テラーノベル
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なんかどんよりとしているとえとは思う。落ち込んでいるわけではないし、イヤなことがあって病んでいるわけでもない。けれど、なぜだか心は晴れなくて体の中が曇っているような。 最近、本腰を入れて参加するようになった編集の仕事はきちんとこなすけれど、きちんと集中しきるまでに時間がかかる。
それすらまたどんよりを呼んでいる気がしてため息が漏れた。
「ため息吐くと幸せが逃げちゃうよぉ?」
「あー、ね。そう言われるのもさらに幸せ逃げる気がする」
「確かに」
えとの隠さないため息をいじったなおきりは思ったよりもしっかり疲れていそうな彼女に気分転換をすすめた。
「この家無駄に広いし散歩でもしてくれば?」
「散歩かあ。確かに最近歩いてないかも」
「適度な運動まじで大事ですよ」
「うん、今日のノルマはとりあえず終わったし歩いてくる。家の中は涼しいしね」
「端の方は空調甘いから水分は持って歩きなよ」
「はぁい」
えとは作業をやりきって保存する。まだ作業するというなおきりにお疲れ様と挨拶をして編集部屋を出た。
熱中症、脱水で倒れて迷惑をかけるわけにも行かないし、注意を聞かずにもしも倒れてしまったら言い訳もできないので素直に水分を片手に屋敷を歩きまわる。
改めて見ると好きなところにしか行かないので新鮮な気持ちで歩けていた。
「こんなんあったっけか?」
元からありそうな古めかしい絵画や明らかに誰かがウケを狙っておいてそうな謎オブジェなど、適度に動くと頭がクリアになっていくようだ。
「あれ、うりじゃん」
「おー、えとさんやん。仕事終わったん?」
「うん、今日設定したノルマは終わったから切り上げた。なおきりさんの前でため息ついてたら散歩でもしてこいって言われたから散歩してる」
「家を、散歩」
「広いし涼しいし良いよ」
「あぁ、確かにバカデケェしな。俺も歩こうかな」
「え、一緒に歩こうよ」
「今度なー。俺は今から映画見んだよ」
「映画」
えとは気にしていなかったが確かにシアタールームの前だった。
「ゆあんくんがさー、なおきりさんがトトロばっか見るからすぐに他の選択肢出すためにサブスク見られるようにしてくれたんだよ」
「まじ!?うわー、あの作品もまた映画館みたいに見られるんだ。最高すぎる」
「な?それを利用しないのはもったいないってわけよ」
「確かに。いいね」
うりは少し考えると一緒に見るかとえとを誘った。興味のあったえとは嬉しいが戸惑う。
「いいの?一人で見たかったんじゃない」
えとのなかでうりは騒ぐときは騒ぐがどちらかというと一人の時間を大切に楽しむタイプだと認識していたので、せっかくの一人の時間を邪魔してしまうのではないかとためらう。
もちろん、うりは了承の上で誘ってきているのはわかるけど出会ってしまったため社交辞令っていうのも捨てきれない。
「えとさんならえぇよ」
「わたしなら?」
「賑やか系で、なんでこの作品なのかとか聞いて来んやん」
「そういうことか」
「そ。初めから賑やかなのって決めてたらそれでもいいんだけど今日はしっぽり気分なわけさ」
「じゃあ、一緒に見たいなわたしものんびりしっぽり?な気分だから」
決まったらこれ以上は誰にも見つかりたくないといそいそシアタールームの中へ。
うりは設定は自分がやるから座ってていいというので真ん中より少し後ろ気味のえとにとっての特等席へ。
「お、いい席やね」
「うりもいつもここら辺?」
「一人ならここら辺かなあ」
セッティングが終わったうりが戻ってくるとえとのひとつ開けた隣に座った。
えとの見たことのない作品だった。
田舎町の青年が都市へと旅立とうとしている話だった。両親や友人との別れ、故郷への愛着、都市への憧れが繊細に描かれる。
えとも似たような経験を思い出しほろりほろりと涙が溢れた。
溢れ始めた涙は頑張って抑えようとしてもえとの意志を無視してさらに量が増えて溢れてきた。あごを伝い服にシミができるほどになってきた頃そっとうりからティッシュが差し出される。
えとはありがたく受け取り静かに抑える。
エンドロールが終わってもしばらくえとの涙は止まらなかった。うりはそれをからうことも、心配することもなくただ隣にいてくれる。
目は真っ赤だがようやく止まった頃、うりは小さな笑いをこぼした。しょうがなさそうに笑ううりにえとも笑ってしまう。
「ふふ、ごめん。ぜんぜん止まんなくて」
「途中目ぇ溶けんじゃねえかと思ったわ」
笑うことでまたはらりと溢れてくる涙をえととうりも慌てて拭う。
「ふふ、ごめ」
一度泣いたことで感情のリミッターが壊れたのかまた大きく泣き始める。今度は子供みたいにわんわんと。
うりはぽんぽんとあやしてやる。
「ストレス溜まってたんやな」
「うぅー」
「えとさん真面目やから。泣いとけ泣いとけ。顔ぐちゃぐちゃでも映画で泣いたって言い訳できるからな」
「ひっくひっく」
普段から飄々とケロッとしているえとだが、怒られるのがイヤだったり、グループに入れて良かったという言葉を大事にしていたりと繊細な部分を持ち合わせている。
10代のうちから地元を離れ、一人暮らししながら学校にも通い活動もして。最近は学校は卒業して、本格的に編集にも回るようになった。
のあくらいは弱ったえとを見たことがあるかもしれないが本格的に弱っているこんなえとを見た男子メンバーなどいないのではないだろうか。
多少扱いに困るところはあっても、健気に頑張るメンバーの姿は微笑ましくうつる。年下の女の子だしなおのこと。
落ち着くまで見守るくらいはしますよと内心でこぼした。
「すっきりしたか?」
「もう、全部。全部出た気がする」
「そら、目も、鼻も、口からも」
「口からは出てないから!」
ひひっと笑ううりにえともひひっと笑うがもう涙は出ない。
「うり、誘ってくれてありがとう」
「おう、またなんか見ようや」
「うん」
シアタールーム前で別れて、出切った水分を補充するため厨房の方へ向かう。
「ぽと!その目どうしたの!?」
厨房にいたのあが腫れぼったく、充血している目のえとを見てすっ飛んでくる。下拵えしているシヴァもどうしたとケーキのおまけの保冷剤を用意してくれる。
「あはは、映画見たらガン泣きした」
あっけらかんというえとにのあとシヴァはホッと胸を撫で下ろす。
「えとさんがどうかしたの?」
慌てたのあとシヴァの空気を察して近くにいたなおきりがやってきた。そして、話題の中心であったえとの顔を見て少しだけ驚いたものの、先ほどよりもすっきりとしているので安心する。
「たまには散歩もしてみるもんだね」
「そうでしょ?」
えととなおきりの会話の意図が見えなくてのあとシヴァは首を傾げたのだった。
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