テラーノベル
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車で待っていた佐山に練り切りと茶の差し入れをして、二言三言雑談を交わしてから事務所内へ戻った芽生は、京介に促されるまま愛らしい兎の練り切りが待つ席へ座った。それと同時、京介から「明日からここで働かせてもらえるよう長谷川に話付けといたから」と言われて面食らってしまう。
長谷川社長と静月は、芽生と京介の二人で話をした方がいいと判断したのか、応接セットからは離れて自席で仕事をしていた。時折チラチラと視線を感じるので、気にはなっているんだろう。
「あ、あのっ、京ちゃん? 知ってると思うけど私、ファミレスで働いてる、よ?」
「そっちは辞めさせてもらえるよう手配するから心配すんな」
有無を言わせぬ調子でまくし立てられた芽生は、なにがなんだか分からなくて戸惑った。
「でもっ。そんな急に辞めるとか……お店に迷惑が掛かっちゃう」
芽生としては至極当然な理由を述べたのだけれど、京介から腹立たし気に舌打ちされてしまう。
「なぁ子ヤギ。お前はそんなにあの臭ぇ男に付き纏われてぇのか?」
「えっ!?」
臭い男、とはきっと細波鳴矢のことに違いない。京介だって、芽生が彼のことを嫌っているのは知っているはずなのに、何故そんな意地悪を言うんだろう。
「そんなわけないじゃないっ! 京ちゃんの、バカ!」
芽生が京介の言葉を全否定したのを見届けるなり、したり顔で京介が続ける。
「なぁ子ヤギ。前々からずっと言おうと思ってたんだがな? あそこに勤めてる限りお前、あの嫌味な男に追いかけ回されるの、回避できねぇんだぞ?」
「そ、それはそう……だけど……」
「俺だっていつもいつも駆けつけて助けてやれるわけじゃねぇ。それも分かってるか?」
京介が来てくれて事なきを得たことは沢山あったけれど、確かに一人きりで細波の暴挙に対処しなくてはいけないことも多かった。
芽生がグッと言葉に詰まったのを確認して、京介が追い打ちを掛けてくる。
「あいつに家まで来られて怖い思いさせられたの、まさか忘れたわけじゃねぇよな?」
火事があったあの日、細波にバイト終わりを待ち伏せされて、それだけならまだしも家のすぐそばまで来られて怖くて帰れなくなってしまった。出先のコンビニから京介へSOSのメッセージを送ったことは、芽生だって忘れていない。
それに……芽生の家が燃えているのをいいことに、細波の家へ連れ去られそうになったことも一緒に思い出した芽生は、ゾクリと身体を震わせた。
「せっかく引っ越ししてリセット出来たっちゅーのに、お前はまた細波に姿を見せてやるつもりか?」
京介の言葉に、芽生は何も言えなくなった。
確かに家を引っ越した今が、色々リセットして細波から距離を取る絶好の機会に違いない。
「あ、あの……京ちゃん。私、簿記三級の資格くらいしかないんだけど……ここでお役に立てるかな?」
芽生がごにょごにょと小さな声で言ったら、京介がワシャワシャと頭を撫でてくれた。
「なぁ長谷川よ。子ヤギに仕事の説明してやってくれるか?」
京介の声に、長谷川社長が立ち上がってこちらへやってきて、長谷川社長に誘われるように静月も一緒にソファへ座った。
「神田さん。とりあえずお茶が冷める前にお菓子、食べてからにしようか」
長谷川社長に促された芽生が、恐る恐る隣の京介を見上げたら「塩大福はお預けだが、そいつは転職祝いに食っていいぞ?」とOKを出してくれる。
「頂きます……」
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#極道
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月詠 涼
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何だかみんなが食べ終わっているのに自分だけ食べるのは気恥ずかしかった芽生だったけれど、兎のお尻の辺りを付属の黒文字楊枝でほんのちょっと切り取って口に入れたら思いのほか美味しくて、気が付けば色々忘れて無心に食べてしまっていた。
