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まなこ〜友
117
#ますしき
T
5,800
「もう半年も経つんですね……。早い……」
「そう、なんだかんだ……。紗希ちゃんと出会ってからも随分経つものね」
アルコールが入ったグラスを傾けながら、隣に座る女性に話し掛けていた。彼女の名前は、花巻《はなまき》 紗希《さき》ちゃん。このバーがきっかけで仲良くなった、私より四つ年下の二十四歳。
出会ったのは二年前。玲くんに一目惚れしてこの店に通い詰めている熱烈なファンがいると噂に聞いていたけれど、実際の彼女はとても純粋だった。玲くんに恋をして、毎日めげずにアタックし続けている、健気な女性。
二十四歳という若さには驚いたけれど、玲くんのあの整った顔立ちは、どの世代の女性も虜にする破壊力がある。一目惚れする理由は、嫌というほど理解できた。
「雅さんとご結婚されて何か変わりました?」
「何も変わらないわよ。相変わらず」
「やっぱ交際して同棲もしているとそうなんですね……」
少し残念そうに笑う紗希ちゃんに、私はこれまでの生活を思い返す。
強いて言えば、これまで生活費だけを預かっていたのが、私が家計のすべてを管理するようになって、財布が一つになったことくらい。
お小遣い制を提案したとき「小遣い制…。学生以来の響きでウケんな」と苦笑いしていた雅の顔が浮かぶ。
あいつは本当に物欲がなくて、服が少し傷んだらいつも購入する店で適当に買い足すだけ。自分のためにお金を使うより、きっと交際費や外飲みのほうが高いタイプ。
「結婚式は挙げないんですか?」
「うーん、何も言ってないけど、挙げないんじゃないかしらね。雅に関しては身内も少ないし友人もSNSで報告するからそれで終わりって言ってたし、私も結婚式のこだわりは無いし」
一度も話題に出なかったわけではないけれど「式を挙げるくらいなら、その分のお金を新婚旅行に回して思い切り贅沢したい」と話し合って、自然と挙げない方向に落ち着いた気がする。
「新婚旅行とかは……?」
「うん! いってきた! 私の希望でモルティブに行って来て、海が綺麗でね。水上コテージにどうしても宿泊したくて。写真見る?」
「見たいです!」
撮影した海の景色やホテルの部屋を紗希ちゃんに見せる。
全面が水槽で海の中にいるように感じられるレストランで食事をしたり、白い砂浜を歩くのも気持ちがよかった。
雅と海外旅行に行くようになるなんて思っていなくて、多少不安も感じたけれど楽しい旅行だった。
向こうではディベヒ語という言語を使うらしいのだけど、英語でもコミュニケーションは十分にとれる。
この男が英語でも話せるのかと思っていたが、そんな心配は杞憂なほどに、英語も完璧で若干イラっとした。
こんなことを言うとまた理不尽と怒られると思うが。
「凄く素敵です……!」
「海外初めて行ったけどいいわよね……。そのうち韓国も行きたい……」
「韓国最高ですよね。私も行きたいです」
そんな話をしながらお酒を二人で飲んでいると雅がカウンター内に戻ってくる。
玲くんが今度はカウンターの外でお客の対応をしている。
「何の話?」
「この間モルティブ行ってきたよって話」
「あー、その話か」
紗希ちゃんに写真を見た後「そういえば」と言葉を漏らす。
「結婚式はしないにしても写真も撮らないんですか?」
「うーん」
そういわれてそこで、雅のタキシード姿は見てみたいし写真を撮るのも良いかもしれないと思った。
雅の方を見ると少し引き攣った顔でこちらを見ている。
「何だよ、ハイエナみたいな目してこっち見てきやがって」
「タキシード……着る?」
「着ねぇけど」
「何でよ!着てよ!」
「頭湧いてんのか」
急にやる気で燃え始めた私に毒づき、雅は煙草を咥えて火を点けた。
自分が着飾るのはまっぴらだが、この男の晴れ姿ならいくらでも拝みたい。もはや、世界で一番雅を格好良く撮れるのは私だという確信さえある。
プロのカメラマンに対する冒涜かもしれないけれど、雅の良さを一番理解して完璧な写真を撮れるのは自分だという、自負が私にはあった。
私が説得という名の文句をぎゃーぎゃーと並べ立てていると、雅は煙草をふかしながら「あー、でも……」と独りごとのように呟いた。
「夏帆のウェディング姿見れるなら悪くないかもな」
絶句した私は開いた口が塞がらず、隣の紗希ちゃんは「きゃっ」と両手で口元を覆っているけれど、私にはわかっていた。
この男はこの後、絶対に最低な言葉を付け足す。
「綺麗な物をドロドロに汚すのも悪くないよな」
満面の笑みで言い放ったクソ男を、私は冷めた目で見据えた。
「ははは、何で本当私こいつと結婚したんだろう」
乾いた笑いを零し、グラスのソルティードッグを一気に煽る。
相変わらず、中身がドブの様な男。そもそもこいつにとって、対象が綺麗かどうかなんて二の次だろうに。
「ま、半分嘘で半分は本当」
「本当なのが後者だったらぶん殴る」
「ちゃんと前者だから安心していーよ。何飲む?」
こういう台詞を、照れもせずさらっと言えてしまうところが心底憎たらしい。少しだけ敗北感を覚えつつ「カシスソーダ……」と零すと、雅は慣れた手つきでカクテルを作り始めた。
ニヤニヤと口元を緩めた紗希ちゃんが寄ってきて「雅さん、かなりやり手ですね?」と耳打ちしてくる。アラサーの男女が人前で何をやってるんだという、今更ながら羞恥心がこみ上げてきた。
「……この男の言葉の意味なんて考えるだけ無駄だからね」
「そんな事言って夏帆さんも嬉しい癖に~!」
「紗希ちゃん。玲くん戻ってきたよ」
「え!?」
彼女の意識を玲くんの方へ逸らし、改めて雅へ視線を戻す。彼は出来上がったグラスを私の前に置き、目が合うなり「何だよ」と眉を寄せた。
何じゃないだろうが、このクズ。
コメント
1件
うわ、最後の「ちゃんと前者だから安心していーよ」の流れ、最高に狡いですね……(笑)。雅のクズ発言と、その後にさらっと本心を混ぜてくるバランスが絶妙で、思わずニヤけてしまいました。ウェディング姿の話から「汚す」の一言で一気に空気を変える手腕、憎たらしいけど憎みきれない。二人の距離感が会話の節々に滲んでいて、読んでて心地よかったです。