
99
その時。
地下通路の奥から、小さな羽音が近づいてくる。
白い小型魔獣だった。
一直線に飛んできたかと思うと、俺の肩へ着地する。
「……伝令か」
足輪に挟まれた小さな紙片を外す。
しゆらが横から覗き込んだ。
『地下区画周辺に警備増加。
中央棟側通路、一部閉鎖中』
短い文。
だが十分だった。
ルカの耳がぴくりと動く。
「……なんかあった?」
「いや」
紙を握り潰し、ポケットへ突っ込む。
まだだ。
まだ地下へ来る段階じゃない。
だが確実に近づいている。
そんな嫌な感覚だけが、静かに胸へ残っていた。
その時。
ぐぅぅ……
間の抜けた音が地下へ響く。
沈黙。
しゆらがゆっくりお腹を押さえた。
「……」
ルカが吹き出す。
「しゆら、お腹鳴った!」
「ち、違っ……!」
「鳴った!」
耳まで真っ赤になったしゆらが慌ててルカの口を塞ぐ。
地下に笑い声が広がる。
俺は思わず小さく吹き出した。
「……笑わないでください」
「無理言うな」
「予紬さんまで……」
しゆらは恥ずかしそうに俯きながら、それでも少しだけ笑っていた。
その顔を見た瞬間。
胸の奥の嫌な感覚が、ほんの少しだけ薄れた気がした。
地下に流れる空気は穏やかだった。
ルカは薬瓶を抱えたまま机へ突っ伏し、半魔の子供達は描きかけの絵を見せ合っている。
奥では小型魔獣が丸くなって眠っていた。
地上の連中が見れば、
“危険生物の巣”にしか見えないんだろう。
だが今は。
どこにでもある、ただの騒がしい部屋みたいだった。
「予紬さん」
しゆらが俺の袖を軽く引く。
「ご飯、どうします?」
「もうそんな時間か」
壁時計を見る。
針は昼を少し回っていた。
「今日はボクも手伝う!」
ルカが勢いよく顔を上げる。
「お前この前鍋焦がしただろ」
「今回は焦がさない!」
「前も同じこと言ってたですよ」
しゆらが呆れたように笑う。
ルカは「今回はほんと!」と抗議しながら、勝手に調理台の方へ走っていった。
地下区画の食事は基本的に共同だった。
大鍋で作って、
適当に分ける。
研究施設とは思えないくらい雑な食卓だ。
「今日はシチュー!」
「肉あるのか」
「ある!」
「どこから」
「拾った!」
「捨てろ」
地下に笑い声が広がる。
しゆらは肩を震わせながら笑い、俺は小さく息を吐きつつ保存棚を確認する。
その時だった。
ふわり、と鼻を掠める違和感。
「……」
僅かだった。
香辛料みたいな匂いの奥に、
何か薬品臭が混ざっている。
「予紬さん?」
しゆらが不思議そうにこちらを見る。
俺は鍋の中を覗き込む。
白い湯気。
肉。
野菜。
いつもの配給品。
見た目に異常はない。
「……ルカ」
「なにー?」
調理台の向こうから元気な声が返ってくる。
「これ、誰が持ってきた」
「んー? 上の搬入口に置いてあったやつ!」
「……搬入口?」
胸の奥が、嫌な音を立てる。
地下の連中は外へ出られない。
だから食料は、
定期補給か、
俺が持ち込むかのどちらかだった。
勝手に置かれることなんてない。
「食べちゃだめですか?」
しゆらが少し困ったように首を傾げる。
その瞬間。
奥の檻から、小さな唸り声が聞こえた。
普段大人しい魔獣だった。
だが今は。
落ち着きなく床を引っ掻いている。
「……?」
ルカも耳をぴくりと動かす。
空気が変わった。
静かに。
じわじわと。
地下の温度が、少しずつおかしくなっていく。
最初に異変を見せたのは、小型魔獣だった。
檻の奥で丸くなっていた一匹が、突然苦しそうに呼吸を荒げ始める。
「……おい」
低い唸り声。
爪が床を引っ掻く音。
次第にその音が、あちこちから聞こえ始めた。
「なんか、変……」
ルカの耳が不安そうに伏せられる。
しゆらも周囲を見回した。
空気が熱い。
妙に息苦しい。
「予紬さん……」
しゆらが小さく俺の白衣を掴む。
その指先が熱を持っていた。
「顔赤いぞ」
「……なんか、変なんです」
呼吸が浅い。
地下にいる魔獣達も落ち着かなくなっていた。
低い唸り声が重なり、
檻が軋み始める。
その瞬間。
ガァンッ!!
奥の檻が激しく揺れた。
「っ!?」
半魔の子供達が悲鳴を上げる。
普段温厚な魔獣が、檻へ身体を打ちつけていた。
瞳孔が開き、
涎を垂らしながら呼吸を荒げている。
「予紬!」
ルカが震えた声を出す。
その顔も赤かった。
「熱い……っ」
まずい。
俺は鍋へ駆け寄り、匂いを嗅ぐ。
薬品臭。
間違いない。
「……混ぜられてる」
「え……?」
しゆらが苦しそうにこちらを見る。
「暴走誘発剤だ」
その瞬間。
地下の空気が凍った。
次の瞬間には、
爆発みたいな咆哮が響く。
ガシャァァン!!
