私が子供たちを連れて実家に帰ったのは、湊の発作から三週間後のことだった。
私は匡の厚意に甘えて、彼のマンションで過ごし、子供たちは義母宅で過ごした。
匡は弁護士を用意してくれると言ったけれど、その必要はなかった。
義母の弁護士によって、子供たちの親権と養育権が私に移され、同時に養育費が一括で支払われた。
義母は経営者としての立場の危うさをよく知っていて、息子にもそう言い聞かせてくれた。
子供たちが医者や弁護士になりたい、海外留学がしたい、なんて言い出さない限りは、大学卒業まで安心できる十分な額を受け取り、私はそれ以上を要求しない旨などの念書にサインをした。
「なんであの母親はあんなにお前に味方してくれるんだ?」と匡が不思議に思うのも無理はない。
お義母さんも夫の度重なる浮気に苦しめられた人。
それを知っていた私は、紀之の浮気をお義母さんには伝えずにいた。
離婚の時に知れることになり、お義母さんは泣きながら謝ってくれた。
聖菜さんと初めて顔を合わせた時も、紀之に妻子があることを知っていて関係を持っていたのかと聞いたらしい。
義母にとっては、浮気をした息子は夫と重なり、不倫をした聖菜さんは夫の不倫相手と重なったのだろう。
実家の母は、子供たちの転校先の学校の手配をしてくれた。私が通った小学校と中学校。
実家近くで三人で暮らすことも考えたけれど、両親がひとまず実家で暮らしてから考えたらいいと言ってくれた。
実家では梨々花と湊に一人部屋を与えてやれないから、近いうちに出ることになるだろうけれど、札幌での暮らしに慣れるまでは実家にいた方が子供たちも安心すると思う。
そして、匡と結婚の約束をした私だけれど、ひとまずは口約束止まりになっている。
子供たちの新生活が落ち着くことが最優先だと、私も思ったし匡も言ってくれた。
匡は『トーウンコーポレーション社外監査役』のほかに、『税理士法人 K&Y会計事務所代表』の肩書も持っていた。
共同経営者は匡が実家の事業を担っていた時に知り合った人で、独立時に誘ってくれたらしい。
従業員が八名いるが、与えられた業務をこなせば出社の必要がないという勤務形態をとっているから、必要があれば土日でも顧客の対応をするし、うまくスケジュール管理をすれば平日でも休めるという。
そんなわけで、私が東京にいる間は匡も東京で過ごす時間を作って、同棲のような生活をしていた。
子供たちとの新生活は嬉しいけれど、匡との暮らしが終わってしまうことを少し寂しいと感じたことは、子供たちには内緒だ。
「ね」
「うん?」
「籍を入れることにこだわらなくていいからね」
「は?」
「子供のこともあるし、さ。匡だってひと財産あるなら、ね?」
「ね? って?」
「……」
「バツイチ子持ちが金目当てに同級生社長を誑かした、とか?」
「言葉は悪いけど、まぁ、うん」
「バーカ! 今時、バツイチも再婚も珍しくないし、誰がそんな風に思うよ。なんなら、元カノに未練タラタラで金をちらつかせて強引に結婚した、って感じにしとこーぜ」
「信じないわよ、誰も」
「なんで?」
「誰がどう見たって、匡がハズレクジじゃない」
「特賞の景品にハズレって書いてあったら、どっちなんだろうな?」
互いのぬくもりを感じながら、そんな話をしたのは東京での最後の夜。
私が覚悟を、決めた夜だった。
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