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ウィルの目が点になった。
目の前にいる水着の女性は、確かにもう無理かもしれないと言った。
聞き間違いでなければ、ここで死ぬとも言った。
理解できず、ウィルは珍しく真顔で質問し直した。
「し、死ぬって、それは僕がかい?」
「うん。だけど勘違いしないで。もちろん絶対じゃないよ、ほぼ100%って意味で」
「ひゃッ?! ……いや、だけどだよ、どうして僕が?」
「簡単に言っちゃえば、ウィルが地上へ辿り着く前に、ここのモンスターにやられて食べられちゃうってこと。ここの子たちってさ、いつも滝の爆音に悩まされているせいか、ストレス値が高くて有名なの。だからここのモンスターは、よそと比べて好戦的で、より怒りやすくてたちが悪いの」
悩みながら包み隠さず言うエミーネに「いや、そこじゃなくて」と首を振ったウィルは、なぜ自分が死ぬのか聞き直した。
エミーネはより簡潔に、よりわかりやすい言葉を選び、薄っすら笑みを浮かべながら言った。
「だってここの下層部、Cクラスのダンジョンだよ。DやEレベルだと、一個大隊でも全滅することくらい、キミも理解してるよね?」
あんぐり口を開けたウィルは、意識なく「Cクラス?!」と叫んでいた。
そっとウィルの口をウーゲルで塞いだエミーネは、周囲を窺いながら、指を立てて「しー」と呟いた。
「気をつけてよね。私一人なら大丈夫だけど、ウィルは見つかったら瞬殺されちゃうんだから」
他人事のように言うエミーネは、近くにモンスターがいないことを確認してから、腕組みしてどうすべきかを考え始めた。現実を知らされ、ウィルは気が気でなくアワアワ慌てながら右往左往するしかなかった。
「なら僕はどうすればいいんだい、どうにか外へ出る方法は?!」
「私が一人で戻ってアライバルを呼んでくるとしても二週間かかるし、何より二週間待てるほどの食料もないし。かと言って私が守りながら上までなんて到底不可能だし。もし可能性があるとすれば、上位クラスのパーティーが偶然近くを通りかかるとかだけど……、ここ二週間は人の姿も見てないからなぁ。詰んだかも?」
あっけらかんと笑ったエミーネは、どうせ死ぬならもう少しゆっくりしていきなよとあぐらをかきながら座った。
どうやらエミーネがウィルと話したがっていたのも、底での生活があまりに退屈だったからに違いなかった。
「ふ、ふざけないでくれよ。僕はこんなところで死ぬわけにいかないよ。まだまだやらなきゃならないことも沢山ある。簡単に諦めるわけにはいかないんだ!」
「そう言われても。私に責任があるわけじゃないし、何よりここへやってきたのはウィルの不注意じゃない。それにさ」
不意に鋭さを増すエミーネの視線が一点にウィルを見つめた。
ウィルは迫力にやられ、ゴクリと息を飲んだ。
「いつでも弱者は強者に飲み込まれるもの。これ、この世界の鉄則でしょ。ウィルが戦って死ぬのも、私が戦って死ぬのも、モンスターが戦って死ぬのも、そいつが弱いからいけないの。そうでしょ?」
「うぐっ、そうだけど、それとこれとは……」
「強くなれば、こんなダンジョン自力で這い出せるよ。それに死にたくなければ強くなればいいの」
あまりに当然の極論を口にされ、ウィルは言い返す言葉なく黙るしかなかった。
少なくともウィルの目の前にいる女性は、言葉を鵜呑みにすれば、誰の力も借りず二週間ここで生き抜いている。文字通り、エミーネが単独で生き抜けるだけの実力を持っていることに他ならない。
「しかし、だからといってこの僕が、ここのモンスターに負けるとは言い切れないよ。なんなら、どうにかなるレベルかもしれない!」
頷いたエミーネは、だったら試してみましょうと結界の隅に置かれた荷物の中から怪しげな袋を取り出し、異臭のする茶色の肉を出した。
「なんだいそれは。異様に臭いのだけれど……」
「ま、黙って見ててよ。ウィル、凝視は使える?」
「ああ、使えるよ」
「ならこれから起こることを黙って見てて。絶対に声を上げたり、逃げ出したりしないこと。良いね?」
ウィルの返答を待つことなく、肉の端に閃光弾を縛りつけたエミーネは、結界の外に手を出し、ポイと放り投げた。煙を噴射し飛んでいった肉の塊は、結界内の特等席から見える泉のほとりにぐちゃりと落下し、ボンと派手な音を立てた。
「あれはなんのために?」
「しっ、見てればわかるよ」
どこかでパチャリと音が鳴り、波打って微かに水面が揺れた。
目を凝らしたウィルは、音の正体を捉えようと闇のさらに奥を凝視で見つめた。するとダンジョンの奥から巨大な影がにゅっと現れ、のっしのっしとこちらへやってくるではないか。
「お、大きいッ」
「黙って。……まだくるよ」
エミーネの言葉を肯定するかのように、今度は反対側の奥からピチャリと地面を叩く音がした。
音をきっかけに、また別の何かがゴロゴロと重低音の効く異音を繰り返し鳴らした。
「今度はなんだい、随分嫌な音だね」
「目を離さないで。……きた!」
バチャバチャと水音を立てた何かが肉めがけ突進した。
しかし負けじと闇の奥に見えていた影が肉奪取を許さず、巨体を揺らしながら水辺へ押し戻した。
「プルーフウルフとダンジョンジャッカルよ。お互いかなり大きな個体。これはラッキーだわ」
荷物の中から計測用の魔道具を取り出したエミーネは、目の前で肉を争う二体へ向けて道具を差し向けた。だがウィルにとって、そんなものなどどうでもよくなる攻防が目の前で繰り広げられていた。
「なんだよこれ……。こんなの僕がどうこうできるわけがないじゃないか」
牙を立て、餌を争う二体のモンスターは、ウィルの五倍はありそうな雄大な肉体を振り乱しながら、恐ろしいスピードで衝突した。
一撃一撃の威力は凄まじく、ウィルは声一つも出ず、ペタンと尻もちをついた。
「これがここのデフォ。こいつらを出し抜けないようじゃ、生きて脱出するなんて不可能。まだ元気はある?」
均衡を破り、ダンジョンジャッカルの牙がウルフの首元に突き刺さった。
「グギャー」という叫び声が轟き、吹き出した血が泉に流れると、水中に住んでいる小型モンスターが匂いに釣られピチピチと跳ねた。
「強者に屈した弱者は何事もなく捕食されて死ぬ。冒険者でもモンスターでも、それは変わらないよ」
敗れたプルーフウルフが泉に顔を沈めて横たわる中、臭う茶色の肉を飲み込んだダンジョンジャッカルは、改めてウルフの首にグッと牙を立てた。
住処へ運ぶつもりのようだったが、他のモンスターも簡単に許すはずはない。
虎視眈々とおこぼれを狙う獰猛な視線が、あちこちから無数に注がれていた。
「簡単にまとめるとこんな感じ。どう、まだ踏ん張る気力ある?」
意気消沈し青褪めるウィルの顔を見たエミーネがふぅと息を吐く。
しかし二人の思惑と関係なく、また別の何かが、ジャッカルの背後に迫っていた――