夕方5時の終業時間。
「クリスマス・イブだから今日は残業なし。早く大切な人に会いに行って」と、柊君がみんなに言った。
「社長、今日は予定ありますか?」
柊君は、数人の女子社員に声をかけられてる。
「予定は特にないよ。今夜は1人で寂しいクリスマス・イブを過ごすよ」
「だったら、一緒に飲みましょうよ。1人なんて寂し過ぎますよ~」
「飲みましょ、飲みましょ。他の女と飲むなって、怒る人もいないですよね?」
チラッとこっちを見る派手目の女子社員。
私を哀れんでる、意地悪そうな目付きだ。
きっと、みんなは私がフラれたって思ってるだろう。噂は歪んで広がるものだから。
結婚式を取りやめるくらいズタズタにフラれた……って、言われてるのかも。
だからといって、もちろん、本当のことを言うつもりはないけど……
言えないよ、柊君のことは誰にも。
女子社員達は、今がチャンスとばかりに自分を猛アピールしてる。
みんな、自分に自信があるんだ。
「ごめん。今日は1人でいたいんだ。みんな、クリスマス・イブを楽しんでね」
そう言って、柊君は女子社員達を振り切り、笑顔でフロアを出た。
その後ろ姿が、なぜか少し寂しく見えた。
柊君は、1人で過ごすって言ってたけど、たくさんいるガールフレンド達とは会わないの?
知りたくないのに、つい考えてしまう自分がいる。
もし本当に1人で過ごすなら、私だけ楽しむのは何だか気が引けるけど……
ううん、柊君が悪いんだから、別に私が気にしなくてもいいんだ。
柊君だって、ああ言いながらも、やっぱり誰かと一緒にクリスマス・イブを過ごすのかも知れないし。
さっきは私がいたから気まずかっただけかも。
柊君が帰ってしまって、女子社員達はみんな、一斉に帰っていった。
静まり返ったフロアには、私以外誰もいなくなり、複雑な気持ちが心の中を駆け巡った。
樹さん、どこに行ったの?
もし樹さんがいたら、女子達に声をかけられてるはずだけど、さっきからずっと姿が見えない。
私は、帰り支度をしながら、時計の音が聞こえる程静寂に包まれたフロアで樹さんを待った。
樹さん……
もしかして、約束忘れて帰っちゃったのかな。
不安がよぎる。
「柚葉」
私の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返ると、そこには息を切らした樹さんがいた。
「樹さん!」
「悪い、待たせたな」
「あっ、いいえ。樹さん、息切れてます?」
「い、いや、別に。下に車止めてるから行こう」
樹さんは、手馴れた感じでフロアの戸締りをした。
駐車場まで降り、樹さんの車の助手席に乗せてもらった。
瞬間に香るとってもいい匂い。
「素敵ないい香りですね」
「ただの芳香剤」
それだけ言って、樹さんは車を出した。
今日、私と樹さんが2人でいることは、柊君は知らない。
柊君と私がクリスマス・イブを一緒に過ごすことは、この先二度とないんだ……