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【鈴木side】
「…」
今、自分では理解できず、相手だと脳が追いつかない状況に僕はいる。
相手というのも、誰か特定の人のことではなく、僕以外の人のことを表している。
「…なんで生きてんだろ」
ただただ純粋にそう思った。本当に心からの思いが自然と口からこぼれる。あれから一年過ごして、何となく生きている。短い寿命とやらが無くなった今、僕には何も残っていないのは明らかだ。
どこまで歩いたか分からない。先程砂鉄に 散歩してくると行ってそれっきり、どのくらい歩いたか、どのくらいの時間が経ったのかは何も覚えていない。ここまでどのルートを通ってきたかさえも。
…今ここはどこなんだろう。
少し広くて、住宅が並んでいると言うよりかは、お店が多い気がした。地面はアスファルトに覆われ、高めのビルなどが並ぶその雰囲気は、どこか外国の雰囲気を漂わせていた。
ある店の前で立ち止まっていると、ふと、あの復讐から今までのことが、走馬灯のように脳内に流れ込んだ。
約一年前。
もう精神的にも、体力的にも尽きていたあの日。
黙って砂鉄と二人で僕の家へと帰った。正確には、放心状態だった自分を砂鉄が支えて家まで来てくれたと言うのが正しい。
そこから、僕がひとりで生活出来るようになるまで一緒に暮らすことになった。
一緒に生活し始めて1ヶ月が過ぎようとした時、僕自信が驚くほどに、自分の身体に異変が起きた。前よりも酷く、薬を飲んでもほぼ効かない。 激しい脇腹の痛みに、耐えようとすればする程、痛さが増して意識が飛びそうになった。
すぐに救急搬送され、前と同じ人に、また、同じ余命宣告をされる。
『残りの時間は少ないかと…』
でも、そこに絶望感は無かった。前々から知ってたことだし、思いっきり死ぬつもりだったから。僕は分かりましたとだけ言い、さっさと帰って眠りにつこうとベッドへ腰をかけた時。
砂鉄は、僕に思いもよらぬことを提案してきた。
『…ねえ。チョモ。手術…受けてよ』
『は?』
最初、何言ってんだと思った。とうとう砂鉄までおかしくなったのかと。僕の病気は手術では治らないし、寿命を伸ばすこともできない。でも、彼は驚くほど正気で真っ直ぐに僕の目を見て言った。
『…外国に行こう。探したんだ。いや、ずっと探してた。チョモの病気を、少しでも軽くできるような手術の腕を持ってる人。見つけたんだ』
その話を聞いた瞬間、僕は心底 うんざりした。 別に生きたいとは願ってないし、言ってもない。 確かに、最初に余命宣告を受けた時はさすがにショックだったが、今回の復讐が失敗した時のショックよりも全然マシだし、僕は今長生きしたところでなんの希望も持てなかった。
だから断ろうと思ったんだけど。
『…一生のお願い…てやつ…?』
…やられた。
僕は、復讐の手伝いのお願いをする時、砂鉄が断れないように、自分の寿命を武器に“一生の内のお願い”をした。
でも、今度は逆だ。勿論、砂鉄には余命宣告されていない。それでも、砂鉄からの一生のお願いは、本当に今後一生無い気がしてしまう。
砂鉄は、僕を真似たのが恥ずかしかったのか、彼らしくない、やんわりとした笑顔を見せていた。
『…聞いてくれる?』
僕は彼のらしくない表情が、無邪気に遊んでいた凛子、砂鉄、ルー、僕。あの日あの時のことを全て思い出させた。決して懐かしむような感情ではなかった。でも、砂鉄がどこか切なげに見えるのは、いくら僕でも放っておくことはできない。その雰囲気から、お願いに逆らえず、いつの間にか僕は頷いていた。
その数ヶ月後だ。もうすぐ寿命が来るってところで手術すると言われた。もう、だいぶ自分は弱っているし、手術してる間に死んでも無理はないと思った。お金の無駄としか言いようがない。
それでも砂鉄はほんの少しの希望を消そうとはしなかった。昔からそうだ。砂鉄は、希望が見えればそれを外すことはない。しっかり掴んで逃さない。
僕は、そういう所に負けたんだなとつくづく思った。
『生きて帰って』
砂鉄に言われたその言葉を最後に僕は手術を受けた。
目がさめて、明るく白い天井を見つめた瞬間、僕は察した。
『…生きてんだ』
それが自然に口からこぼれた時には、涙が流れていた。とめどなく溢れた。身体は石のように固くてだるい。うなじには針が刺さって、二の腕や、腕の関節あたりの部分にも針が刺さっていた。点滴だろうか。目の前が霞んで何も見えなかった。
生きてるのが嬉しかったんじゃない。その光景が辛かったんじゃない。自分が生きてしまっている事が苦しかったんだ。
絶対にお前は生きてはならないと、この世界中から、地球から、宇宙から言われた気がしてたまらなかった。世界が自分を否定し、自分は世界を拒絶する。
『ごめん…ごめんっ…』
あの日、砂鉄が僕にハグをしながら涙混じりの声で繰り返し謝っていたのをよく覚えている。
きっと彼は、僕が涙してる理由がすぐにわかった。だから何度も謝った。
“自分勝手でごめん”と。
そうして僕は“短い人生”が無くなったわけで。
「…はぁ」
アスファルトが広がる地面の上で小さなため息を漏らす。
変装一切無しでここまで来ているが、運のいいことにここの人たちは僕を知らないか、もしくは気付かないか。こちらを凝視したり、ちらっと見てヒソヒソする人もいなかった。
何より時間帯が夜遅くて、周りの人が少なく、暗くて見えずらかった。
「…帰るか」
気分転換がしたくて外に出ただけ。時間をかけてすぎて、砂鉄に心配をかけたくないと思い、そう、一言呟くと、自分のポッケに入れていたスマホが鳴った。
「ッ!」
着信音だ。
きっと砂鉄からだろう。なかなか帰ってこない僕を心配してかけてきたのだ。分かってる。砂鉄だって頭では分かっているのに。
着信音だ…。
脳内でぐわんと響くうるさい音。
電話に出ないと。
僕はおぼつかない手でポケットからスマホを取りだし、砂鉄と書かれた通話画面を見た。
大きく響く、着信音。
「ッ……はァッ、、!」
着信音。
「ごめッッ…なさっ!」
自分を壊していく。
「ヒッ…僕がっ!見た…ッう、ハァ、」
着信音。
「ごめん…なざっ、ぁ゛…」
苦しい。痛い。
誰?誰?誰?誰?
