そう言って嘆息する彼を一睨みする有夏。
「今は鋼錬が読みたいんだよ」
「ハガレン? 何?」
「何って……高校ん時貸しただろ。これは名作だって! 幾ヶ瀬だって良かったって言ってたし」
「ああ、鋼の何とかだっけ。そうだよ。有夏、持ってんじゃん。何、実家に置いてきたの? 取りに帰ればいいじゃない」
「おいおい、知ってんだろ。有夏ん家は狭いんだよ。置いてくるわけないじゃん。本なんて置いてたら姉ちゃんらにソッコー売られるわ」
彼がブルリと身を震わせたのは「姉ちゃんら」を思いだした為か。
「んじゃ、ここに持ってきてるってこと? 有夏の部屋のどこかにあるんでしょ。駄目だよ、探そうともしないでまた新しく買うなんて……痛っ!」
有夏の平手が幾ヶ瀬の側頭部を張る。
見ると有夏、腹立ちを抑えきれないという風にこめかみを震わせていた。
「覚えてねぇのかよ。幾ヶ瀬がっ、古紙に出したんだろが!! 有夏の知らない間に!」
「え、そうだっけ?」
「あの傑作を……!」
「ご、ごめんってエリカ」
「エリカって誰だよっ!!」
怒声が響く。
幾ヶ瀬が狼狽えたように「ごめん」と繰り返した。
「エルリック兄弟と有夏がごっちゃになっちゃった」
「……しっかり覚えてるみたいじゃねぇの。鋼錬の内容」
「ハハ……ごめん」
名前を間違えてごめん。有夏の部屋のあまりの汚さにキレて、勢いで捨てちゃってごめん──二重の意味である。
有夏は怒りの矛先を見失ったか、ふくれっ面のままその場に座り込んだ。
「あーあー、そんな話してたらホントに読みたくなってきたしぃ」
ちらりと幾ヶ瀬を見上げると、心なしか顔色が悪い。
「だ、駄目だよ? こないだブリーチ全巻買ったんだから。74冊ってびっくりしたよ。3万ちょっとしたんだからね」
「有夏、持ってたんだけどなぁ。すごい好きで何回も読んだなぁ。中学ん時からこづかい貯めてちょっとずつ買ってさ。有夏のこづかい、いくらだったか知ってるよな」
「た、たしか月500円?」
「高3の時はな。中学ん時は月200円だったからな」
「う……」
「もう一回読みたいなぁ。もっかい買いたいなぁ。せめてネカフェ行って読もうかなー、ああ……ムリだった」
100%脅しである。
有夏にしては回りくどい言い方だ。今回の件では自分には全く非がないと分かっているが故の余裕の表れか。
「分かったよ!」
案の定、幾ヶ瀬が折れた。
有夏の腕をつかんで立ち上がらせると、顔を突き合わせるようにして宣言する。
「分かったよ、有夏! 鋼の錬金術師、全27巻! 買ってあげるから」
「ちゃんと巻数まで覚えてるし」
有夏が俯く。
ニヤニヤを隠す為なのは明らかだ。
「その代わり……」
幾ヶ瀬が唾を呑み込む。
声のトーンが変わったからか、有夏は半笑いのまま顔をあげた。
その頬を幾ヶ瀬の両手が包む。
有夏が何か言うより先に唇は塞がれ、舌が口腔内を蹂躙した。
久しぶりの口づけは数分間に及んだろうか。
ようやく顔を離した2人の呼吸は荒く、唇はまたすぐに求め合う。
「はぁっ……ん、せっ……」
幾ヶ瀬の手が有夏の腕を、背を、撫でおろす。
「全部買ってあげるから……ね、いいよね、有夏」
「う……、それってまた? イクセさんのやつ?」
幾ヶ瀬の笑い声が微かに。
有夏は例の娼館の遊びを思いだしたのだろう。
たしかに今の台詞はそれっぽかったと小さく呟く。
「それはまた今度にしよ」
「ん……」
「今は有夏のナカ、かき回したい……」
有夏が呻くような声をあげたのは、幾ヶ瀬の手が彼の腿を捕えたからだ。
彼の背に密着するようにして立つと、太ももに指先をすべらせて短パンの裾をまくりあげる。
尻の辺りまでいくと中に手を滑り込ませ、下着をずらせた。
「ちょ、幾ヶ瀬、ここで?」
返事がないのは余裕が無かったためだろう。
自身も腰のタオルをはだけると、既に白濁液が溢れる先端を、有夏のソコにあてがう。
「いくせ……?」
「有か、も……俺っ」
いつもなら、せめてその汁だけでも有夏に塗りこんで指でほぐしてやるところなのだが。
「ごめ、有夏……」
圧し当てたそれを、腰を使って押し込みながら、強引に有夏の尻を割り開く。
「んあっ……やぁぁ……」
「あり、か……我慢して」
腰を小刻みに前後に揺すって、徐々に奥へと侵入していく。
「有夏……、あり……かっ」
「んぁ……あっ、んっ……」
動く度に幾ヶ瀬の先走りの汁が有夏の内部を潤していくようで。
押し殺した悲鳴がゆっくりほどけていく。
「いく、せっ、このかっこ……ヤだっ」
腰から下がガクガク震えて身体を支え切れなくなったようで、有夏の上体は段々とキッチンの調理台へと沈んでいく。
「ごめんね、俺だって……有夏の顔、見たいよ?」
「じゃあ……いくせ、ベッド……」
「俺、嬉しいよ。有夏のこと、間違ってエリカって呼んだら怒ってくれて。ね、俺が他の人の名前呼んだら妬ける?」
「ったりま、え……」