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目を開けた瞬間、世界は白い霧に包まれていた。 足元は地面の感触があるようで、しかし踏みしめても揺らぎひとつしない。 ここがどこなのか、どうして自分が立っているのか――理解できなかった。
ただひとつだけ、胸の奥に重く沈む感覚があった。 それは恐怖でも、悲しみでもない。 もっと鈍く、もっと深い、後悔だった。
霧がゆっくりと晴れ、巨大な建物が姿を現した。 神殿のような柱が並び、天井は見えないほど高い。 壁には無数の砂時計が埋め込まれ、どれも違う速度で砂を落としている。 その音が、心臓の鼓動のように響いていた。
そして、いつの間にか国会議事堂のような建物の中に立っていた。
「被告、三崎蓮。前へ」
突然、空気を震わせる声が響いた。 俺は反射的に顔を上げる。 そこには、白い羽を持つ裁判長が座っていた。 天使のような姿だが、その目は優しさよりも冷静さに満ちている。
そして左側には、黒い外套をまとった影のような存在――検事。 背後には地獄の炎のような揺らめきが見え、視線を向けられるだけで胸が締めつけられた。
「ここは……どこなんだ……?」
声に出したつもりだったが、喉が震えただけだった。
裁判長が淡々と告げる。
「ここは魂審問庁。 死者が天国へ行くか、地獄へ落ちるかを決める場所です」
死者。 その言葉が胸に突き刺さる。
――俺は、死んだのか。
思い出そうとすると、頭の奥が痛んだ。 雨の夜、車のライト、叫び声、衝撃。 そして――血に濡れた親友の顔。
「審問を始める」
裁判長の声とともに、空中に光の幕が広がった。 そこに映し出されたのは、俺の生前の記憶。
雨の中、車がスリップし、ガードレールに激突する。 助手席の悠斗が血を流し、ぐったりと倒れている。 俺は震える手で彼の名前を呼び、揺さぶり、そして――
逃げた。
いや、違う。 逃げたんじゃない。 助けを呼ぼうとした。 でも、足がすくんで動けなかった。 自分が責められるのが怖かった。 警察に捕まるのが怖かった。 何より、悠斗の冷たくなっていく体に触れるのが怖かった。
「被告は、親友・佐伯悠斗を事故に巻き込みながら、救助を呼ばず逃走した。 その罪は重い」
検事の声は冷たく、容赦がなかった。
「ち、違う……俺は……逃げたんじゃ……」
声が震える。 喉が焼けるように痛い。 言葉を出すたびに、胸の奥の後悔が暴れ出す。
「助けを呼ぼうとした。でも……怖かったんだ……」
「恐怖は言い訳にならない」
検事の言葉が刃のように突き刺さる。 俺はうつむき、拳を握りしめた。
――そうだ。 俺は最低だ。 悠斗を置いて逃げた。 その事実は変わらない。
その時だった
「待ってください!」
法廷の扉が勢いよく開き、強い光が差し込んだ。 俺は思わず顔を上げる。
そこに立っていたのは――
「……悠斗……?」
親友の佐伯悠斗。 死んだはずの彼が、俺の前に現れた。
「蓮は俺を見捨てたんじゃない。 あの時、俺はもう助からなかった。 むしろ蓮が助けを呼びに行けば、同じように死んでいた」
俺は息を呑んだ。 胸の奥が熱くなる。
「蓮はずっと後悔してた。 俺の墓にも毎年来てくれてた。 そんな奴が地獄に落ちるなんて、俺は望まない」
悠斗の声は、生前と同じだった。 優しくて、まっすぐで、俺を救ってくれる声。
裁判長が静かに問う。
「あなたは、被告を赦すのですか」
悠斗は迷いなくうなずいた。
「もちろんです」
その瞬間、俺の中で何かが崩れ落ちた。 罪悪感で固まっていた心が、少しだけ溶けた気がした。
裁判長が槌を打つ。
「判決。 三崎蓮――天国行きとする」
光が差し込む。 俺は涙が止まらなかった。
「悠斗……ありがとう……」
「また会えたな、蓮」
二人で光の中へ歩き出す。 その背後で、俺の砂時計が静かに砂を落とし終えた。