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百鬼夜行の宴も佳境に差し掛かる頃。竹林の奥、誰もいない小道を、ぬらりひょんのないこは一人歩いていた。
「あいつ、こういう喧しいの、苦手だもんな……」
白く小さな吐息を頼りに歩くと、案の定そこには雪女――初兎の姿があった。
月の光を受けたその輪郭は、どこか寂しげで、まるで降り積もる雪のようだった。
「……やっぱり来てた。」
ないこが声をかけると、初兎は驚いたように振り返った。
「……どうして、ここに?」
「お前がこういう時、ひとりになりたがるの、知ってるから。」
初兎は目を伏せた。
「宴、にぎやかだったから……少し、冷たい空気が欲しくて。」
「お前の出す冷気、俺にはちょうどいいよ。」
「……ふふ、変わってるね。みんな寒がるのに。」
ないこは近くの石に腰を下ろし、軽くあぐらをかいて言う。
「お前といると、気が楽なんだ。……静かで、落ち着く。」
「……そう?」
初兎は、そっとないこの隣に座った。
二人の間に流れるのは、言葉にならない静かな時間。
「……ないちゃんって、誰にでも優しいよね。」
「んー? そうか?」
「うん……だから、たまに、よくわからなくなる。」
「なにが?」
「――特別、ってなんなのかなって。」
ないこは一瞬、黙った。
だが次の瞬間、少しだけ真面目な声でこう言った。
「お前は、俺にとって特別だよ。」
初兎が、息をのむ。
「……なんで?」
「俺が、”誰かの近くにいたい” って思ったの、お前が初めてだから。」
静かに落ちる雪が、二人の肩に積もっていく。
初兎はそっと指先を伸ばし、ないこの着物の袖をつまんだ。
「……じゃあ、今夜だけは、ここにいてくれる?」
「ずっといるよ。」
ないこは、ゆっくりと微笑んだ。
その笑みは、雪よりも柔らかく、そしてどこか切なさを含んでいた。
まだ名前のない想いは、
ただ静かに、ひと夜の間、二人の間に降り積もっていくのだった。