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「うん? ジャッカルの後ろで何か動かなかったかい」
ウィルが呼びかけた時だった。
肉の運び方を考えていたジャッカルの背後で、さらに一回り大きな影がゆらりと揺れた。
すぐに気づいたエミーネも、舌打ちし頬を伝う汗を拭いながら言った。
「これはちょっと想定外。まさかアイツまで出てくるなんて」
計測用の器具を放り投げ、慌てて戦闘用の杖を構えたエミーネは、ブースト用に設えた専用の魔道具を両脇に装着し、そのまま地面に突き刺した。そして目を瞑り詠唱を始めると、周辺の地面がほのかに輝き始める。
「な、何事だい。急にどうしたっていうんだよ??!」
「少し黙ってて。今はウィルの相手をしてる場合じゃないの」
杖の頭に魔力を溜めたエミーネは、魔道具で魔力をブーストさせ、二人を囲む結界へと力を分散させていく。ありったけの力で結界を強化させたエミーネは、奥に見える巨大な影を目で追いながら、「こっちこないでよね」と願いを込めた。
『 グギョォオオオオォ! 』
この世のものとは思えない雄々しい咆哮が轟き、ウルフに気を取られていたジャッカルの動きがピタリと止まった。
振り返ったジャッカルの視線の先には、自分の身の丈の倍はあろう巨大なクマのようなモンスターが立ち塞がっていた。
「ブロックベアー、この領域の主よ。アイツに突っ込んでこられたら全滅確定だから、こないように祈っててもらえる?」
冷や汗混じりに身構えるエミーネは、ウーゲルをウィルに託し、透明を強化した。
それでもやり過ごせる可能性は五分五分と誤魔化しながら、「いざって時はその子のことをお願いね」と軽く言った。
放つ光の量は魔力と比例し広がるが、存在感は反比例し消えていく。
違和感に苛まれながら、ウーゲルを抱えて身を潜めたウィルは、ピクリとも動かず対峙するベアーとジャッカルを見つめていた。
蛇に睨まれた蛙のように動けないジャッカルは、咥えていたウルフがボトリと落ちてもなお、絶命したかのように身動ぎ一つできなかった。しかし――
『 グギョロラギャァラ! 』
振り上げた右腕一閃。
数秒前までウルフを咥えていたジャッカルの首が一瞬にして消し飛び、代わりに血が吹き出した。
胴体を離れたジャッカルの頭が泉にポシャンと落ちると、待ってましたと言わんばかり、泉のモンスターたちが一斉に水辺を跳ね回った。
「い、一撃? あのジャッカルが、たったの一撃で……」
二本足で立っていた上半身を下ろして手を付いたベアーは、頭のなくなったジャッカルの内臓をゴシャゴシャと食い散らかし、隣に倒れていたウルフの肉も少しだけ食うと、これまで気にもしなかったウィルたちをギロリと睨んだ。
「ヒィッ!」と声を漏らすウィルの口を塞いだエミーネは、「絶対に喋らないで」と耳元で囁き、自分たちを見つめるベアーから目を逸らすことなく静止した。
もう一口肉を食ったベアーは、二人から視線を外すと、ウルフの肉だけを咥え、その場を去っていった。後ろ姿がダンジョンの奥へ消えたところで、ようやくエミーネが大きく息を吐く。
「ふぅ~、どうにかやり過ごせた。さすがにビビったよ、まさかブロックベアーまで出張ってくるなんて」
肉の残骸に小型モンスターが集まるさなか、警戒を緩めたエミーネは、刺していた杖を引き抜いて魔力を解放した。周囲を包んでいた光が収まり、結界を弱めたところで、一息ついたエミーネはウィルの手元からウーゲルを取り上げた。
「ひとまずこれで大丈夫。ベアーは縄張り意識が強いけど、こちらから手を出さなければ襲ってくることはないよ。その代わり、アイツの餌やねぐらを荒らそうものなら、地の果てまで追いかけてくるからね、気をつけて」
事の成り行きを呆然と見つめていたウィルは、呼吸すら忘れ、立ち尽くしていた。
レベル違いのモンスターたちは、まるでウィルを試しているかのように、立ち塞がり行く手を阻んでいるようだった。
「どちらにしても、先の二匹は躱せる力がないと、とてもここを出られないよ。そうだ、私もあまり時間はないけど、なんならトレーニングを見てあげる。ウィルがセンス無しのヘタレ冒険者なら話は別だけど」
「ほ、本当かい、それはありがたい。僕はどうにかしてここから戻らなきゃならないんだ、二週間以内に!」
ポンと時間が静止する。
一転してこれまでの軽々しい雰囲気は消え、エミーネの額にシワが寄った。
「に、二週間て。まさかの時間指定有りのパターン?」
「そうなんだ、亀の肉がなくなる二週間の内に戻らないと、またあの憎き犬男の奴にこっ酷く文句を言われるんだ。それだけは嫌だからね、僕のプライドが許さない」
「亀の肉? 犬男? いやそれよりも、二週間どころか一生無理かもしれないんだけど……。私の話、本当に聞いてた?」
「冗談は一旦横に置いておこう。それじゃあ早速、僕を強くしちゃっておくれよ。魔法を覚えばいいかい、それとも新しいスキルを覚えるのかい。なんなりと、手取り足取り指示しておくれ」
大きすぎる実力差を見せられてもなお、『自分ならば大丈夫』と信じて疑わないウィルの態度に、初めて呆れた顔を見せ、エミーネが首を横に振った。本来ならば絶望し諦めるタイミングでも、この男は諦めるどころか楽観的にエミーネのことを信じきっていた。
バカなのか、それともよほど自信があるのか。
読み取れないまでも、みすみす目の前で死なせるのは気分が悪いと笑顔に戻ったエミーネは、手にした杖の先をウィルに突き付けた。
「いいよ、なら死ぬ気でついておいで。この私が10日でキミを判定してあげる。もしついてこられないようなら――」
「大丈夫。見捨ててくれて構わない」
あっけらかんと即答するウィルの肩に手を置いたエミーネは、耳元へ顔を寄せ、「10日前に死なないでよね」と呟く。背筋が凍るような悪寒に襲われ、ウィルは自然と姿勢を正した。しかしまたすぐに、エミーネが何かを思い出し、「あっ」と声を上げた。
「なんだい?! またモンスターが?!」
「じゃなくてもう一つ。確実にウィルが外へ出られる方法を思いついたよ」
「そんな方法があるのかい?!」
たっぷりと間を開け、人さし指を立てたエミーネは、含みを感じさせる指先をウィルの鼻先へ近付け言った。
「私たちでベアーをやっつけちゃえば手っ取り早いと思わない?」
返す言葉もないウィルをよそに、研究も飽きたからねと荷物をまとめたエミーネは、さっさと頭を切り替え、クマ討伐の方法を模索していた。
「ハハ……、どうして僕の周りの女性は、こんなに強い人ばかりなんだろう?」
どうやらまだまだウィルの受難は続くようだ――