***
「芽生。会社への送り迎えは佐山に頼むんでいいか?」
本当は芽生とも面識のある石矢を付けようかとも思った京介だったけれど、送り先が長谷川建設ということもあってやめておいた。というのも石矢、元々は長谷川建設で働いていたことがあるのだが、ちょっと問題を起こして長谷川から自分へ預けられた経緯を持つ男だったからだ。
トラブルを起こした際、静月に怖い思いをさせた前科のある石矢だったが、今は静月との仲もある程度は修復されている。だが、他の従業員らの手前、解雇も同然の形で長谷川建設を破門された石矢を芽生の送り迎えに使うのは難ありだと判断したのだ。
「うん、大丈夫」
京介から自分の送り迎えは佐山にさせると言われた芽生は、初対面の時はすごく怖く思えた佐山という男が、よくよく話してみると物凄く気さくで話しやすい性格だと分かった。
というより、塩大福を二〇個という代替案は良くなかったらしいけれど、怖い思いをさせたはずの自分たち――というより佐山にとっては大切な存在の三井を懸命に庇おうとしてくれた芽生のことを仲間として認めてくれたらしい。
そんな佐山のことを思い出しながら一度はOKを出した芽生だったが、すぐさま申し訳なさが沸々と込み上げてきた。
「けど京ちゃん。……そんなにしてくれなくても私、バスとかで行けるよ?」
「攫われそうになったのを忘れたのか」
「いや、あれは京ちゃんがっ」
京介の言いつけを守らずに家を出て攫われたのは確かだけれど、あれは全部京介が芽生を試すために仕組んだ罠だったはずだ。それを引き合いに出されても……と眉根を寄せた芽生に、京介が続ける。
「外をフラフラほっつき歩いてたら、また細波に見つかるかも知んねぇぞ? それに――」
そこで言いにくそうに言いよどんでから、京介は胸ポケットから煙草を取り出して咥えようとして、芽生が目の前にいたからかグシャリと箱ごと握りつぶして元に戻した。
「さっきうちの事務所に来て分かったと思うが……お前は俺の女……身内だと思われてんだよ」
「それの何がいけないの?」
「俺の稼業考えたら良くねぇの、分かんだろ」
要するに、京介の弱点として自分が使われるかもしれないのだとハッとした芽生は、「ごめんね、京ちゃん」と力なくつぶやく。
「何でお前が謝んだよ」
「だって……」
「いや、むしろ俺の配慮が足りなかったせいでお前を巻き込んじまってすまねぇって謝らなきゃいけねぇのは俺の方だろ」
芽生の頭をワシワシ撫でながら、京介が「んな泣きそうな顔すんな。俺まで泣きたくなるわ」と、言葉裏腹にニヤリと笑う。
芽生はそんな京介を大きな目でじっと見つめると、
「私、勝手なことをして京ちゃんの足手まといにならないよう気を付ける」
消え入りそうな声で、京介に約束をした。
***
京介が仕事に出てしばらくしたら、佐山が芽生を迎えに来る。京介の仕事は時間が不規則だったりするので二人の外出が前後することもあるけれど、おおむねはそんな感じの生活がスタートした。
インターフォンを鳴らした主が佐山なのを確認出来たときのみ、部屋を出て下へ降りるというのを徹底するよう京介から約束させられた芽生は、自宅の不審火についてもまだ解決していないのだと聞かされて、とにかく用心するように言い聞かされた。
「ねぇ京ちゃん。私の家ってやっぱり放火だったの?」
そう問い掛けてみても京介は曖昧に返すだけでハッキリとした答えはくれない。けれど、彼がやたらとそのことを気にしていることから考えて、芽生もさすがに恐らくはそうなんだろうなと思わずにはいられなくて。その目的がただ単に火をつけるのが楽しかったからにせよ、別の目的があったにせよ、気を付けるに越したことはないなと思った。
芽生の専属運転手に任じられた初日、改めて佐山から自己紹介をされた芽生は、彼のフルネームが佐山文至だと知った。年齢も三つしか離れていないと分かってやたら親近感がわいて、佐山のことを〝ブンブン〟と呼ぶことにした芽生である。
佐山から、「年上を変なあだ名で呼ぶな」と嫌がられても、照れ隠しだと判断して呼び続けていたら諦めたのだろう。最近は文句を言われなくなった。
「ね、ブンブン。私が仕事してる間はどうしてるの?」
「ずっと外で待機してる」
