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#希望
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◇◇◇◇
「陛下はやめろ。セレナには名前で呼ばれたい」
レオニスの声は寂しそうに揺れる。
「はい……レオニス様」
セレナはわずかに肩をすぼめ、身を小さくするようにして答える。
その様子を一瞬だけ見つめてから、レオニスは視線をずらした。
「で、これは何だ? フェン・オルマイディ」
「え!? えっと……」
セレナの背後に控えていたフェンは、唐突に名を呼ばれ、身体をびくりと震わせる。その拍子に肘が扉へとぶつかり、乾いた音が夜の静寂を裂いた。
木造の廊下は音をよく響かせる。遠くで寝息を立てている兵たちの存在が、急に現実味を帯びて迫ってきた。
レオニスはわずかに眉を寄せる。
「ここでは兵が起きる。場所を変えるぞ」
「「はい」」
異を唱える者はいない。
ただ、その短い返答の裏で、それぞれの胸中に別の緊張が芽生えていた。
◇◇◇◇
外へ出ると、空気は一変した。
夜の風が肌を撫でる。見上げれば、雲ひとつない空に星々が散りばめられていた。
三人はその下で向き合う。
距離は近いはずなのに、どこか張り詰めた隔たりがあった。
「俺の王命を聞かないとは、重罪だぞ」
レオニスの声は重い。
その視線はまっすぐフェンへと向けられていた。逃げ場のない圧がのしかかる。
「フェンは私が唆したのです。温情を」
間に割って入るように、セレナが一歩前へ出る。
まるで庇うように。
その小さな背中が、フェンとレオニスのあいだに立ちはだかる。
レオニスはそれを見て、鼻を鳴らした。
「……ふん」
短い音だったが、そこに含まれる感情は単純ではない。
やがて、視線をわずかに逸らす。
「フェン・オルマイディ。もう寝ろ」
「セレナはどうするんですか?」
食い下がる声。だが、次の瞬間にはそれを断ち切るように言葉が落ちる。
「もう寝ろ。俺の気が変わらないうちにな」
有無を言わせぬ響きだった。
「は……!」
フェンはなお納得しきれない顔をしながらも、深く頭を下げる。
兵としての礼を崩すことはできない。
踵を返し、足早に兵舎へと戻っていく背中は、どこか未練を引きずっているようにも見えた。
残されたのは、二人。
夜の静けさが、再び周囲を満たしていく。
「私、傷は治してません」
沈黙を破るように、セレナが口を開く。
「そういうことじゃない。俺は……」
「何回も聞きました」
被せるような声だった。
小さいが、はっきりとした拒絶がそこにある。
「私を戦争には巻き込みたくないんでしょ」
「ああ、そうだ」
迷いのない肯定。
「でも私は、ただ兵の人たちの眠りを……快適にして回っていただけです」
言葉を選びながら、セレナは続ける。
「私は戦争に巻き込まれてはいません」
その言い方が、かえって無理をしているように聞こえた。
レオニスは一拍置いて、息を吐く。
「……そういうことにしておいてやる」
完全な納得ではない。だが、それ以上は踏み込まないという線引きだった。
「だがセレナは、今日より兵舎への立ち入りを禁じる」
「レオニス様は、意地悪です」
拗ねたような声音。
けれどその奥には、理解してしまっている諦めが滲んでいる。
レオニスは静かに首を振った。
「白の魔女の奇跡なんか、いらないんだよ」
その言葉は鋭くはなかった。
むしろ、何かを切り離すように、そっと置かれる。
「え……?」
セレナの瞳が揺れる。
自分を形作ってきたものを否定されたような、空白の感覚が胸に広がる。
「確かに、白の魔女の力は凄い。誇りにしていい力だ。奇跡と呼ばれて当然だろう」
一歩、距離を詰める。
「だがな。そんなもの、この国ではいらない」
断言。
夜気が一瞬、重く沈んだ気がした。
セレナの指先が、かすかに震える。
「私は……魔女です」
か細い声。
「魔法しか、使えない」
それは、長い年月の中で刷り込まれてきた、自分という存在の輪郭だった。
けれど。
「そんなことはない」
レオニスは即座に否定する。
まっすぐに、逃げることなく。
「セレナの素敵なところなら、いくらでもある」
夜の冷たさの中で、その言葉だけが不思議な温度を持っていた。
「誰よりも優しい。敵だろうと関係なく、手を差し伸べる」
「自分がどうなろうと、目の前の命を見捨てないし。一人ひとりの名前を覚えている。そんなこと、普通はできない」
言葉は、ゆっくりと、確実に積み重なっていく。
「どれだけ絶望的でも、諦めない」
視線が深くなる。
「それは魔法じゃない。意志だ」
セレナの瞳が、わずかに見開かれる。
「自分のことは後回しにして、他人ばかり気にする……そんな不器用さもな」
苦笑が混じる。だが、その奥には確かな温度がある。
「……そんなやつを、ただの魔女で終わらせてたまるか」
そっと、セレナの顔にレオニスの手が伸びる。
触れる寸前で止まりながらも、その距離は限りなく近い。
「花を愛でる瞳は、いつ見ても素敵だ」
夜の静寂が、二人を包み込む。
そして。
「だから、一緒に探そう。セレナだけの幸せを」
レオニスの手がセレナの頬に触れた。
「誰かのために力を使うのはやめて……今度は、自分のために使え」
風が吹く。
その一瞬、世界から音が消えたように感じられた。