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─ロキシー視点─
すごくカッコいい青年が私の前に現れました。
「良かった」
迷宮の罠に掛かって、死にそうだった私を一瞬で救ってくれた青年。
大量の敵を一瞬で凍らせた男の子。
凍った敵に囲まれて笑う、私の理想の人。
胸がドクドクと鳴る。
顔が熱くなる。
カッコいい、カッコいい。
頭を支配するのは、そんな言葉。
もう認めるしかありませんね。
お父さん、お母さん。
私は恋をしてしまったようです。
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強くて幼さが残る青年。
私が惚れてしまった人は、なんとルディでした。
私が知っている限り一番の魔術師。
そんな彼は久々に会った時、私の想像を遥かに超える強さになっていました。
「ロキシー師匠!俺、迷宮初心者なのでどんどん指導してください!」
「はい、教えたいのは山々なのですが、ルディは私よりもすごいので教えられるかどうか…」
「いえいえ、師匠には遠く及びません」
こんな他愛のない会話をしています。
会話をしてても私はいつも上の空で。
ルディと呼ぶのがすごく楽しくて。
あわよくば結婚してみたいなぁ。そんな妄想をしてしまいます。
駄目ですよね。ルディは、まだ十代です。結婚する年齢じゃありません。
でも、もしもルディが私を好きになってくれたら。
私は嬉しくて堪らないと思います。
ルディは、すごく賢いです。
転移のことについて私が分からないところは優しく教えてくれます。
その教えは、とても分かりやすくて尊敬が止まりません。
そんな彼と買い物に行く機会がありました。
迷宮に役立つ道具の買い出し。仕事の一環に聞こえるかもしれませんが、ルディとなら、なんというか、すごく楽しかったです。
帰りには、お酒なんて飲んだりしちゃって。
お酒でポワポワする私の視界を支配するのは少し酔ったルディの姿。
そんな彼は、とても可愛くてカッコよかったです。
「ルディは、とっても強いですね」
「ふふっ、ありがとうございます。師匠の教えの賜物ですね」
はにかむように笑うルディがとても印象的でした。
彼と居ると私は幸せです。
結婚するなら彼しか居ない。
私は心の底から、そう思っていました。
迷宮探索を明日に控えた前夜。
私はルディの部屋を訪れました。
作戦会議という名目。
本当は、彼に会いたかったからなのですが。
コンコン、ドアをノックしてみます。
「……」
反応がありません。もう一度ノックしてみましょう。
コンコン。
「んっ///」
「!?」
ノックした時。私は驚いてしまいました。
思わぬ反応。ルディの部屋から聞こえた女の子の声。
それも、ちょっとえっちなやつ。
私は思わずあたふたしてしまって。あまりの動揺に目の前にある半開きのドアを開けてしまいました。
「あ、ルディ。す、すみません!」
瞬間。私の視界に広がったのは甘い顔で舌を出すルディと、赤い髪を揺らしながら頬を赤く染めるエリスの姿でした。
蕩ける目をして、深い恋人繋ぎをするルディ。そんな姿が私の視界を覆っていきました。
私は思い知りました。
ルディはカッコよくて、優しくて、しかも強い。
そんな彼が女の子と過ごしているのは至極当然だと。
私の恋心は淡く崩れ去っていきました。
私は何も言わずに。その場から逃げ出してしまいました。
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迷宮までの道でパウロさんから話を聞きました。
ルディは既婚者だと。エリスという女の子と結婚しているのだと。
この言葉を私は静かに聞いていました。
ただ、静かに。
心が揺れなかったからではありません。
寧ろ逆でした。
あまりにも心が揺れ動きすぎて、言葉が出せませんでした。
そんな私の心。動揺で崩れそうでも迷宮探索は続きます。
ゼニスさんを助けて、パウロさんたちを援護する。
敵を倒して一歩ずつ進む。
ルディの真剣な横顔を守れるように進む。
私は、今日も魔術を撃ちます。
「アイシクルフィールド!」
強いルディと弱い私。
そんな私の烏滸がましい恋心が、音を立てて膨らんでいました。
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─ルーデウス視点─
俺たちは砂漠を越えてパウロたちに出会った。
挑む迷宮。話を聞く限り最悪の迷宮だった。
「転移の迷宮。難易度はS級だ」
重い言葉が部屋に響く。
俺を呼んだ理由。それがひしひしと伝わる言葉だった。
その晩パウロと少し話をした。
エリスと結婚したこと。
いつか子供を作りたいということ。
パウロは笑って聞いてくれた。
