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東西から押し寄せた数千の軍勢が、ピタリと足を止めた。
東の『シノノメ』が誇る鬼神鉄騎隊は、姿なき窒素地雷原に突入し、一瞬で隊列ごと凍りついた。刃を振るう相手すら見えないまま、過酷な酸素欠乏と脚部の凍傷で将校どもが地面に這いつくばっている。
西の『テラノピア』が誇る巨大魔導ゴーレム軍器は、超音波の分子共振と磁性流体ガスを送り込まれ、自自慢の分厚い装甲内部の駆動関節をガタガタに焼き付かせて動殺(全停止)した。乗り込んでいた重装甲兵どもは、熱と振動で自らハッチを開けて逃げ惑っている。
俺が直接手を下したのは、数発の特殊弾を撃ち込んだだけだ。
ハンスから買い叩いた現代兵器の物理法則と、シエルの風による情報遮断、ミサキの罠——それだけで、八千の東西連合軍は「戦闘」にすらならず、ただの壊滅状態に陥っていた。
俺は静まり返った戦場の中央、動けなくなった巨大ゴーレムの頭上へ軽やかに飛び乗ると、通信魔導格子(パブリック・スピーカー)のスイッチを入れた。
その音声は、全戦場の兵士たちだけでなく、シノノメとテラノピアの本国、さらには全魔界の街街に設置されたモニターへ同時に中継される。
俺はポケットに手を突っ込み、盛大に本日何度目かわからない欠伸をかました。
「……東西の魔族国家どもに告げる」
冷ややかで気怠げな俺の声が、死界と化した戦場に響き渡る。
「正統に魔王を戴冠した俺様、クロードに刃向かったらどうなるか? ……見せしめにしてやろう」
両国の全軍が、固唾をのんで俺の言葉を待つ。
「あらかじめ言っておくが、お前らを全滅させるつもりも、首を落として晒し首にするつもりもない。そんなものは弾薬と火葬用燃料の無駄だ」
俺は足元のゴーレムの装甲をトントンとブーツの先で叩いた。
「見せしめとして……本日壊滅したシノノメの鉄騎隊一千、テラノピアの魔導兵器五十機の全損害、ならびに我が魔王領の迎撃防衛費――計三億魔導ゴールドを、両国へ即座に請求する」
『な……なに……!?』
両軍の将校どもが、凍りついた口や煙の吹くハッチから絶句の声を漏らした。
「支払いは三日以内だ。拒否した場合は、ハンスの闇流通網を通じて両国の主要鉱山と通商ルートを完全に凍結(ブロック)する。……命を奪うより、国家の財布を空っぽにする方が、お前らみたいな『面目』と『誇り』ばかり気にする脳筋どもには一番利くだろ?」
観客(全魔界の民衆)から、モニター越しに「さすが180倍の魔王様だ!」「えぐい! 殺すより惨い!」とどよめきが上がる。
「武士道だの魔導技術の至高だの、威勢のいい大義名分を並べるのは勝手だが……次に俺の安眠を邪魔したら、次は国家の予算どころか、お前らの国のインフラごと『解体』してやる」
俺は静かに通信用マイクを切り、首を鳴らしながらゴーレムの上から飛び降りた。
傍らに降り立ったシエルが、苦めのコーヒーが入った水筒をすっと差し出してくる。
「……クロード。完璧な『見せしめ』。これで当分、外からの侵略は来ない」
「ふふ、殺さずに破産させて黙らせるなんて、相変わらず最悪で最高の手際ね、魔王サマ」
ミサキも忍装束の胸元を揺らしながら、満足げに笑った。
「……フッ。当然だ。面倒な戦争なんて始めるより、請求書を突きつける方がずっと早い」
俺は温かいコーヒーを飲み干すと、ポケットの中で膨れ上がる新しい換金手形(予定)の感触を確かめ、不敵な笑みを浮かべて魔王城への帰路についた。
コメント
1件
第37話、読み終えました! いやあ、圧巻でしたね…。まず冒頭の「姿なき窒素地雷原」で東西連合軍が一瞬で機能停止するところ、もう痺れました。物理法則を味方につけた戦術って、こういうことかと。しかもクロードが直接手を下したのは「数発の特殊弾だけ」というのが、彼のスタイルを完璧に体現していて好きです。 何より、♡♡♡ずに「三億魔導ゴールドの請求書」で黙らせるラストが最高でした。「命を奪うより国家の財布を空っぽにする方が利く」という台詞、魔王の器の大きさを感じます。シエルが差し出すコーヒーの温度感も、戦場の緊張を解く名演出でした。