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第326話 眠る榊原梓
【現実世界/警察関連施設・臨時合同分析室】
二度目の搬送先だった旧研究倉庫。
そこから先の記録は、ほとんど残っていなかった。
榊原梓の身体を載せたと思われる車両。
施設への搬入。
一時的な生命維持設備の稼働。
そして
再び搬出された形跡。
問題はその先だった。
「車両そのものが変わってます」
日下部が言った。
木崎が画面を見る。
「乗せ替えたのか」
「おそらく。最初の医療搬送車は、この倉庫を出たあと別の場所へ向かっています。でも、その時には車両重量が減っていた」
「梓の身体を降ろした後だな」
「はい」
城ヶ峰が聞く。
「次の車は?」
「直接の記録がありません」
木崎が露骨に顔をしかめた。
「またかよ」
日下部はすぐに続ける。
「ただ、物の流れは残ってます」
画面が切り替わった。
生命維持装置用交換フィルター。
循環ポンプ。
医療用酸素。
保存液。
無停電電源装置。
そして定期的な保守契約。
「旧研究倉庫では、梓さんを長期保存できる設備を維持していませんでした」
城ヶ峰が頷く。
「一時保管だけだった」
「その可能性が高いです。だから本格的な生命維持ができる場所へ、もう一度運ぶ必要があった」
木崎が画面へ近づく。
「で、この物資はどこへ行ってる」
日下部が一件の記録を開いた。
送り先。
《東浜生体保存センター》
ただしその施設名には赤い文字で。
《閉鎖済》
と表示されている。
◆ ◆ ◆
東浜生体保存センターは、湾岸工業地帯のさらに奥にあった。
十年以上前。
再生医療用の細胞や移植組織、生体試料などを保管していた施設。
経営母体の再編後。
事業縮小。
数年前に閉鎖。
現在。
建物は別の資産管理会社が所有している。
木崎が資料を見る。
「また閉鎖施設か」
日下部が答える。
「表向きは」
「電気は?」
「使われてます」
城ヶ峰の目が変わる。
「どのくらいだ」
日下部がグラフを表示する。
施設全体としては閉鎖前の十分の一以下。
だが電力消費が一度もゼロになっていない。
しかも
「この建物、地上の電源系統とは別に地下区画があります」
古い設計図。
地下二階。
生体保存区画。
低温管理室。
生命維持研究室。
非常用独立電源。
木崎が聞く。
「今の図面には?」
「ありません」
「もう驚かねえよ」
日下部が苦笑する。
「もう一つあります」
保守契約。
契約先の名義は施設所有会社ではない。
別の医療管理法人。
さらに調べるとその法人は
旧研究倉庫へ医療資材を納めていた会社と同じ代表者を使っている。
城ヶ峰が言った。
「繋がったな」
「はい」
日下部はさらに一枚の配送記録を出した。
旧研究倉庫から梓が搬出されたと考えられる翌日。
東浜生体保存センター地下区画へ。
《循環設備・緊急交換部品》
が納入されている。
木崎が椅子から立った。
「ここだ」
城ヶ峰も上着を取る。
「令状を取る」
◆ ◆ ◆
【現実世界/雲賀家】
同じ頃。
ハレルの胸元で主鍵が突然光った。
「え?」
それまで
榊原梓と繋がっている時の光は
淡くゆっくりしたものだった。
だが今
レンズの奥から白い光が強く溢れている。
サキが振り向いた。
「お兄ちゃん、それ」
「うん」
ハレルは立ち上がる。
「今までと違う」
匠も主鍵を見る。
「誰か触ったか?」
「何もしてない」
「梓さん側か」
分からない。
ただ主鍵が何かを見つけたように
一定方向へ反応している。
ハレルがそっと触れる。
「榊原さん?」
返事はない。
だが、光が一度だけ強く脈打った。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深部】
