テラーノベル
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【鈴木side】
「うッ…」
クッソッ!!
失敗か?!失敗したのか??
分からない。目の前が歪んで苦しい。それは明らか自分の病気のせいではなかった。
ただ非常な焦りと桐山に吹っ飛ばされたことによる痛みからだった。
「ッ…!」
なんで。なんで失敗なんかしたんだ。この時点で失敗だろ。
僕が呆然と寝転がったまま床を見つめていると、ガチャリとドアが開く音がした。僕のこの体制では、何が、誰が入ってきたのか分からない。
「チョモッ!!」
あぁ、砂鉄か。
…は?待てよなんで砂鉄が。
砂鉄は僕のこの状況なんて知るわけが無い。ただ、向こう側からしたら、画面が少し暗くなっただけだ。なのに何故…?
僕は追いつかない頭で考えまくった。
ふと、嫌な考えが浮かぶ。
「…砂鉄。桐山さんに会った…? 」
僕は寝転んだまま、砂鉄に問う。
「?…桐山…?…あぁ、警備王のこと?会ったよ。チョモを危険に晒してまでルーを助けに来てた。…それよりチョモは大丈夫なの?」
僕は、その言葉を聞いた瞬間、何かが切れたような気がした。
「…失敗した…」
失敗したのか…。そんなまさか。
失敗したことが確かになった。
「…そうかもしれない。でも…」
僕は、彼の話を聞こうと無意識のうちに起き上がっていた。
「でも…何? 」
「チョモ…ごめん」
砂鉄が、謝る為だけに話をすすめたとは思えない。きっと今、砂鉄は僕に伝えなければならないことを伝えようとしている。
僕は、彼からの言葉を静かに待つ。
「俺…人殺しなんて出来そうにないや 」
「…うん」
気まずさの沈黙なのか、あるいは終わりを告げる静けさなのか。少しの間、肌寒い風が吹いた気がした。
分かってはいた。彼が、 本気の本気で視聴者に恨みがあったのか、ルーに恨みがあったのか、分かってた。
ひとりではできないこと、ひとりでは絶対にやれないことを、ふたりで成し遂げようとした。
僕は“一生のお願い”をしたのだ。
でもそれは、砂鉄と僕のものすごく大きい恨みの差が原因でそもそも失敗におちいっていたのだと。
僕は、こぼれた笑を隠せず、そのまま
「…知ってた 」
なんて。
僕の卑劣さを知りたくなかった。
相手の純粋さを確認したくなかった。
僕には、あと余命1年という“短い人生”しかなくなった。
ぽっかりと空いた心のまま、僕たちの…いや、僕の復讐は幕を閉じた。
【桐山side】
あの事件以来、もっと人の事を信じれなくなった。ある程度の関わりはできても それ以上は 深く関われない。いつかどこかで裏切られると思ってしまう。
人を家にはあげないし、LINEだって仕事関係以外は本当に使わなくなった。
この仕事場にまた、あの時の鈴木ちゃんが、意味不明な量の缶ビールを持ってきてくれるとどこかで信じてしまう。
人のことは信じれないくせに、裏切られたやつのことは全力で信じようとしてる。
…本当に馬鹿らしい。
あれから1年はすぎてる。
もう来ないっつーの。
「…はぁ」
自分から自然に出たため息が、どこか切なく聞こえる。
不意に開いたパソコンをぼーっと眺めていると、ドアノブをゆっくり曲げる音がした。
誰か来た。直感的にそう思い、つい、いつものくせで そちらに顔を向ける。
ガチャッ…
立て付けの悪そうな音。その中から出てきたのは…
「え…あ、えっと…?」
誰だ…?
「あ!えと…すみません…新しく、警備員やらせてもらうので…挨拶に…」
あぁ、なんだそういうことか。
とはならなかった。
相手は女性で、頼りなさそうなしおしおとした、自信なさげというか、とにかく全体的にしゅんとした人だった。
そもそも挨拶しに来るやつなんてほぼ居ない。
しかもこんなご丁寧に、たっかいポニーテールしてきちゃって。
俺からすると、あまりいい印象ではなかった。
そりゃ、身だしなみを整えて、礼儀正しく挨拶しに来るやつ人なんて、“良い印象”のかき集めだが、それでも俺には彼女に良い印象を持てなかった。
すると、彼女はゆっくりドアを閉めて中に入ってくる。そもそも立て付け悪いせいで、ゆっくり閉められると蝶番の音がうるさくてたまらない。余計彼女をどうかと思ってしまう。
そして、中に入るなり、手前の階段を少しづつ下りながら俺に問いかけた。
「あの…今日、2人で仕事するらしいんですけど…。上から…教えて貰ってと言われて…ご存知でした…?」
「え…あぁ、うん。…は?」
俺の思考は一時停止。そして2度見。いや、2度聞きと名付けようか。
彼女の言葉に耳を疑う。
は?俺が教えろと?
ただ、教えるも何も、やることがほぼないので、「あんまやることないからじっとしてても大丈夫だよ」と別の意味で教えてあげた。
すると彼女は何やら恥ずかしそうに、俺のすぐ横まできて「そうですか」と、微笑んだ。
なんだ、可愛いところもあるんだなと、久しぶりに人間らしい感情を持つと同時に、そうですかと微笑む姿はどこか鈴木ちゃんを思い出させた。
そういえば身長もそのくらいだった。女性としては大きな方なんだろうが、俺より一回りくらい小さな体は、まさに鈴木ちゃんそのものだった。
そして、今までの彼女の行動は、よく考えてみれば、有村ほのか、俺の元カノの仕草とよく似ていた。
実際、有村ほのかとは不倫相手として、マッチングアプリで出会って交際していた相手だった。
ミナミ。
これが彼女の、当時俺と付き合っていたころの偽名。
ミナミには婚約相手がいたが、俺と交際を試み、不倫していたわけだ。
そして、このミナミの婚約相手は、なんと、俺の友人“だった”、宇治原だ。
宇治原は、俺らを恨んで、ミナミ…有村ほのかを殺害した。
ただ、俺が殺されなかったのは、有村ほのかの婚約相手が宇治原だと知らなかったから。
これが俺の中で重なった、約一年前の復讐事件と、俺に人と関わることのトラウマを植え付けた不倫事件だ。
ふと、横につっ立っている彼女の名前が気になった。俺は、つっ立ったままの彼女を椅子に座らすと、名前を聞いた。
「そういえば、名前。聞いてないから。なんて言うの?」
久しぶりだった。まさか、自分から相手の名前を聞き出そうなんて、不倫事件以来なかったから。
また、彼女は少し恥ずかしそうに俯いて答えた。
ただ、この名前を聞いた瞬間、運命だと感じてしまった。名前なんて聞かずに、彼女とは会うことはなく、そのまま暮らしてた方が楽だったんじゃないかと思うくらい。
最初は、ただ知りたくて聞いただけ。純粋に、彼女と話がしたかった。印象が悪いとはいえ、気になったものは気になるもんだ。
彼女の口から出た驚きの名前。
それは…
「えと…鈴木ミナミって言います…」
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