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第三話「日常」
朝。
「佳ー!遅刻するよー!」
いつも通りの声で目が覚める。
「……起きてるって」
ベッドの上で体を起こしながら、高橋佳は軽く頭を押さえた。
(……だりぃな)
昨日より、少しだけ重い。
でも——
(いつも通りでいい)
それが、今の自分のルールだ。
⸻
リビングに行くと、山本美憂がすでに朝ごはんを並べていた。
「はい、急いで」
「はいはい」
「はいは一回!」
「うるせぇな」
「なにその言い方!」
軽口を叩き合う。
それだけで、なんだか安心する。
「……佳」
「ん?」
「昨日楽しかったね」
少し照れたように言う。
「……まぁな」
「“まぁな”じゃなくて、“めっちゃ楽しかった”でしょ」
「言わせんな」
「はい言って」
「……めっちゃ楽しかった」
「よろしい!」
満足そうに笑う。
(……こういう時間)
(守りてぇな)
何気ない一瞬が、やけに重く感じる。
⸻
学校。
「佳くーん、おはよー!」
教室に入った瞬間、明るい声が飛んできた。
「……おはよ」
声の主は、クラスメイトの女子。
人懐っこくて、よく話しかけてくるタイプだ。
「昨日さー、課題やった?」
「やってねぇ」
「えー!見せてよー」
「やだよ」
「いいじゃんケチー」
そんなやり取りをしていると——
ふと、視線を感じる。
(……あ)
教室の少し離れたところ。
美憂が、こっちを見ていた。
しかも——
なんか、不機嫌そう。
(なんだあれ)
眉がほんの少し下がってる。
口も、ちょっとだけ尖ってる。
(……拗ねてる?)
いや、まさか。
⸻
「ねぇねぇ佳くんってさー」
女子の話は続く。
距離も近い。
笑い声も自然に出る。
でも——
(視線、痛ぇ)
チラッと見ると、美憂は露骨に目を逸らした。
(……あー、これ)
(完全に怒ってるやつだ)
⸻
休み時間。
「美憂」
「……なに」
机に突っ伏したまま、顔も上げない。
「どうした」
「別に」
「いや絶対なんかあるだろ」
「ないって」
明らかにある。
「……さっきの子と仲良いんだね」
ボソッと呟く。
「ああ、まぁ普通に」
「ふーん」
それだけ言って、また黙る。
(めんどくせぇ……けど)
なんか——
(ちょっと嬉しいのなんなんだよ)
こんなことで拗ねるってことは。
(多少は意識されてるってことだろ)
そう思ってしまう自分がいる。
⸻
「美憂」
「……なに」
「今日、帰り一緒帰るだろ」
「……知らない」
「帰るよな?」
「……」
少し間があって。
「……帰る」
小さく答える。
その声に、少しだけ機嫌が戻っているのがわかった。
(単純だな)
そう思いながらも——
(かわいいな)
なんて思ってしまう。
⸻
放課後。
二人はいつも通り並んで帰る。
少しだけ距離が近い気がするのは、気のせいじゃない。
「……佳」
「ん?」
「さっきの子と、仲いいの?」
「普通だって」
「どれくらい普通?」
「なんだよその質問」
「いいから」
「クラスメイト」
「……それだけ?」
「それだけ」
「……ほんとに?」
「ほんとだって」
じっと見つめてくる。
疑いの目。
でも——
どこか不安そうで。
「……美憂」
「なに」
「お前が思ってるような関係じゃねぇよ」
少しだけ、真面目な声で言う。
すると——
「……そっか」
安心したように、少しだけ笑った。
(……ああ)
(やっぱ)
(こいつ……)
言葉にはしないけど。
確かに、そこにある。
⸻
家。
「今日のご飯なに?」
「ハンバーグ」
「マジか」
「テンション上がりすぎ」
「そりゃ上がるだろ」
「子供か」
キッチンに立つ美憂を横から見る。
エプロン姿。
慣れた手つき。
(……嫁かよ)
ふとそんな言葉が頭をよぎる。
(……あーあ)
(これ、普通に未来あったんだろうな)
一緒に暮らして。
こうやってご飯食べて。
当たり前みたいに、ずっと。
「佳、ぼーっとしすぎ」
「ん?」
「危ないよ、包丁」
「使ってねぇよ俺」
「雰囲気の話!」
「なんだそれ」
笑い合う。
それが、少しだけ苦しい。
⸻
「いただきます」
「いただきます」
向かい合って座る。
「うまっ」
「でしょ」
「店出せるぞこれ」
「出さないけどね」
「なんでだよ」
「佳が毎日食べるから」
「それはそれでいいな」
「でしょ?」
また笑う。
その時間が、ゆっくり流れる。
⸻
夜。
「じゃ、お風呂入ってくる」
「おー」
「覗いたら殺す」
「しねぇよ」
「絶対だよ?」
「しねぇって」
そんなやり取りも、いつも通り。
⸻
寝る前。
「おやすみ、佳」
「おやすみ」
部屋のドア越しに声がする。
それも、毎日の習慣。
でも——
「……美憂」
「なに?」
「……なんでもねぇ」
「なにそれ」
「いいから寝ろ」
「はいはい。おやすみ」
「おやすみ」
静かになる家。
一人になった瞬間——
「……はぁ」
深く息を吐く。
(今日も、普通にできたな)
でも。
(いつまで持つんだよ)
体は、確実に削れている。
それでも——
頭に浮かぶのは。
拗ねた顔。
笑った顔。
「またね」って言った声。
(……まだ)
(もう少しだけ)
目を閉じる。