檻が壊れた。
巨大な魔獣が暴れながら飛び出してくる。
半魔の子供達が悲鳴を上げた。
「下がれ!!」
俺は咄嗟に子供達を庇う。
だが魔獣は止まらない。
理性が飛んでいる。
目が合っていない。
本能だけで暴れていた。
「いや……っ」
しゆらが苦しそうに壁へ手をつく。
呼吸が乱れ、
肩が震えていた。
「しゆら!」
駆け寄った瞬間。
しゆらがぐらりと倒れ込んでくる。
熱い。
異常なくらい体温が高い。
「……っ、ぁ……」
潤んだ瞳がこちらを見る。
理性が崩れかけていた。
それでも。
しゆらは俺の白衣を掴むだけだった。
噛みつきもしない。
襲いもしない。
代わりに、
壊れそうなほど強く抱きついてくる。
「……予、紬さん……」
声が震えていた。
「……こわい……っ」
その瞬間。
──ドゴォォンッ!!
地下通路の奥で爆音が響く。
天井が揺れ、
赤色灯が一斉に点灯した。
警報音。
そして。
『地下区画暴走確認。
危険個体処分を開始します』
無機質なアナウンスが流れる。
直後。
銃声が響いた。
地下の奥から、
魔獣達の悲鳴が聞こえる。
「……は」
理解する。
最初からだ。
最初から、
地下を処分するつもりだった。
暴走剤を混ぜ、
理由を作り、
まとめて焼き払う。
地下に赤い警告灯が滲む。
炎の匂い。
血の匂い。
悲鳴。
その中で。
しゆらだけが、
必死に俺へしがみついていた。
「……いや……っ」
熱に浮かされながらも、
壊れながらも。
しゆらは俺だけを見ている。
その姿を見た瞬間。
胸の奥で、
何かが静かに切れた。
「……ルカ」
低く呼ぶ。
少し離れた場所で、ルカが息を荒げながらこちらを見ていた。
瞳が熱に滲んでいる。
だが、まだ理性は残っていた。
「子供達連れて、第三通路使え」
「……っ、でも!」
「行け」
いつもより低い声が出た。
ルカがびくりと耳を震わせる。
その瞬間。
奥の通路から、断末魔みたいな咆哮が響いた。
続けて銃声。
半魔の悲鳴。
「ぁ……」
しゆらの肩が震える。
俺は咄嗟にその耳を塞ぐように抱き寄せた。
聞かせるな。
これ以上。
「予紬……!」
ルカが唇を噛む。
それでも、子供達を庇うように抱き集めた。
「……絶対来て」
「先行け」
「でも!」
「ルカ」
目を合わせる。
数秒。
ルカは泣きそうな顔のまま、ぐっと歯を食いしばった。
「……っ、行くよ!」
半魔の子供達を連れ、第三通路へ走っていく。
その背を見送る間にも、地下の地獄は広がっていた。
暴走した魔獣達が檻を破壊し、
警備兵が火炎弾を撃ち込み、
炎が地下通路を赤く染めていく。
「撃て!!」
「近づけるな!」
「処分しろ!!」
人間側の怒号。
だが。
恐怖で叫んでいるのは、
どちらも同じだった。
「……っ、は……」
腕の中で、しゆらの呼吸が乱れる。
熱い。
異常なくらい。
「しゆら」
呼びかける。
しゆらは潤んだ瞳でこちらを見上げた。
理性が削れている。
なのに。
「……予紬、さん……」
俺へ触れる手だけは、
壊れ物みたいに優しかった。
「……だい、じょうぶ……です」
「大丈夫な顔してない」
「でも……っ」
しゆらは苦しそうに息を飲む。
爪が白衣へ食い込む。
「……こわいのに……」
震える声。
「予紬さんの匂い、すると……っ」
その先を言えない。
理性と本能が喧嘩しているみたいだった。
その時。
──バンッ!!
地下扉が吹き飛ぶ。
武装兵が雪崩れ込んできた。
黒い装備。
焼夷銃。
処分部隊。
その先頭が、こちらを見た瞬間。
「いたぞ!!」
銃口が向く。
だが狙いは俺じゃない。
腕の中のしゆらだった。
「半魔個体確認!!
危険度A認定——」
その瞬間。
しゆらの身体がびくりと震える。
怯えたみたいに、
俺へ縋りついた。
「……いや……っ」
その声を聞いた瞬間。
気づけば、身体が動いていた。
乾いた銃声。
次の瞬間。
武装兵の一人が壁へ叩きつけられる。
周囲が凍りつく。
俺の手には、
いつの間にか魔力制御用の注射器が握られていた。
折れている。
……投げたのか。
自分でやったくせに、
妙に冷静だった。
「予紬研究員!?」
誰かが叫ぶ。
だが、もうどうでもよかった。
赤色灯が点滅する地下で。
俺はしゆらを抱き寄せたまま、
静かに武装兵達を見る。
その目から、
もう迷いは消えていた。