「ルディも親父になるのか。成長したな」
この言葉を残して、怒るどころか優しく。
俺のことを祝福してくれた。
しばらくしてロキシーと出会った。
疲弊していた所を、なんとか助けることが出来た。
「ルディ」
彼女が俺の名前を呼ぶ。
小さい身体から放たれる言葉。
彼女にあまり変わっている部分は無かった。
しかし、それは外見。実力は数段上がっていた。
そんなロキシーとタルハンドから迷宮についての注意事項を教わった。
迷宮でしてはいけないことは、この二つだ。
①火を使ってはいけない
②天井を攻撃してはいけない
②は普通に気を付けるとして。
問題は①だ。火を使えないということは当然『あれ』が使えない。
『あれ』その正体はエリスの得意技。
「エリス、火は使わないでください!」
「ルーデウス、分かったわ!」
剣に炎を纏う技術。それが使えないのは厄介だったが。
パウロとエリナリーゼ、タルハンドが居れば問題はないだろう。
そして、エリス自身も魔剣が使えなくても十分強い。
このメンバーにロキシーが加わったパーティ。
強い、とんでもなく強い。
正直負ける気がしない。
ゼニス救出、家族との生活。
俺の視線の先には『幸せ』という二文字が確かに浮かび上がっていた。
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最悪だった。あまりにも最悪すぎた。
S級。最強、最悪の迷宮。
その最下層に居たのは『化け物』だった。
「ストーンキャノンが、効かない?」
青色の鱗に覆われた大きなドラゴン。
甲高い咆哮が響くと同時、魔術が乱れる。
乱魔とは違う。出す前に崩す物じゃない。
出した術を乱してくる。最悪の後出しジャンケン。
初めてだった。俺のストーンキャノンが通じなかったのは。
「一時撤退しましょう!」
ロキシーの声が動揺する俺の耳に届く。
結晶化されたゼニスに背を向け、俺たちは退く。
俺は覚悟した。
今までなかった俺の試練。
VSマナタイトヒュドラ。
予見していた最悪の試練。
それは吸魔石に囲まれて、今始まりを迎える。
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「ルディ!ふざけてんじゃねぇぞ!」
「……」
パウロが俺の胸ぐらを掴む。
俺の目の前にあるのは鬼の形相。
パウロの怒った顔。
そんな怖い顔があっても俺は言葉を止めない。
「父さん。僕はストーンキャノンには自信があります」
「あ?それがどうした?」
言わなければならない、この言葉を。
「俺の自信があったストーンキャノン。あのドラゴンには効きませんでした」
「だから、なんだってんだよ」
震えるパウロ。
怒りは最高点へ。
「ルディ!お前は、なんとも思わねぇのか!?ゼニスが、お前の母さんが居たんだぞ!」
俺は胸ぐらを掴まれて止まった。
出し続けていた言葉。しかし、このパウロの言葉に俺は、なんて言葉を出せば良いか分からなかった。
そんな中で我慢の限界が来た女の子が一人。
怒鳴られるルーデウスを見て、怒りが溜まった少女。
バン!
「何よ!あんた!ルーデウスに文句あるわけ!?」
パウロの頬を握り拳を作って殴る少女。
エリス・グレイラット。
彼女も鬼の形相で義父を見つめる。
ここが分岐点、パウロの怒りの矛先が変わる。
「いてぇな。ルディに守られてるだけの女が親子の喧嘩に口出すんじゃねぇよ!」
この言葉に、エリスは一呼吸間を置いて。
「そうね、私はルーデウスに守られてばっかりね」
エリスの言葉が俺の耳を刺激する。
パウロとの喧嘩。俺は今までは何とも思っていなかった。
喧嘩することは良くあったし、気にすることじゃない。俺は、そう思ってた。
でも、エリスが守られているだけという発言は違うだろ。
寧ろ守られているのは俺なのに。
パウロの発言。それは俺にとっての地雷だった。
「父さん。エリスの強さを知らないのにゴチャゴチャ言わないでください」
「あ?俺が知らない?ここまで一緒に探索してきたんだ。分かってるに決まってんだろ」
「じゃあ言ってください」
俺の質問。
パウロは言葉を続ける。
「はっ!良いぜ、言ってやるよ。スピードは速い。だが火力の足りない前衛。少なくともヒュドラを斬れるパワーはない。中途半端な前衛だ」
「……」
パウロの言葉。
俺は黙って聞いていた。
分かってる。今のパウロは怒りに我を忘れている。
その上で言わせて欲しい。
パウロは何も分かっていない。
エリスを、俺のお嫁さんを。
「父さん。あそこなら炎を使っても大丈夫ですよね?」
「あぁ、天井はあるが高いし、部屋も広いからな。毒は充満しねぇよ」
この言葉と同時、エリスの剣が光る。
赤色。彼女の髪色のような美しい色。
魔王を斬ったエリス。そんな彼女にヒュドラの首が斬れない?
