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3日後の夜、私たちは無事にクレントスに戻ってきた。
もう遅い時間だし、アイーシャさんへの報告はどうしようかな。
……いやいや。きっと心配しているだろうし、ことがことだけにしっかり報告しておくことにしよう。
「私とリリーはアイーシャさんのところに行こうと思うんですけど、お二人はどうしますか?」
「え? リリーちゃんもですか?」
「はい。さすがに報告しておかないと……。
それに本人を見ないと、なかなか信じられないことですから」
……正直、どう反応されるかは怖い。
いくらアイーシャさんと言えども、リリーのことは理解の範疇を越えるだろうし……。
「私たちはお待ちしておりましょう。
エミリアさん、よろしいですか?」
「もちろんです!」
「そう? 疲れてるから、先に帰っても――
……いや、ううん。それじゃ、時間が掛かるかもしれないけど、待っていてください」
「「はい!」」
「なの!」
「……リリーは来るんだよ?」
「はーい!」
リリーの言葉に、私たちはいつも通り和まされた。
何だかんだで、最近では話の中心はリリーになってしまっている。
やっぱり、リリーは私たちに必要な存在なんだなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――その子が、『疫病の迷宮』ですか……」
私の話を聞き終わると、アイーシャさんが信じられないといった表情で聞いてきた。
……そりゃそうだ。そもそも迷宮が人の形になるなんて、移動できるなんて、そんな話は聞いたことがない。
「はい。ただ、私の指示なしではその力は使わせません。
それを前提に、この子は私が保護しようと考えています」
「そう……。アイナさんって凄いんですね。
神器作成に加えて、深淵クラスの迷宮まで従えてしまうだなんて……」
私が『疫病の迷宮』を創ったことは、アイーシャさんには伝えていない。
恐らくは察しているだろうが、敢えて聞かないでくれるのは彼女の優しさなのだろう。
「……私には、光竜王様の加護がありますから?」
「うふふ、そういうことにしておきますね。
……分かりました、その子のことはお任せしましょう。
ただ、そうとなればアイナさんも覚悟をしなければいけませんよ」
「覚悟、ですか」
私はもう、何回の覚悟をしてきたことだろう。
今さら覚悟のひとつやふたつ増えたところで、きっと何とかなるに違いない。
「アイナさんたちは既に慣れてしまっているかもしれませんが、リリーちゃんからは強い気配が感じられます。
迷宮の力を持っているから、それが滲み出してしまっている……ってところかしら」
「……そうですか?」
「そうですよ。クレントスに戻ってくるまで、何か変わったことはありませんでしたか?」
――そういえば戻ってくる途中、動物が突然騒ぎ出したり、往来の人々が寒気を感じたりしていたっけ……。
強い気配を出していると言えば、確かにそうかもしれない……。
「リリー、ちょっと力を抑えられる?」
「うーん? こうなの?」
リリーはきょろきょろしてから、身体に力を込めた。
「……はい、そうですね。今は何も感じられなくなりました!」
アイーシャさんはリリーを見ながら、安心したように息をついた。
「分かりました、これで良いんですね。……それで、覚悟って言うのは?」
「一般の人に知られてしまったら……って思うと、ね。
ずっと誤魔化せるなら良いんですけど。……ねぇ、リリーちゃん。できそう?」
「ずっとは大変なの!」
リリーは少し困ったように言った。
一時的であれば問題ないが、ずっととなれば話は別、ということか。
「うぅーん……。それなら気配を隠すものを作れるか、ちょっと確認しておきます」
「そういうものがあれば良さそうですね。
――さて、もう遅いですし、今日はおしまいにしましょう。
疫病の件は、本当にありがとうございました。ゆっくりと休んでくださいね」
「はい、こちらこそありがとうございます」
「アイーシャおばーちゃん、またねー!」
「はい、また遊びに来てね♪」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アイーシャさんのお屋敷の外に出ると、ルークとエミリアさんが待っていてくれた。
心配してくれていたのはその通りとして、きっと何かあったときには駆け付けてくれるようにもしていたのだろう。
いくらアイーシャさんが信頼できるとは言っても、今はこの街の重責を担う人物だ。
可能性としては低いかもしれないが、私とこの街を天秤に掛けることだってあり得るのだから。
二人と合流したあと、私たちは引っ越したばかりのお屋敷に向かった。
引っ越し作業はアイーシャさんが手配をして、すっかり済ませてくれていたようだ。
何せ私たちには時間が無かった。
お屋敷を見て、使用人と面談をして帰ったら、そこで疫病問題の解決を依頼されてしまったのだから。
夜も遅く、連絡も入れていないので、鍵を使って玄関から入る。
私のお屋敷とは言え、自分のものだという実感はまだ芽生えていない。
「わぁ~♪ ここがママのおうちなの?」
「うん、引っ越したばかりなんだけどね。
リリーのおうちでもあるから、気楽にくつろいでね」
「はーい!」
「アイナさん、リリーちゃんのお部屋はどうするんですか?」
「あ、そうですね。部屋はたくさんあるから――」
「ママと一緒が良いの!」
……え?
ああ、まぁ……子供だもんね……。
「そ、そう? それじゃひとまずは一緒の部屋にして、リリーの部屋もそのうち考えようか」
「なの!」
リリーはしっかり眠るし、感情のままに泣くこともなく、ぐずることもない。
本当に手の掛からない子だから、そういった意味では何の問題も無いんだけど――
……私も結構、夜中に起きていろいろやるタイプだからなぁ……。大丈夫かなぁ……。
でも、リリーもあんなに嬉しそうだし、ひとまずはそれで良いか。
今もあんなに空を飛びまわって――
……って、ちょっと!?
「――ひっ!?」
私が不安に感じた瞬間、お屋敷の奥、廊下の向こうから人影が現れた。
見覚えはある。先日雇うことにした、メイドさんの一人だ。
「リリー! 下りてきて!」
「はーい?」
私の言葉に、リリーはすぐに下りて地面に立った。
しかしメイドさんはとても恐ろしい表情を浮かべている。
……あ、これは――
「リリー、力もちょっと抑えて」
「分かったの!」
リリーから発せられる力の圧は一瞬にして消えたが、しかしメイドさんの恐怖が消えることはなかった。
「あー……、すいません。
アイーシャさんの依頼を終わらせてきたので、今日から――」
「……ば、化け物……っ!!
み、みんな! 逃げてっ!! 逃げてーっ!!!!」
メイドさんは叫びながら、お屋敷の奥に逃げるように走っていった。
……いや実際、本当に逃げてしまったのだろう。
私は途中から諦めていた。
リリーのことを理解できない人は、こうなることが目に見えている。
ルークにもエミリアさんにも、追い掛けることは既に手で制していた。
「――ママ……。
私の……私のせいなの……?」
リリーが私の服の裾を引っ張ってくる。
今にも泣きそうで、心細そうに微かに震えていた。
私はリリーの前に座って、目をしっかりと合わせる。
涙に潤む目が、私の心を突き刺してくる。
「大丈夫、大丈夫だから。……この街の人は、リリーが凄いから驚いちゃうの。
だからね、これからは――」
……私が街を作る。
いや、国だって何でも構わない。
誰からも、何も言われない場所。
私たちを脅かさず、私たちが好きなように暮らせる場所。
それが私の、新しい覚悟。
どうなるかは分からないけど、私にはきっと、その力があるはずだ。