「リリー……」
それは、私が逃亡生活の中で出会ったスライムの名前。
本当に辛い日々の中で、私に癒しを与えてくれた存在。
しかし『疫病の迷宮』を創る直前、呪星ランドルフが率いる王国軍との戦いの中で、命を落としたはず――
……忘れようのない出来事。
今日に至るまで、思い出さない日は無かった。長い期間ではなかったとは言え、私を支えてくれた仲間のひとりなのだ。
「……ママ? 何で泣いてるの? どこか痛いの……?」
涙を溢れさせる私に、リリーは心配そうに話し掛けてきた。
「ううん、違うの。これはリリーにまた会えて、嬉しい涙なの」
詳細は分からないが、幼い女の子の前でぼろぼろ泣き続けるわけにはいかない。
私は涙を拭い、努めて明るく振る舞った。
「本当? 私も嬉しいの……!
――そうだ、お兄ちゃんとお姉ちゃんも来てるんだよね?」
「え?」
「ルークお兄ちゃんと、エミリアお姉ちゃん!」
……ああ、なるほど。
あの二人はそういう位置付けなのか。
「そうだね、一緒に来たんだよ。
私だけ、リリーの声が気になって一人で来ちゃったんだ」
「……えへへ♪」
満面の笑みを浮かべる女の子に、私はとても癒された。
元のスライムだったときの面影は無いけど、リリーはいつでも私を癒してくれる。
「それじゃ、会いに行こうか」
「うん!」
私の言葉に、リリーは明るく返事をした。
すると次の瞬間――
ふわっ
――リリーは軽く、宙に浮いて私にくっついてきた。
「え、えぇ!? リリー、浮くことができるの!?」
彼女からは重力を感じられず、普通の存在とはかけ離れたものを感じてしまう。
「そうみたいなの。きっと、ママが自由にしてくれたからなの!」
……確かに私が来るまで、リリーには黒い茨が絡みついていて、移動もできないようだった。
初めて動けるようになったわけだから、つまり宙に浮かんだのも初めてなのだろう。
「凄いね……。ところでリリーって、前からこんなに賢かったっけ?」
「んー……。ママがいじめられてたときにね、まわりが暗くなっちゃったの。そのあと、光がパーってなって~……。
それで気が付いたらここにいたんだけど、そしたらママたちみたいに、お話できるようになってたの!」
いじめられて――というのは、呪星ランドルフとの戦いのときのことだろう。
暗くなっちゃった――というのは、リリーが矢を受けてやられたときのことかな?
光がパーってなって――というのは、私が『疫病の迷宮』を創った影響……?
「ふーむ……」
「それでね、それでね!
私もいろいろ分かるようになったの! それまではいろいろ分からないことがたくさんあったんだけど――
……でも、ずっと私、ひとりだったの……」
リリーは明るく言ったあと、寂しい表情をしてしまった。
私が辛い思いをしてきた間、リリーは寂しい思いをしてきたのだろう。
何で普通のスライムが『疫病の迷宮』になったのか――
……それは分からないけど、そんな力を持ってしまった今でも、リリーはリリーでいてくれる。
「大丈夫、もうひとりじゃないから。ね? 元気出して」
「うん! えへへ♪」
私の言葉に、リリーは明るく笑ってくれた。
以前のリリーは表情がよく分からなかったけど、今のリリーは表情がころころと変わって何とも愛おしい。
……でも結局、私としてはどっちのリリーも大好きなようだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リリーと一緒に、今まで歩いてきた道を歩いて戻る。
戻る場所はよく分からなかったけど、リリーが大体の方向を案内してくれた。
しばらく歩くと|仄《ほの》かな光を見つけて、そこではルークとエミリアさんが二人で話していた。
「アイナ様!」
「アイナさん!」
「ごめんなさい、ちょっと離れてました。二人とも、大丈夫?」
「アイナ様こそ! ――って、その女の子は……?」
声を少し慌てさせながらも、ルークはリリーに注意を払った。
……さすがに相手は女の子だから、剣を抜いたりはしていないけど。
エミリアさんは静かに、私の答えを待っているようだった。
「えっと、この子は『疫病の迷宮』の――……何て言えば良いかな。
私もちょっと、どう説明して良いのか分からないんだけど……自己紹介、いってみようか?」
「うん! 私の名前は、リリーなの!
