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「マスター! マスター! 起きてください!」
夢の中でぼんやりと……声が聞こえた……。
その瞬間、突き上げてくるような大きな地響きで目が覚める。
そこはダンジョンの玉座の間。目の前には百八番が跪いていた。
「マスター、早く魔力の供給を。もう崩壊が始まります」
一気に覚醒した意識。呑気に寝てる場合ではなかった。
少しずつだが確実に勢いを増していく地鳴り。パラパラと舞い落ちる土煙がその激しさを物語る。
「俺はどれくらい寝てた?」
「三時間ほどです」
クソッ、なんてことだ。疲れていたとは言え、寝てしまうとは……。
すぐに玉座から立ち上がり、ダンジョンハートへ続く階段を駆け降りる。
一時的とはいえ睡眠を取ったからか、ある程度体力が回復しているのを実感できた。
「魔力供給はどうやればいい?」
「利き手でダンジョンハートに触れるだけです。掌からマスターの魔力を移譲することが出来るでしょう。ですが、限界を超えれば記憶障害が起こり、放置すれば当然ですが死に至ります。いきなり死なれるのは困りますので、死ぬようならデスクラウンを被って下さい」
「限界はどうやって見分ける!?」
「頭痛が合図になります」
いきなり本番はちょっと怖いが、そうも言っていられない。ダンジョンが崩壊すれば死ぬことに変わりないのだ。
「いくぞ」
ダンジョンハートの前に立つと軽く息を整え、恐る恐るそれに手を触れた。
痛みはなく、冷たくも熱くもない。手のひらに何かが吸い付くような感覚。
それを感じ取ってすぐの事だ。ダンジョンハートと言われる容器の上から紫色の液体が流れ出て来た。
その勢いたるや尋常ではない。ちょろちょろと出始めたかと思いきや、今やバケツをひっくり返したような勢いでドバドバと流れ出ている。
それに気を取られている間に地響きは鳴り止み、薄暗かったダンジョン内部も見違えるほどに明るくなった。
例えるなら蝋燭の温かみのある優しい光が、高光度LED電球に早変わり。ただ一つ気になる点があるとすれば、いつまで経っても止まらない紫色の液体。
人間程度の魔力では数日しか持たないと言っていたのに、すでにダンジョンハートの中身は半分ほど溜まっていて、合図だと言っていた頭痛も未だ起きてはいない。
「おい。どこまでやればいいんだ?」
焦りを覚え指示を仰ごうと視線を向けるも、恍惚な表情でダンジョンハートの様子を眺める百八番に俺の声は届いていない様子。
まさか自分から頭痛を待ち望むなんて人生初めての試みに苦笑しつつも、その時をジッと待ち続け、ついにはダンジョンハートに溜まった魔力は七割を超えるまでになった。
……が、相変わらず頭痛は来ない。状況に慣れたからか、余計な事を考える余裕すら生まれたほどだ。
具体的には、これが満タンまで溜まったらどうなるんだろうとか、百八番の話し方が丁寧になったとか、わりとどうでもいい事である。
そんなことを考えていると、呆けていた百八番が我に返り、慌てた様子で俺を止めた。
「マスター! もういいです! 手! 手を放してください!」
その剣幕に多少驚きはしたものの、素直に手を引っ込める。
その瞬間、ちょっとした脱力感が俺を襲った。献血が終わった後の立ち眩みのような感覚だ。
「死んでませんか!? 大丈夫ですか!?」
俺の身を案じてくれているのかは不明だが、必死に問いかけてくる百八番。
「ああ、特に問題はないかな……。ちょっとした倦怠感というか……まあその程度だが……」
「ちょっと!?」
百八番は俺の体を隅々まで、舐めまわすように凝視する。
「マスター……。本当に人間ですか? この魔力量……。ダンジョンの維持だけなら数百年は持ちますけど……」
「え? じゃあ毎日ここに来て、魔力供給しなくてもいいってことか?」
その答えはすぐには返ってこず、百八番は神妙な面持ちで何かを思案している様子。
「マスター。提案があります。このあと呪いをかける予定でしたが、それは中止にします」
「それはこちらとしても助かるが……。どうして急に?」
「先程も言いましたが、これだけ魔力が貯蓄されていれば十分なので」
笑顔を向ける百八番。
これで数百年持つのであれば、確かに俺の必要性はなくなるが、妙に腑に落ちなかった。
あれだけ俺に触れられることを強要していたのに、それはもう諦めたのだろうか?
「じゃあ、村に戻る。出口を教えてくれ」
ダンジョンの問題は片付いた。あとは出来るだけ早く脱出し、村へと戻るだけ。
「既に知っていますよ?」
そんなバカな……と、考えるまでもなかった。
ダンジョン内部の構造、周辺の地形など、知りたいことが頭の中から出て来るのだ。
その知識の中に、俺が入ってきた炭鉱の場所は描かれてはいない。正規の出口は別の場所……。
「――ッ!?」
そこで気づいてしまったのだ。正規の出口は炭鉱の出入口とは真逆。山の裏側だったのである。
そこから出るとすれば、ベルモントの街の方が近い。ベルモントからコット村までは一日かかると聞いている。
これではどうやっても間に合わない……。
最後の希望は脆くも崩れ去り、どうしようもない絶望感に打ちひしがれその場にガクリと膝をつく。
「マスター! どうしました!? 魔力供給の影響ですか!?」
「もうダメだ……。間に合わない……。ミアが……」
それを見た百八番は、不思議そうな表情で首を傾げた。
「……同じ質問を繰り返すようで申し訳ないのですが、マスターが入ってこられた炭鉱とやらから出ればいいのでは?」
「だから、その出口は塞がってしまったと言っただろう!?」
聞いてなかったのかと言わんばかりに睨みつける。
ここで口論をしても仕方がないのは承知の上だが、焦りからくる苛立ちを押さえきれなかった。
「死霊術を使えばよろしいのでは?」
「使えたら苦労しない! 使えないから悩んでいるんだ!」
「え? マスターは魔法を使えないのですか?」
「そうだと言っている!」
「それだけの適性を持っているのに勿体ない……。各種魔法書なら奥の部屋に取り揃えてますよ? マスターならすでにその知識もお持ちだと思いますが……」
ダンジョンハートの裏側。影になっていて見えなかったが、確かにそこには一つの部屋があった。
玉座の間に似たような豪華な扉。百八番が入って行くのを見て足を向けると、そこには山のような装備の数々が散乱していたのだ。