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精神的にきつい週末を乗り切り、新しい週が始まった。
会社に行けば仕事に追われて、余計な事は考えずに済む。
マンションに帰った後は、なるべく湊と会わない様に気をつけて……そんな生活をしていた週の半ば。
それまで私の存在なんて目に入らないかのような態度だった湊が、突然強引に私の部屋に入って来た。
「ちょっと入らないで!」
批難の声をあげると、湊は恐い顔をして私を睨んだ。
……何?
不審に思っていると湊は我慢ならないといった様子で言葉を吐き出した。
「お前、何で卑怯な真似するんだよ?」
「卑怯?……何のこと?」
「奈緒を、美月の会社の担当から外す様に手を回しただろ?」
「え……」
「上司から担当を降りる様に言われて、彼女は酷く落ち込んでいたんだ。何でそんな嫌がらせするんだよ!」
あの人がうちの会社の担当から外れた?
そんなことを言われても、私は何もしてない。言いがかりもいいとこだ。
でも湊は本気で怒ってる。
私のせいだと思ってる。
「……私は関わってないから」
「そんな訳無いだろ? 美月の会社の総務から申し入れが有ったって話だ。美月は総務部だったよな」
湊は私の言葉なんて信じない。
湊と破局したことの腹いせに私がやったって信じているんだ。
三年も付き合ったのに……私達の間にはもう何の信頼関係も無い。
虚しくて体から力が抜けていくようだった。
「私はもう総務じゃないよ。以前、営業部に異動になったって話したでしょ? 湊は聞き流していたのかもしれないけど」
私の言葉に湊は一瞬、気まずそうな顔をした。
けれど直ぐに追求を再開する。
「じゃあ何で奈緒が担当を外されるんだ?彼女は優秀だし、常識的な人だから行動に問題が有ったとは思えない」
湊は彼女を高く評価してる。
好きな相手なんだから当たり前かもしれないけど、私は不満しか感じない。
同棲中の彼女が居ると分かっていながら、平気で付き合う女性のどこが常識的だって言うんだろう。
ああ……イライラする。
でもそれを湊にぶつけるつもいりは無い。
私達はもう他人になったんだから、感情のままぶつかってはいけないのだ。
「とにかく私は知らないから。不服ならうちの会社の総務に異議申し立てすればいいでしょ?」
「もう交渉した。けど断られたんだ。江頭って総務課長に」
「じゃあ、無理だね」
課長の決定なら、どうしようもない。
「美月が言い出したことだろう? なんとかしてくれよ!」
「知らないって言ってるでしょ? 彼女が何か問題起したんじゃないの? だいたい会社なんてうち以外にも沢山有るんだから……」
湊に反論していてふと気が付いた。
彼女……水原奈緒の出入りを禁止にしたのは藤原雪斗かもしれないと。
あの日、湊の裏切りを知った夜、彼は私に言った。
『彼女と顔を合わすのは辛いだろ?』と。
藤原雪斗なら彼女を出入り禁止にするくらい可能だと思う。
江頭課長も彼の言葉なら信用して聞き入れるはず。
そう考えると他には無いような気がして来た。
藤原雪斗はきっと私が傷付いてるのを見て、原因の一つで有る彼女と鉢合わせにならないように気を遣ってくれたんだ。
私が会社でまで嫌な想いをしない様に。
「美月がこんな女だって思わなかった」
目の前で憎しみを込めた目で私を見据える湊より、藤原雪斗は何倍も私の気持ちを考えてくれたんだ。
「おい、聞いてるのか?」
考え込んでいると、湊が苛立った様に声を荒げた。
「聞いてるけど……でも私にはどうしようも無いから」
「何だよそれ。行動もしないで何で諦めるんだよ?」
「諦めるって……」
湊は本当にどこかおかしくなってしまったのかな?
こんなに人の気持ちの分からない人じゃ無かったのに。
今の湊は本当に酷い。
私が好きだった湊じゃない。
それでも嫌いになれないのは、きっと幸せだった思い出を忘れられないから。
もう戻らない日々が心から消えないから。
未練や執着を断ち切るのって本当に難しい。
傷付くのが分かってるのに、忘れることが出来ない。
だったらいっそのこと嫌われた方が楽なのかもしれない。
私とは二度と話したくないって思う程嫌われて、湊から離れていってくれたら……。
「ねえ、湊は勘違いしてるんじゃないの?」
私は荒んだ気持ちになりながら湊を見つめた。
「勘違い?」
湊は怪訝な顔をする。
その何も分かっていない様子に、ますます胸が軋んでいく。
もう……どうなったっていい。今が最悪なのだから。
「はっきり言って私は彼女の仕事がどうなろうとどうでもいいの。自業自得でしょ? それより湊が彼女のことを私に頼んで来たことに驚いた。別れた相手に図々しくない?」
冷たく言う私に、湊は唖然とした様だった。
「美月……変わったな。昔はもっと思いやりが有ったのに」
「それは私も言いたいよ。湊だって私には優しくないでしょ?」
少しでも優しさが残ってたら、私に彼女の事を話す訳が無い。
無神経で残酷な湊。
彼は私の痛みには怖いくらい鈍感で、もう立ち直れない位傷ついてることに気づきもしない。
「出て行って」
「な、何だよ?」
不快そうに顔を歪める湊を、私は精一杯の力で睨んだ。
「私の部屋から出て行ってよ!」
もう湊に心を惑わされたくない。
もう私の領域に入って来ないで。
あなたは自分から私を切り捨てたんだから。
私を嫌いになって、二度と帰って来ないで。