自分は……?
だれ?
「大丈夫ですよ、!落ち着いてください!、」
「…ぁ」
誰かに背中をさすられている。知らない、女の人の声。
どこか情けないような、それでもしっかりしている口調の…。
さすられていることに気づいて数分後、視界がはっきりし、脳と体の震えが治まる。
「…はァ、はぁ、あ、も、大丈夫です。ありがとうございます…」
手の震えの余韻と、うずくまった状態から顔を起こしたような体制、何らかの液体が地面に落ちた後、自分の上がった呼吸。これらが揃っているということは、先程まで、自分が感覚フラッシュバックを起こしていたのだと分かる。
僕が息を整えていると、また背中をさすって問いかけてくる。
「大丈夫…ですか?」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
先程大丈夫だと伝えたのに、もう一度聞いてくるあたりがポンコツそうで、頼りない印象を持ったが、助けてくれたのはこの人で変わりないのでしっかりその場で立ち上がり、感謝を伝えようとそっと顔を上げた。
僕とほぼ同じくらいの背丈で、高い位置からポニーテールをぶら下げている。スーツ姿で、身だしなみはきっちりしていた。
恐らく彼女は、今まさに仕事場へと向かっているような格好だった。時間帯的には今から帰るのかもしれないが、それくらい綺麗に身だしなみが整えられていた。
のにも関わらず、なんともこの頼りなさそうなおどおどした様子と、無意識であろう、女性としてキュンとさせる仕草。わざとかと思う程の心地よい声色と、口調はしっかりしているくせにどこか穏和な印象が持てるふんわりした雰囲気。
明るいところで歩いてりゃ、思わずあちこちの人間が振り向き、喋ってやったらすぐ堕ちる。
…マッチングアプリの女王か、ともツッコミたくなるくらいの完璧さだった。
唯一欠けてるとしたら、その消極的な性格だろう。完璧さゆえにその“欠け”が愛おしいと感じる男が続出するのは予想できた。
自分からすると気味が悪い。完璧を演じてる訳では無いのに、完璧だと言うところが。
それに気持ち悪さを持たない男性も。
「…」
「あの…?」
気づくと、僕の視界は、それこそ彼女が映ってなかったものの、彼女をしばらく見つめていたに違いない。彼女の顔が少し強ばっているのが見えた。
すかさず僕は感謝を伝えた。
「いえ、本当、ありがとうございます。助かりました」
彼女は、いえいえとでも言うように小さく首を横に振る。それに合わせて細かく揺れるポニーテール。健気だ。彼女のその反応から、随分遠慮がちだなと思った。
「…大丈夫なんですよね?」
また、こちらの安全性を伺う。
しつこいなぁと思いながらも、もう一度目を見て話した。
「はい。ただ、ちょっと昔のことを思い出してしまっただけですので」
すると彼女は、胸をホッと撫で下ろし
「はぁ、良かった。なにかの発作かと…」
と、呟いた。
その言葉。忘れるわけない。その、ホッとしながら冷や汗がにじむのも。
忘れるわけない。
…どことなく、彼女を彼に重ねてしまった。
違う。あれは。桐山さんじゃないから。
その、ほっとするところが、彼女が悪い人でないことを示した。
そういう所も貴方だった。
「…発作はもう…起きませんよ…」
ポロッと出てしまった言葉。見ず知らずの人に対してまずかったかと思い、咄嗟に彼女を目で伺う。
「え、何か言いました?」
「いいえ?」
しかし、どうやら小さくて相手には聞こえなかったようで少し安心する。僕はいつもどうりの笑顔で言って見せた。
「大丈夫です」
そう言うと、彼女は申し訳なさそうに、落ちていた僕のスマホを拾って渡した。
「あの…い、言いにくかったんですけど、おち
てて…」
彼女から受け取ったスマホに目を落とすと、画面は既にホーム画面へと切り替わっていた。
これは、彼女が、僕がフラッシュバックした原因はスマホだと解釈して電話を切ったのか、それとも、置いてる間に砂鉄が、僕がフラッシュバックしていると察して切ったのかは分からない。
「あぁ、ありがとうございます。では」
僕は、さっさと帰りたかった。このおどおどキョドキョドした、“可愛らしい”彼女から離れたかったし、早く帰って砂鉄に言うことがあった。フラッシュバックしてしまったと。
だから、彼女からスマホを受け取ると、すぐさまマップを開き、急ぎ足で知らない道を引き返した。
「あ、え、はい、」
そう、彼女が小さく言ったのが聞こえた。
…まさかこの時の女性が、あとから僕を苦しめることになるなんて、思いもしなかった。