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また、仕事終わるまで、待ってろとか言われてしまいましたよ。


暇なのか? 専務、とのぞみは思っていたが、全然暇ではなかったらしく。


帰り際、仕事で覗いてみたら、京平は、てんてこまいになっていた。


「待ってろ、坂下。

必ず行くから。


ああ、他の男とは待ってるなよ」

とよくわからないことを言ってくる。


この間の御堂さんのことを言っているのかな?

と思いながら、のぞみは、


「じゃあ、本屋でお茶して待ってます」

と答えた。


あまり急いで仕事をして、ミスされても困る。

そう言っておけば、ゆっくり仕事してくれるかな、と思ったのだ。


「そんなところまで行かなくても、うちでゆっくりしててもいいんだぞ」

と言うので、


「……いえ、結構です」

と断った。


ひとりで人のおうちに居るのも変だし。

またお母様に遭遇しても困るからだ。



あー、久しぶりに来たなーと思いながら、のぞみは書店の中を歩く。


就職してから、ゆっくり書店を巡るなんてこと、なかったからだ。


この間、図書館で祐人と会ったことを思い出しながら、あ、御堂さんがいいって言ってた作者の本、と腰を屈めて、棚を見る。


好みの本を何冊か買って、ちょっと重いと思いながら、のぞみは書店の中のカフェに行った。


アイスカフェオレなど飲みながら、待っていると、わりとすぐに、京平から連絡が入った。


『下に下りて来い。

さっと拾うから』

と書いてある。


いや、私の車は? と思いながらも、店の外に出ると、やってきた京平が車をとめ、

「早く乗れ」

と急かしてきた。


あとで、のぞみがとめている駐車場まで送ってくれると言う。


まあ、二台で動いても仕方ないしな~、と駐車料金を気にしながらも、のぞみは京平の車に乗り込んだ。


「あのー、なんか急いでます?」


ちょっとそんな風にも見えたので、訊いてみると、

「うちの母親が今、新幹線で着いたから、迎えに来いと言ってきたんだ」

と前を見たまま、早口に言ってくる。


「えっ?」


「普段なら、知るかというところなんだが。

ちょうどいいいら、お前を紹介しようと思ってな。


向こうもそう思ってかけてきたんだろう。

滅多にそんなこと言ってくる人じゃないからな」


「ええっ?

嫌ですよっ。


緊張するじゃないですかっ」


専務ひとりでも緊張するのに、専務が二人にっ。


いや、違ったっ。

似た感じに出来過ぎてて、他人に緊張をいる人が二人にっ!


「降りますっ。

降りまーすっ」

と叫んでみたのだが、バスでもタクシーでもないので、とまってはくれなかった。



先に駅に着いたのぞみたちは、改札口で伽耶子かやこを待っていた。


改札口はホームから下りてくる人で、今日もごった返している。

そんな人波を見ながら、のぞみは言った。


「不思議なんですよね~。

ひっきりなしに新幹線がついてるわけでもないのに、ひっきりなしに人が下りてくる。


此処に居ると、ホームに人間の製造機でもあるのかと思ってしまいますよ」


「どんなSFだ……」

と京平が呟いたタイミングで、伽耶子が来たので、それ以上、呆れられずにすんだ。


しかし、どれだけ人が居ても、目立つ人だなあ、とのぞみは伽耶子を見つめる。


服も持ち物もすべて高そうだとか、身長が高いとか、そんなことを差し引いても、洗練されていて目立つ。


この人がお姑さんとか、やっぱり緊張するんだけどな~。


伽耶子が、製造された(?)人間たちの隙間から、のぞみたちを見つけ、微笑みかけてくる。


ぺこりと頭を下げた。



「ごめんなさいね、のぞみさん、デート中に。

悪かったわね、京平。


家まで送ってちょうだい。

それだけでいいから」

と伽耶子は言ってくる。


どうも、改まって会うのは嫌だと思っているのが伽耶子にはわかっていたらしく、こうして、さりげなく会って、話そうとしているようだった。


ありがたいんだが……緊張する。


のぞみは助手席で、シートベルトを握り締めていた。


そもそも、私、此処に座ったのでいいのでしょうかね?


後部座席には、伽耶子がたくさんの荷物とともに、女王様のように座っている。


だが、この配置でいいのだろうが。

いや、会社なら、これでいいのだが。


秘書検定でも確かそう習った、と面接では生かせなかった秘書検定のときの知識を引っ張り出しながら、のぞみは思う。


だが、これは、一応、家族の集まりだ。

助手席は運転手ともっとも近しい人間が座る場所ではなかろうか。


私、京平さんの彼女でございます、みたいな感じで、此処に座ってる女、お母様はお嫌では?


車内には、うっすらと伽耶子の香水の香りが漂っている。


この空間を伽耶子が支配している感じがして、のぞみは、ますます緊張してしまう。


すると、京平が、

「臭い」

と言い、窓を開けた。


「香水きつくないか?」

とさすが息子、ズバッと言う。


「なに言ってるの、ほとんどつけてないわよ」

と伽耶子は反論していた。


確かに、ほんのり香ると言った感じではある。


「あんた、子どもの頃は、この香水の匂いが好きで、ママの香りだーとか言って、玄関まで迎えに来て、飛びついてたわよね」


「……ドア開けて振り落とすぞ」


悪いと思いつつ、笑ってしまった。


可愛い子ども時代の京平が、広い玄関ホールで、帰ってきた母親めがけて飛びつく姿が頭に浮かんだのだ。


そのあとも、伽耶子は京平の子ども時代の微笑ましいエピソードを幾つか紹介してくれ、京平はますます、迎えに来たことを後悔するような顔をしていた。


うむ。

私に断りもなく、話を進めるからこうなるのですよ、と思っていると、気持ちのほぐれたところで、

「ところで、のぞみさんは、ご兄弟はいらっしゃるの?」

と伽耶子の身上調査が始まった。


……そうなりますよね~、やっぱり。


この間、我が家で職務質問を受けていた京平の立場に、今度は自分がなってしまう。




「まあ、なんにせよ、よかったわ」


一通り聞き終わったあとで、伽耶子はそう言ってきた。


「ともかく、頑固な子だから。

見合いの話を向けても、まったく首を縦に振らないし、どうしようかと思ってたところだったのよ。


お願いしますね、のぞみさん」


今、なにをお願いされたのでしょうね、私は……。


「ともかく、マイペースな子だから」


まあ、そうですね。


「相手の人は苦労するだろうなと思ってたんだけど、貴女なら安心ね」


なにがどうっ?


なにがどう安心なのですかっ?


私はなにも安心できないんですけどっ

と思っていると、

「ところで、貴女たちはご飯食べたの?」

と伽耶子が訊いてきた。


「今日は話すだけだと――」

と言いかける京平の言葉を遮るように伽耶子は言う。


「だって、お腹が空いたのよ。

京平、そこ右に曲がって」


「お母さんっ!」


「あら、いいじゃないの。

奢ってあげるわよ。


いいわよね、のぞみさん」


いくないです。


……と此処で答えられる嫁が居るなら、見てみたい、と思いながら、のぞみはまだ、シートベルトを握り締め、はは……と力なく笑っていた。

わたしと専務のナイショの話

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