テラーノベル
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#心霊
#地下アイドル
#ブラックコメディー
#探偵
一曲目が終わり、短いMCを挟む。
いつもなら誰もいない客席に向かって空回りしながら喋る時間だが、今日はたった一人でも、佐伯という「見てくれる人」がいる。
それだけで、いつもより言葉が自然に出てきた。
(そうです、課長。私が「みずき」です。誰もいなくても、ここで生きてるんです)
二曲目のサビ、突然佐伯が動いた。
少し照れくさそうに苦笑いしながら、胸の前で小さく手を叩き始める。
誰もいないフロアに、拍手の音が響いた。
その音が、美月の胸に熱となって飛び込んできた。
翼のような大声のコールとは違う、控えめで、それでいて確かな拍手だった。
美月は最後のサビを、これまでで一番大きな声で歌い切った。
喉が枯れそうになっても構わなかった。
誰か一人でも見ていてくれるなら、出し惜しみする理由はどこにもない。
十五分のステージが終わり、美月は逃げるように舞台袖へ引っ込んだ。
楽屋で急いでメイクを落としながら、美月は鏡の中の自分に何度も問いかけていた。
このまま逃げ帰ってしまおうか。
いや、それでは何も変わらない。
私服に着替え、深呼吸を一つしてから、美月は静まり返ったフロアへ向かった。
薄暗いフロアの真ん中、パイプ椅子に佐伯が一人で座っていた。
美月の足音に気づき、ゆっくりと顔を上げる。
「課長……ごめんなさい、ウソをついていました。『推し』って言っていたのは、自分自身のことだったんです。気持ち悪いですよね、すみません」
膝の上で拳を握り、頭を下げる美月に、佐伯は静かに言った。
「頭を上げて、美月さん」
顔を上げると、佐伯は困ったような、でも温かい笑顔を浮かべていた。
「驚いたよ。……でも、すごかった」
佐伯はステージを振り返った。
「誰もいないフロアで、一人で全力で歌っててさ。格好よかったよ。この間、話してくれた気持ち、嘘じゃなかったんだね」
「私……先週まで、唯一のファンだった子が地元に帰ることになって。ファンが誰もいなくなっちゃったんです。でも、それで辞めるのは何か違う気がして。諦めたくなくて、自分で自分を応援してたんです」
「自分を信じ続けられるのは、すごいことだよ。美月さんが自分を捨てなかったから、今日のステージがあったんだ」
美月は俯いたまま、目の奥が熱くなるのを感じた。
会社では誰にも見せたことのない自分を、よりによって上司に見られてしまった。
それなのに、恥ずかしさよりも先に、ほっとした気持ちが胸に広がっていく。
佐伯は立ち上がり、少し照れたように頭をかいた。
「実はさっきライブを見ながら思ってたんだ。俺も、もう少し頑張ってみようかなって」
「課長が、ですか?」
「意外だよね。周りからは順調に見られてるんだろうけど、最近、中間管理職の板挟みで自分の仕事に自信を失いかけてたんだ。上と下の間で、どっちの顔も立てようとして、結局何も決められない自分に嫌気が差してた時期でさ。でも、がむしゃらに歌う美月さんを見てたら、なんだか背中を押された気がした。ありがとう」
佐伯は美月の目を見て微笑んだ。
「また来るよ。今度はもっとちゃんと応援できるようにさ」
「……はい!」
「じゃ、気をつけて帰りなよ。月曜、オフィスでね」
佐伯は軽く手を振り、階段を上っていった。
その背中が階段の上の明かりに消えるまで、美月は見送った。
一人残された美月は、誰もいない客席を見渡した。
パイプ椅子が無機質に並ぶ、静かなフロア。
少し前まで、自分を応援するもう一人の自分の姿をそこに重ねていたけれど、今はもう見えなかった。
ポケットの中でスマートフォンが震えた。
SNSの通知。
福岡に渡った翼からのメッセージだった。
「みずきちゃん、福岡に着きました。離れてても、ずっと一番のファンです。今日のライブもお疲れ様!」
美月は胸の奥が温かくなるのを感じながら、スマホを握りしめた。
翼は今も、遠い福岡の街で新しい生活を始めながら、こうして気にかけてくれている。
会ったこともない誰かに支えられているという実感が、じんわりと胸に染み渡っていった。
もう、一人じゃない。
遠くから見守ってくれる翼がいて、今日から見に来てくれる課長がいる。
数は少なくても、応援してくれる人が、確かに増えたのだ。
美月は誰もいない最前列に、フッと微笑んだ。
姿が見えなくても、声が聞こえなくても、自分の中の誇りは消えない。
それに、これからは違う。
翼は遠くからでも見ていてくれる。
佐伯は次のライブにも来ると言ってくれた。
一人で始めたステージが、少しずつ誰かと繋がり始めている。
心の中で、もう一人の自分が、今日も誇らしげに叫んでいる。
『みずきー! 今日も最高だったぞー!』
美月は大きく息を吸い、胸を張って、地下の階段を駆け上がっていった。
月曜からはまた地味なOLに戻るけれど、心の中には、誰にも消せない「みずき」がいる。
それだけで、明日からもまた頑張れる気がした。
アンド、階段を上りながら、美月はふと思った。
(私の推しは、やっぱり私だ。誰かに認められるためじゃない。自分で自分を信じるために、私は今日もステージに立つ)
地上に出た瞬間、夜風が頬を撫でた。
新宿のネオンが瞬く街並みを見上げながら、美月は小さく拳を握った。
明日からも、私は私の一番のファンでいよう。
そう心に決めた。
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