有り得ない疑問。答え合わせはすぐにされることになる。
「エリス、見せてあげてください」
「待ちくたびれたわ。やっと使えるのね」
「なんだ、それ」
怒っていたパウロ。彼が静かになる。
父を黙らせる技術。その正体は、剣に纏わりつく、エリス・グレイラットの炎魔術だった。
─────────────────────────
斬ったヒュドラの首を炎で炙る。
そうすると再生は遅くなり倒せる。
ギリシャ神話の話だ。本当かどうか分からない。
でも、もしも、これが通用したら?
エリスは最高の切り札になる。
剣を炎に纏わせる剣士。
彼女が最強になる。
「頑張れる、やれる」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
明らかに今までとは違う相手『マナタイトヒュドラ』
……ダメだな、俺は弱い。
足先が、指先が震えてしまう。
そんな臆病な俺。
触れられたのは白い肌。
「ルーデウス、安心して。私が絶対に守るわ」
下を向いていた俺とは対照的。
前を向くエリス。
あぁ、すごいな。凛々しくて、美しくて。
本当に何度でも惚れ直す。
彼女となら、何処までも、何処までも行ける気がする。
よし、戦う前にこの言葉を彼女に置いておこう。
言い古した言葉だけど、心の底から思っている言葉。
「エリス、愛してます」
この言葉に笑ってくれるエリス。
彼女と心を一つに。
愛情という大きな袋に空気を込めて。
俺は、荒い呼吸を整えた。
─────────────────────────
俺たちは作戦を決めた。
内容は…
エリスとパウロが最前線でヒュドラの首を落とす。
それをタルハンドとエリナリーゼがカバーする。
そして、後衛の俺とロキシーが魔術でヒュドラの首を炙る。
しかし、至近距離でしかヒュドラに魔術は撃てないため、場合によっては俺たちも前に出る。
これが作戦の内容。俺が提案した作戦。
誰も信じなかった。若い女の子、エリスがヒュドラの首を落とすなんて。
一人も信じようとはしなかった。
ドン!!!
エリスの踏み込みが音を鳴らす。それを視認していた予見眼が、とてつもなくブレる。
それほどの速さ。しかし、それだけじゃない。
火を纏った剣は文字通り、火力をも伸ばす。
「炎を使えれば、斬れない相手じゃないわ」
ゴトン
まさしく電光石火。そんな早業と同時、落ちる。ヒュドラの首。
速さと火力を両立した最高の剣撃。
「こ、これが、エリスの本気か」
エリスのニヤつきとパウロたちの驚き。
化け物の焦げた肉の匂いが、戦いの始まりを告げる。
─────────────────────────
「いける」
鮮やかなエリスの一閃。
落ちる、ヒュドラの首。
その姿を見た全員がエリスの評価を改める。
『強い』この評価が彼女の現状。
強い、確かに強い。
しかし浮かび上がってくるんだ。
もう一つの評価、彼女の現状が。
「おい!前に出過ぎんな!」
パウロ以上のスピード。この中で最速の少女が全力でヒュドラに向かう。
そう、最速。速いが故に誰も合わせられないという問題。
ロキシーも、エリナリーゼも、タルハンドも。
誰も合わせることは出来ない。
誰も合わせられない?いや違う。
一人だけエリスに合わせることが出来る。
その正体は決まってる。
少ない自信。でも、そんな自信でも。
エリスを一人にさせない。それだけは胸を張って言える。
「父さん、俺も前に出ます!」
俺は前傾姿勢を取って前に走る。
予見眼にエリスとヒュドラを映して前線へ。
パウロの脇を抜け、エリスの近くへ。
大丈夫だ、迷いはない。
俺の動きは全てエリスのために使う。
「エリス!俺が合わせます!全力で暴れてください!」
「分かったわ!ルーデウス、絶対に勝つわよ!」
ヒュドラの視線がエリスに向き、首がしなる。
そして、長い首を遠心力として活用しながらエリスに頭突きを試みる。
ヒュドラは速い。確かに速い。
しかし、エリスは、もっと速い。
瞬間、エリスの足に力が込もる。
そして、彼女は最速の横移動。右、左と動き、多大な首による手数。その攻撃を躱していく。
俺の予見眼にエリスの姿が消える。
速すぎて見えない。だけど、俺には彼女の位置が分かる。
エリスは攻撃を避けて飛び上がった。
そして、上から勢いを付けて剣を振り下ろす。
何度も見てきた、エリスの動き、剣撃。
予見眼なんて要らない。瞳なんて要らない。俺は心で、身体でエリスの姿が見えている。
「二本目!」
ギャアアアス!
