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見違えた格好。
レジーナは、大部屋に戻ってきたクロードの姿に満足する。
エリカの上げた驚きの声に「どうだ」とばかり、悦に入りそうになる。
しかし――
「レジーナ、離れろ!」
リオネルが駆け寄り、レジーナとクロードの間に立った。
こちらを庇う背中。
レジーナはあっけにとられたが、彼が剣を抜こうとしていることに気づく。
「止めて、リオネル! 何するつもり!?」
「レジーナ、気づかなかったのか? こいつはかつての英雄クロード、国に仇なす反逆者だ」
「だとしても、いきなり斬りつけようとしないで!」
レジーナはクロードの隣に並び、リオネルと対峙する。
「戻れ、レジーナ! そいつは祖国を売り、帝国へ亡命した犯罪者だぞ!」
リオネルは吐き捨て、ハッとしたようにレジーナを見る。
緑の瞳に、憎しみの炎が燃え上がった。
震える声がレジーナを詰る。
「やはり……、やはり、君は私たちを裏切っていたんだな? ……よもや、帝国の力を借りてっ!?」
剥き出しの敵意。
勘違いも甚だしい推論だが、その論拠となる部分は、王国内では「周知の事実」とされている。
――英雄クロードは騎士団の機密情報を持ち出し、帝国に寝返った。
発表したのは国――騎士団。
レジーナ自身、その話に疑いなど抱いていなかった。
クロードの真実に触れるまでは。
レジーナはクロードを庇うよう、前に立つ。
「クロードは犯罪者じゃないわ。亡命なんてしていない。ずっと、ここに居たの」
「何をバカなことをっ!」
リオネルは聞く耳を持たない。
クロードの罪を告発したのが当時の騎士団長――リオネルの父なのだから、さもありなん。
レジーナも、義父になる予定であった男の顔は知っていた。
厳正なるプライセル家当主。
彼がクロードを私欲で貶めるとは考えにくい。
(だとしたら、やはり……)
クロードのビジョンから視えたもの。
国は、彼を危険視していた。
力をつけ過ぎた英雄。国民からの熱狂的な人気を、国は恐れたのだ。
今思うと、「帝国への亡命」という汚名が広まるのも、不自然なほどに早かった。
クロードの失脚はプライセルの独断ではなく、国主導で行われた可能性が高い。
(……その懸念が、強ち杞憂じゃなかったというのが皮肉よね)
市井において、未だ彼を崇拝する声は消えない。
クロードはそれほどに強かった。
レジーナが危険を冒しても彼の正体を明かすべきと判断したのは、それが理由だ。
「英雄クロード」なら、彼らを説得できる。
あわよくば、彼の無実も晴らしたい。
「……クロードは国を裏切ってなんかいない。それどころか、命じられた任務に忠実に、ずっとこの地でダンジョンを支えていたのよ」
「裏切り者を庇うつもりかっ!?」
「庇うも何も、それが真実だわ」
真実、愚かな忠誠。
死を望まれての命など従う必要はない。
逆らって、逃げ出して、それこそ帝国へでもどこでも亡命してしまえばよかったのに――
「待て、レジーナ」
フリッツが割って入る。
「今の言葉はどういう意味だ。『ダンジョンを支える』だと?」
フリッツの問いに、レジーナは頷いて答える。
「四年前に枯れたとされるダンジョン。それを今日この日まで支えていたのはクロードの魔力です」
「馬鹿な、あり得ん……」
ダンジョンは、その内に潜る人や魔物が発する僅かな魔力で成長する。ある程度まで成長すると限界を迎え――必要魔力が不足し――崩壊を始める。
カシビア規模になると、最終的に、日に数百人分の魔力を必要としただろう。
レジーナは、「信じがたいかもしれませんが」と前置きして告げる。
「事実、国が枯れたと発表したダンジョンが、辛うじてではありますが、まだこうして存在しています」
黙り込むフリッツ。
横から、リオネルが吐き捨てる。
「ここがカシビアだという証拠はどこにもない! その男が勝手にほざいているだけだろうっ!」
「そうね。証拠はないわ。だから、ここで真偽をどうこうしようとは思わない。ただ……」
レジーナはフリッツとアロイスを交互に見る。
「ダンジョンを支えていたクロードの魔力が尽きました。よって、ここはもってあと数日……」
「なっ!?」
フリッツとアロイスが息を呑む。
エリカが「うそっ!?」と悲鳴を上げた。
彼らに対し、レジーナは「本当だ」と頷いて告げる。
「それもあって、三日以内にここを脱出したいと考えています」
言って、アロイスを見た。
「先程の、『提案を受け入れる』というお話。覆らないということでよろしいですか?」
男たちは目配せを交わし合う。そうして、フリッツが「諾」と頷いた。
レジーナの身体から力が抜ける。緊張が解けた。
「では……」
今後の予定について。
話し合おうとした矢先、エリカの視線を感じてそちらを見る。
彼女の瞳は、初めて見る輝きに満ちていた。
憧憬を宿すその瞳がレジーナを――
(……違う)
レジーナではない。
エリカの視線の先――彼女が見つめているのは、クロードだった。