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お化けたちの世界では全員が平等だ。人種や職業や宗教や性別といったものはなく、――それぞれの価値観は多少異なったりするが――Moonというみんなの先生役の空に浮かぶ月を除いて、みんなが「お化け」という同じ仲間だった。
最近、また新たなお化けがやってきた。生の世界では絵描きだったらしく、いつも独創的な絵を描いては、みんなを感心させていた。そのお化けは自らの哲学論も持ち合わせているらしく、あの日こんな会議を開いた。
「生の世界では、昔、カーストという身分制度がある国がありました。宗教上の制度だったのですが、今は廃止されています。ですが、生の世界で僕がいた国では、学校のクラス内での『スクールカースト』という言葉が流行っていました。クラスで積極的に先生や友達と話したりする人気者はカースト上位とされ、逆に大人しかったり、空気を読まない嫌われ者は、カースト下位とされていました。一軍とか、二軍とか、三軍とかなんて言ったりしますが」
「ちなみに、君は『スクールカースト』のどこの位にいたんだい?」出席者の一人が、少し馬鹿にしたような言いかたで投げかけた。
「え? 僕…僕は覚えてないですよ、もう」少し焦ったような答えに小さな笑いが起こり、若いお化けは顔を赤くした。
「僕のことはいいんですよ! 聞いてください……つまり、僕は死の世界に来てから、お化け全員が平等ということに違和感を覚えていました。きつい仕事をすることもなく、誰かに怒られることもなく、みんながただ好きなことをして、毎日が過ぎていく。カーストという制度を作り、お化けたちが違う生活を送るようになれば、自分を見つめなおせるのではないでしょうか。自分のどんな行いによってその位にいるのか、しっかり分かるのではないでしょうか」
その真剣な声に、観衆は静まり返った。お化けたちは目を合わしたり、俯いたり、様々な反応を見せた。
この議論に反対するお化けももちろんいたが、納得したというお化けも少なくなかった。何度もこの話題で話し合いが行われ、最終的にはお化け全員で多数決することになった。
このまま平等な世界を保ち続けるか、カースト制度を死の世界でも採用するべきか。結果、カースト制度反対は48%、カースト制度賛成は52%となった。死の世界でも、カースト制度を作ることになったのである。
死の世界のカースト制度は、三つ。一番低い位はその名の通り「3」と言われ、一番高い位は「1」と呼ばれる。位は、最初の一週間の猶予でどんな行動をしたかで決まり、その後一生変わることはない。ルールが決まってすぐ、お化けたちはその許可をもらうため、Moonのもとへ行った。Moonはこの世界と生の世界の創造主であり、世界の仕組みを変えるにはⅯoonへ相談しないといけないのだ。
Moonはこう言った。
「それがいい世界とは作るかどうかは分からん。現に、生の世界でカースト制度が廃止されたのはお前たちも知っているだろう。仮に自分が下位になってしまったら、一生その身分なのだぞ。一週間という短い期間の行動でこれからの一生が決まるというのはいかがなものか……」
お化けの中には、カースト制度の中を生き抜いてきた年配のお化け――人間に例えるなら三千歳くらいの――もいるだろう。しかし、彼らを入れた多数決でこの結果となったのだ。お化けたちは、「それでもです! 絶対に、幸せな世界を作ってみせます!」と考えを貫いた。Moonは何かまだ伝えたそうだったが、少し黙ったあと、「……分かった。では、そのようにしよう」と低くうなった。
世界はくるりと変わった。
お化け、――それをAとしよう――Aは、最初の一週間、淑女的な行動を心がけ、特に罪を犯すことなく一週間を終えた。慎重に慎重に毎日を過ごすことができたのだ。Aの位は1となった。
別のお化け、――それBとしよう――Bは、最初の一週間、紳士的な行動を心がけていたが、非常に残念なことに、図書館の本をうっかり破いてしまったり、花を踏んでしまったりと、些細な過ちを何度も犯してしまった。この世界には事件や事故もないので、過ちを犯すとならば本当にそれくらいしかないのだ。それゆえ、一つひとつの行動が重要になってくる。Bの位は3となった。
AとBは、その後正反対の生活を送ることとなる。まずBのような3たちは、図書館などの施設を利用することができなくなった。トイレの場所も階級ごとに別れ、しかも3たちのトイレはとても少なくなってしまったのだ。違う階級どうしで話し合うことも、もちろんできなくなった。
Aはこの状況を、とくに何とも思わなかった。なんせ2や3の者とは関わりがないからだ。他とは遮断された桃源郷で、好きな音楽を聴き、好きなお菓子をひたすら食べたり、Aのような1は極めて快適な生活を送っているのに対し、Bのような3は悲惨だった。Bは大好きだった図書館の利用を禁じられただけでも十分気が滅入っていたし、ドブネズミやゴキブリが蠢く街を歩くことも、安全な家に住めないことにもうんざりしていたのだ。
こんな風なので、あれだけ制度に賛成していた人も、制度廃止を訴えるようになった。訴えたのはほとんどが3の者たちで、それを黙らせようとしたのはほとんどが1の者たちだった。やがて大きな憎み合いへと繋がり、死の世界は取り返しのつかないほど混乱してしまった。
Moonの思惑通りである。これに懲りて、カースト制度のことは二度と言わなくなると思ったのだ。カースト制度がなくなってなお、その風習が今も残っている生の世界の国があるように、一度始めたものはなかなか変わらないのだ。同じお化け――または同じ人間――なのだから、みんな平等というのが好ましいのではないか、というのがMoonの考えだった。
Moonはある日、死の世界を覗いてみた。1のお化けたちの町には豪華な宮殿のような建物が並んでおり、整備された清い川が流れ、お化けたちは笑顔でいっぱいだった。まさに楽園。2のお化けたちの町は、平等だったころのお化けたちの生活とさほど変わりない。しいて言うならば、トイレの場所が減ったことや、高級品が食べられなくなったことが不満のようだった。しかし3のお化けたちの町は、思っていたよりもひどいありさまだ。町は廃退し、汚染された空気で充満しており、植物はどこにも生えておらず、みんな屋根のないテントのようなところに蹲っている。不潔極まりない。
「自分の位が分かることで自分を見つめなおせるのではないか」――いつだったか、若いお化けはそう言っていた。だが今の状況はどうだ。自分の位に満足するだけだったり、不満をこぼすだけだったり、絶望しているだけだ。自分を見つめなおしているお化けなど、少しも存在しなかった。
このままではまずい。死の世界は、このままでは崩壊してしまう。Moonはすぐに、もとの死の世界へと戻した。Moonの独断だった。
元通りになった今では、カースト制度を再び作ろうという者はいない。人種や職業や宗教や性別といったお化けたちを分類するようなものは存在せず、みんなが平等なこの世界は温かかった。この上なく平和だった。