榊原梓の光が大きく揺れた。
白峰律が振り返る。
「榊原さん?」
これまでとは明らかに違う。
主鍵から呼ばれた反応ではない。
梓自身がどこかへ向こうとしている。
深層Cの声が響く。
『外部座標との反応増大』
白峰が聞く。
「どこの座標です」
『現実世界側です』
表示が変わる。
まだ完全な位置は出ない。
だが一つの方向。
一つの固定点。
梓の光がそこへ引かれている。
カシウスが言った。
「身体だ」
白峰が振り返る。
「分かるんですか」
「意識と身体の残存接続だ」
「残っていた?」
「完全には切れていなかった」
白峰の表情が変わる。
それなら梓自身が身体を感じ取っている。
長い間。
どこにあるかも知らなかった
自分の身体を。
◆ ◆ ◆
【湾岸工業地帯/東浜生体保存センター】
建物は
海沿いの倉庫群に紛れていた。
四階建て。
窓は少ない。
正面玄関は封鎖され施設名の看板も外されている。
敷地には人の姿はない。
木崎が車から降りる。
「ここに人間がいるようには見えねえな」
城ヶ峰が建物を見る。
「前も同じだった」
捜索班が正面と裏手へ分かれる。
日下部は古い図面を確認した。
「地下への正式入口は一階奥。ただ、現在は封鎖されてる可能性があります」
実際
地下階段は金属製の壁で塞がれていた。
だが。
別の場所。
搬入口の奥。
床下へ向かう大型リフト。
こちらは現在も電源が通っていた。
木崎が言う。
「隠すなら、せめて電源くらい切っとけよ」
日下部が返す。
「切れないんでしょう」
「何で」
日下部はリフト横の制御盤を見る。
《生命維持区画》
その表示。
木崎の表情が変わった。
「なるほどな」
◆ ◆ ◆
地下へ降りる。
一階。
さらに。
二階。
扉が開いた瞬間
低い機械音が聞こえた。
一定。
途切れない。
城ヶ峰が足を止める。
前の施設とは違う。
ここは今も動いている。
廊下の照明。
空調。
循環設備。
壁面モニター。
全て生きている。
日下部が呟く。
「誰かいる」
木崎がすぐに言う。
「決めつけんな」
だが。
本人もその可能性を強く感じている。
廊下を進む。
最初の部屋。
空。
二つ目。
医療資材。
三つ目。
使用済みフィルター。
そして。
最奥。
重い気密扉。
生体認証装置。
外部から強制解錠する。
警告音。
赤いランプ。
捜索班が構える。
扉がゆっくり開いた。
冷たい空気が流れ出す。
◆ ◆ ◆
部屋の中央に。
一基。
カプセルがあった。
透明な蓋。
循環する透明な液体。
複数の管。
心拍監視装置。
呼吸補助。
生命維持装置。
そして
その中に女性が眠っていた。
誰もすぐには動かなかった。
木崎がゆっくり近づく。
女性は二十代後半ほどに見える。
閉じた目。
長い髪。
肌は血色を失っているが死者の色ではない。
胸元が僅かに上下している。
日下部がモニターを見る。
心拍。
ある。
脈。
ある。
体温。
低いが維持されている。
「……生きてる」
その声で
ようやく時間が動いた。
城ヶ峰がすぐに指示する。
「医療班!」
「はい!」
「装置には勝手に触るな。状態確認だけ先に」
医師が前へ出る。
カプセルの外部モニター。
呼吸。
循環。
脳波。
一つずつ確認する。
「自発呼吸はかなり弱い。でもあります」
「脳反応は?」
「完全な脳死状態ではありません」
木崎が女性を見る。
「意識は?」
医師が首を振る。
「この場では判断できません」
だが。
身体は。
生きている。
◆ ◆ ◆
日下部はカプセル横の管理端末を確認した。
患者名。
削除。
管理番号のみ。
しかし。
体格。
血液型。
過去の医療データ。
照合できる。
