テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
冷たい霧が山を包む宵の口。百鬼の宴を控え、妖たちのざわめきが空気を震わせていた。
ぬらりひょん・ないこは、飄々とした笑みを湛えながら、石畳をゆっくりと歩く。いつものように人間界に溶け込み、何事もなかったかのように現れては、妖たちの中心に立つ。
「雪女は、もう来てるか?」
そうつぶやいた声に応えたのは、ひときわ冷たい風だった。
「ここにいるよ、ないちゃん。」
薄氷のように儚げな姿――雪女・初兎が、杉の木陰から静かに現れた。白銀の髪が月光に照らされ、しんと静かな存在感を放っている。
「今日は、百鬼の中でも一番冷え込む夜だって。あなたが風邪ひかないか心配で。」
「俺はぬらりひょんだぞ? 風邪なんかひくかっての。」
軽く笑って肩をすくめるないこ。けれどその目は、初兎の様子を一瞬たりとも見逃していなかった。
「……でも、来てくれてうれしい。」
初兎は一瞬目を伏せ、唇に雪のような小さな笑みを浮かべた。
一方、宴の準備で賑わう空の上。
酒吞童子・いふは、瓢箪を片手に木の枝に腰掛け、空を見上げていた。
「またお前、飲みすぎて落ちるぞ。」
そう声をかけたのは、風のごとく現れた烏天狗・りうら。黒い翼をはためかせながら、いふの隣に舞い降りる。
「うるせぇな、風の音よりお前の声がうるさい。」
「へぇ、それなら今度、俺の風でお前の酒、全部吹き飛ばしてやろうか?」
「やってみろよ。そしたら、俺の新しい酒探しの旅に付き合ってもらうぞ。」
いつも通りの小競り合い。けれど、お互い目が合うとふと沈黙が訪れる。
りうらはちらと横目でいふを見た。風のように自由で、掴めない相手。けれど、それが妙に気になって仕方ない。
「……お前って、いつもふざけてばっかだけどさ。」
「ん?」
「誰かに、本気で惚れたこと、あんの?」
いふは一瞬、息を止めたように見えた。
「……今、してるかもな。」
ぽつりと零されたその言葉に、りうらの羽が微かに震えた。
「ば、ばか。」
空に、風がそっと吹いた。
宴の始まりを告げる太鼓が鳴る。
百鬼夜行、恋の夜行。
今宵、まだ言葉にならない想いが、ひっそりと妖たちの間に灯る。