芽生は知らないが、佐山が芽生の送迎に使うよう京介から指示されたミニバンは、その見た目に反して窓ガラスやタイヤが全て防弾仕様になっている。
相良組が所有する十台の車のうち、そうなっているものは全部で三台。日頃京介が乗っている黒塗りの高級車と、ワンボックスカー、そして芽生の送り迎え用に手配されたこれがそうだ。
少ない台数しかない貴重な車を芽生に宛てがっている時点で、それだけ京介が彼女のことを大切に思っているのだと思い知らされた佐山は、京介からの言い付けもあって常に芽生のそばへ控えるようにしていた。
「じゃあさ、お昼、一緒に食べようよ」
「いや、俺が離れてる間に車へ何か細工されたらまずいだろ」
佐山自身、そんなことは滅多にないとは思っているが、放火の件もある。京介からは、その辺も徹底するよう言われているのだ。
だがそれを聞いた芽生が雇い主に頼んでお昼時、車に弁当を持って乗り込むようになったのはさすがに計算外で、正直驚かされている。
「なぁ、カシラから言われなかったか? 運転手のことは基本いない者として扱……」
「言われてるけど! 私はそういう風には思えないんだもん、仕方ないじゃない。それにブンブンとはいつも二人っきりで移動してるんだよ? 私ずっと後部シートでだんまりなのは耐えらんないし、ブンブンも私が話しかけたらちゃんと反応してくれるでしょう?」
「そりゃあ、まぁ」
――あのね、ブンブン……と明らかに自分へ向けて紡がれる言葉を無視できるほど、佐山も鬼ではない。車へ乗り込むなり、後部シートから色々話しかけてくる芽生に、いちいち律儀に受け答えしているのは事実だ。
いつの頃からか自分のものだけではなく佐山の分まで弁当を用意してくれるようになった芽生のことを、佐山も京介の命令としてだけでなく、自主的に守りたい対象だと考えるようになっていた。
そんな感じ。佐山の中で芽生はすっかり〝姐さん〟認識なのだが、肝心な京介がそれを認めない。芽生の様子を見ていれば、こちらは満更でないと分かるのだが、こればっかりは片側がどう思っていても実らないから厄介だ。
そんなこんなで大事な姐さん(候補)を〝芽生さん〟と呼ぶのには抵抗があって、結局ブンブンと親し気に呼んでくる芽生に〝神田さん〟なんてよそよそしい物言いをしている佐山だ。
実際このくらいの距離感は保っておかないと、何となく京介から酷い目に遭わされそうな気がしている。
というのも、三井のアニキに同じように付き従っている兄弟分の木田から、「なぁ佐山、お前姐さんに横恋慕とかまずいんじゃねぇか?」と言われたことがあるからだ。
その時は、「そんなんじゃねぇよ」と即座に否定した佐山だったが、芽生が佐山のことを京介同様あだ名で親し気に呼んでいることは事実なので、組の中ではちょっとした噂になっていたりするのだ。
それをカシラが知らないわけはないのだけれど、今のところ何の沙汰もないし、自分さえしっかりしていれば問題はないと思っていた。
何より芽生と一緒にいれば分かるが、彼女がカシラにしか興味がないことは一目瞭然だったから、自分と間違いが起こるなんてことは天地がひっくり返っても有り得ないことだった。
だがそう確信していても、残念ながら問題というのは起こるべくして起こるものなのだ。
いつも通りのお昼時。後部シートでお弁当をつついていた芽生から、「ねぇブンブン。実は京ちゃんに内緒でお願いがあるの。聞いてくれる?」――。そうルームミラー越しにモジモジと切り出された時、佐山はなにがなんでも断固拒絶するべきだった。
だが、それが出来なかったのは、他の組員たちから懸念されていたように、芽生と親密になり過ぎていたからかも知れない。
コメント
2件
めいちゃん、送迎付きとか。 大切にされてるなぁ。
いやあ、今回もよかったっす……! 京介が芽生を自分の世界に引き入れる覚悟決めた感じがガチで熱い。「塩大福はお預け」からの「転職祝いなら食っていい」の流れ、ニヤけたわ。あとブンブン(佐山)視点で京介との距離感考えてるところ、兄弟分から「姐さんに横恋慕とかまずい」って言われてるとか面白すぎるw 最後の「京ちゃんに内緒でお願い」からの引きも気になる~次の話も楽しみにしてます🔥