ヒュドラの叫び。最初は、とても恐ろしかった叫び。
しかし、今は怖くない。
大きな図体はエリスの動きについてこられない。
叫ぶだけで何も出来ないヒュドラ。
その生物を蹂躙する、速いエリスと未熟な俺。
希望は音を立てながら大きくなっていく。
大丈夫だ。大丈夫。
エリスの背中を見つめて、合わせて。
彼女が首を斬って、生焼けだったら俺が炙る。
俺たちには勝ち筋が見えている。
しかも、それだけじゃない。この部屋にはパウロも居る。
ヒュドラの首を斬れる人物が二人。
強い剣士が二人居る空間。
今、確信した。俺たちは勝てる!
俺は笑った。ヒュドラの姿を見て。
しかし、その笑いは消えることになる。
「なんだ、動きが」
パウロとエリスに斬られていたヒュドラ。
暴れていた怪物が少なくなる首の動きを止めて、俺たちを睨む。
明らかに動きが変わる。
そんな予兆。
「……何か、やばい!ルディ!エリス!気を付けろ!」
パウロが大きな声を出した。
その時、音と共に走る背筋への悪寒。
ヒュドラは物じゃない、道具じゃない。
俺たちと同じ『生物』
そう、俺たちと同じ。
だから学習して成長するんだ。
「なんだよ、これ」
パウロに首を斬られながら、ヒュドラの視線がエリスに集まる。
残りの首全てを使って狙いを定める怪物。ヒュドラは本能で理解したんだ。
最強の敵はエリス・グレイラットだと。
その瞬間、パウロとエリスに分散していた首。その全てがパウロを無視して一斉にエリスを襲う。
視線に殺気を纏って、赤い髪を噛みちぎれるように。
圧倒的な手数で瞬殺するために。
俺の予見眼。映るのは『エリスの死』
目尻に涙が溜まる。
エリスとの生活が終わってしまう。
俺は大きく息を吸った。
逃げて、避けてくれと。懇願するように叫ぶために。
一緒に生きてくれと、約束を叫ぶために。
しかし、俺は思い止まった。
違う、違うだろ。
俺の試練。すべきことは願うことじゃない、懇願することじゃない。
やるべきことは戦い続けること。
最後の一秒まで戦うこと。
「エリスを助ける、俺が!」
俺は掌に風魔術を生成した。
前に、雲を蹴散らそうとした魔術。
威力のある技。至近距離で撃てば必ずヒュドラの攻撃を抑えられる!
大量の首がエリスに牙を剥く。
しかし、同時じゃない。必ず順番がある。
エリスなら一発目は必ず避けられる。
だから、風魔術で飛ばすのは二発目からの首でいい。
俺は速く、そして丁寧に風を作り、掌をヒュドラに向けた。
俺の予想通り。速い動きで一発目を避けたエリス。
よし、よし!間に合った。
俺は、エリスを助けられる。
俺は試練を乗り越えた。
俺たちは勝った。そう、思っていた。
でも、違った。今なら分かる。
戦うことの放棄。俺は最後の最後で油断したんだ。
ドン!
その瞬間、大きな音が鳴った。
何かに衝撃が走る、そんな音。
俺の身体がブレる。
音の正体は俺の風魔術じゃない。
俺は、まだ魔術を放っていない。
は?なんで、ここに居るんだよ。
なんで、横から飛んでくるんだよ。
「なんで、エリナリーゼさんが」
音の正体は俺の脇腹に当たった人間。
不運、あまりにも不運。
ヒュドラの尻尾に叩かれて飛ばされたエリナリーゼ。
彼女が飛んだ先は、俺の脇腹だった。
─────────────────────────
予見眼は見た物の動きしか予測出来ない。
エリスとヒュドラ。俺は、それしか見てなかった。
だから反応出来なかった。
飛んでくる人間なんて、いつもなら絶対に避けられたのに。
崩れる俺の身体、走る嫌な汗。
見つめた先にあるのは、ヒュドラの牙がエリスに襲いかかる光景。
強い奴を殺すのは『不運』
俺たちは思い知ることになるんだ。