お兄ちゃん、お姉ちゃん、久し振りなの♪」
「は……?」
「リリー……ちゃん……?」
ルークとエミリアさんは驚きながら、目を見開いた。
いわゆる目を白黒させる……というやつだろうか。うん、気持ちはとても分かる。
「話してみたんだけど、私たちが知ってるリリー……みたい。
ちょっと、経緯までは分からないんだけど……」
「信じられないですけど……、本物……?」
「お姉ちゃんにも、たくさん優しくもらったの!
……私のこと、忘れちゃったの……?」
「そっ、そんなことないじゃないですか!!
でも――……お帰りなさい」
そう言いながら、エミリアさんはリリーを抱き締めた。
ルークはその光景を、まだ信じられないように眺めていた。
「――もしかしてアイナ様。
『疫病の迷宮』を創るときに、リリーの魂……のようなものが使われたのでしょうか」
「あ……。そういえばあのときは頭がごちゃごちゃになってたから、何の素材を使ったかまでは覚えてないんだよね……。
今さらだけど、ちょっと見てみようか……」
私は『創造才覚<錬金術>』の履歴を宙に表示させてみる。
えぇっと、確か――
──────────────────
【『疫病の迷宮<深淵>』の作成に必要なアイテム】
・疫病のダンジョン・コア×1
・魔物の魂×1
・触媒:神魔の書・漆×1
・特殊条件<大地>
・特殊条件<絶望の宣言>
・特殊条件<深淵の宣言>
──────────────────
「――そうそう、こんな感じだった!」
「『魔物の魂』……というのが、リリーの魂だったのでしょうか……?」
「確かに、『疫病の迷宮』を創る直前にやられていたからね……、私の足元で」
あのとき、まわりには他の魔物なんていなかった。
あまり意識はしなかったけど、創れるなら問題なしってことで、進めちゃったんだっけ。
『魂』なんてものは目に見えないから、しっかり把握できていなかったというのもあるんだけど――
「……そうすると、私たちはリリーのおかげで助かったんですね……。
いえ、アイナ様の尽力は前提として……ですが」
「そう、だねぇ……。リリーの命を、魂を使わせてもらっちゃったって感じになるね……」
錬金術では様々なものを作ることができるけど、私は『命』や『魂』というものを扱うにはまだまだ及び腰だ。
私は転生をしたことがあるから、死んでも『魂』は無くならないことを知っている。
だからこそ『魂』を素材にするのは、強い抵抗感があるというか――
……しかし今回については、リリー本人も喜んでいるから、良しとしておこう。
偶然がたくさん重なった結果ではあるけど、再会できたことは私も嬉しいし……。
「――さて、そろそろ戻ろうか。
ねぇ、リリー。ここからはどうやって出るの?」
「うん! 普通には出られないから、私が外まで送ってあげるの!」
リリーがそう言った瞬間、辺りが歪んだ気がした――
……が、一瞬後、一気に視界が開けた。
「――うわっ、眩しっ!!」
「ご、ごめんなさーいっ!!」
突然の光に驚いたものの、目が慣れていくと、特に眩しくもない曇り空が広がっていた。
……それだけ、『疫病の迷宮』の中が暗かったということだ。
「アイナさん、迷宮の入口が……消えてますね……」
エミリアさんの言葉に、私は辺りを見まわした。
寒々とした荒野に、巨大な影と戦った跡がところどころに残されている。
そこは確かに『疫病の迷宮』があった場所。しかし、その場にあるはずの迷宮の入口は綺麗に無くなっていた。
「ねぇ、リリー。『疫病の迷宮』は、どうなっちゃったの?」
「その迷宮はね、私なの! だから、私がいればどこからでも入れるの!
……ママ、また入りたいの?」
リリーがあどけなく聞いてくる。
いやいや、リリーのことは大好きだけど、敢えてその迷宮に入りたくなんてないよ?
「ううん、大丈夫! えっと、危ないから突然出さないようにね?」
「分かったの! ママがお願いしてくれたときだけ、開けるようにするの!」
……リリーが良い子でよかった……。
それにしても、どこからでも迷宮に入れるとか……。
これってもしかして、移動型迷宮ってこと? 便利なような、物騒なような……。
「そ、そうしてくれると嬉しいな。
……さて、それじゃ帰りますか!」
「「はい!」」
「なの!」
――それではいざ、クレントスの愛しの我が家へ!!
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