「指紋取れますか」
「カプセルを開けずに?」
「外からは無理です」
城ヶ峰が言う。
「DNAを先に」
装置に残された交換用採血ライン。
保守時に採取された血液試料。
そこから簡易照合。
数十分。
待つ。
誰も部屋を離れなかった。
やがて。
日下部の端末に結果が出た。
《榊原梓》
《保存医療試料との遺伝情報一致》
日下部が画面を見る。
一度
息を止めた。
木崎が気づく。
「出たか」
日下部はゆっくり頷いた。
「はい」
そして。
カプセルの女性を見る。
「榊原梓です」
◆ ◆ ◆
誰もすぐには喋らなかった。
何年も行方不明。
会社の記録から消え
意識だけは異世界と境界の間に残り
身体だけが現実世界のどこかで
ずっと生かされていた。
城ヶ峰がカプセルの中の女性を見る。
「やっと見つけたな」
木崎が横から言う。
「まだだ」
「何が」
「見つけただけだ」
城ヶ峰が見る。
木崎は眠る梓から目を離さない。
「これをどうするかは、俺たちが決める話じゃねえんだろ」
城ヶ峰は
少しだけ笑った。
「ああ」
「本人に聞くまでだ」
◆ ◆ ◆
【雲賀家】
主鍵が。
突然強く光った。
ハレルが立ち上がる。
「っ……!」
今までで一番強い。
レンズの中だけではない。
白い光が。
胸元から部屋全体へ滲む。
サキが目を見開く。
「見つかったの?」
匠はすぐに警察側の端末を見る。
まだ連絡は来ていない。
だが主鍵の反応。
それだけで匠の表情が変わった。
「可能性が高い」
ハレルが主鍵を握る。
「榊原さん!」
ノイズ。
強い。
今までとは違う。
遠かった声が急に近くなる。
『……』
「聞こえますか!」
しばらく何もない。
そしてほんの小さく。
『……ある……』
ハレルが息を止める。
サキも。
「何が?」
返事。
『……私……』
ノイズ。
途切れる。
もう一度。
『……そこに……いる……』
匠の目が大きく開く。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深部】
榊原梓の光が
これまでにないほど強く一方向へ伸びていた。
深層Cの観測領域へ。
二つの反応が表示される。
《意識側・榊原梓》
そして現実世界。
《身体側・生体反応》
二つの情報が
初めて同じ名前の下へ並んだ。
白峰律はその表示を長い間見つめていた。
「……見つかった」
誰に言うでもなく呟く。
榊原梓の光が震える。
そこに恐怖もある戸惑いもある。
だが、確かに自分の身体だと分かっている。
白峰は光へ近づかない。
ただ静かに言った。
「榊原さん」
一度言葉を止める。
「身体が見つかりました」
白い光が大きく揺れた。
「でも」
白峰は続ける。
「まだ、何もしません」
カシウスが見る。
白峰は梓だけを見ている。
「戻るかどうかは」
ゆっくり言った。
「あなたが決めてください」
榊原梓の光は
しばらく何も返さなかった。
ただ。
遠い現実世界に眠る。
自分の身体へ。
細い白い線を。
伸ばしていた。
コメント
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読んだよ…!第326話「眠る榊原梓」😭💕 ずっと行方不明だった梓さんの身体、ついに見つかってマジで鳥肌立った…!! 地下の生命維持カプセルで眠ってる描写、細かい装置や心拍の確認がリアルで、生きてるって知れた瞬間泣きそうになったよ。 白峰さんが「戻るかどうかはあなたが決めて」って梓さん本人に委ねたところ、めちゃくちゃエモい…。 主鍵の光や意識と身体のリンクも熱すぎるし、この先どうなるかもう気になって仕方ない⋆♡ 橘さん、毎回すごい展開ありがとうございます!! 続きも楽しみにしてるよ🌸