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二人は再び静かに作業を続けた。ドロシーは丁寧に剣の鍔を磨き上げていく。しばらくすると、なかなか取れない頑固な汚れに出くわした。
「うーん、これ取れないわ」
ドロシーは眉をひそめながら立ち上がり、ポケットから何かを取り出すとコシコシとこすり始めた。すると、驚くほどあっという間に汚れが落ち、金属本来の輝きが現れた。
「すごい!」
ユータは目を見開いた。
「ドロシー、君って本当にすごいんだな」
ドロシーは少し照れたように微笑んだ。
「ううん、私たちみんな、それぞれ得意なことがあるってだけ」
「なるほど……大人だなぁ……」
俺は胸が温かくなるのを感じ、ドロシーと顔を見合わせ、微笑み合った。
◇
ドロシーの磨く刀身は新品と見まごうほどに輝きを放っている。これだけ綺麗になればステータスに変化もあるかもしれない。
俺は剣に鑑定スキルを使ってみる。その瞬間、稲妻を落ちたような衝撃に襲われる。
青龍の剣 レア度:★★★
長剣 強さ:……、……、……、【経験値増量】
「はぁっ!?」
思わずステータス画面を二度見してしまう。
「『経験値増量』!?」
興奮で手が震える。
「ちょっ! ちょっと貸して!」
ドロシーから剣を奪うと手に取り、再び鑑定してみる――――。
しかし、今度は『経験値増量』の文字が消えていた。
「あれぇ……、おっかしいなぁ……。ちょっと持ってみて」
ドロシーに剣を渡すが、効果は現れない。
「もう、何なのよ……」
混乱するユータをよそに、ドロシーはムッとしながら剣を磨きに戻った。すると突然、『経験値増量』の文字が再び現れる。
「ストップ!」
思わず叫んだ。
「そのまま! 動かないで……」
ドロシーの手元を覗き込むと、そこには古銭が。それを剣に当てると、不思議な効果が現れるのだ。
「これだ!! やったーーーーっ!!」
俺は飛び上がって喜んだ。また一つこの世界の秘密を見つけてしまったのだ。
「ひゃっほぅぅぅ!」
俺は歓喜の叫びを上げながらガッツポーズを決める。
「ドロシー! 最高だ! ありがとう!!」
感極まって俺は、思わずドロシーを抱きしめた。甘酸っぱい少女の香りに包まれる――――。
(……。あれ?)
次の瞬間、俺は我に返った。
「あ……、ごめん……」
顔を真っ赤にしながら、そっとドロシーから離れる。
「ちょ、ちょっと……いきなりは困るんだけど……」
ドロシーは可愛らしい顔を真っ赤に染め、うつむいた。その仕草に心臓が高鳴ってしまう。
「し、失礼しました……」
ユータも顔を赤らめ、申し訳なさそうに目を伏せた。
ドロシーの言葉が頭の中でリフレインする。『いきなりは困る』……ということは、いきなりでなければ……? 俺はどういうことか戸惑いを覚えてしまう。
日本にいた頃、女の子の気持ちを理解するのは難しかった。この異世界でも、それは変わらない難問のようだ。十歳の今はまだ早いとわかっていても、この世界ではいつかは誰かと特別な関係になりたい。前世の失敗は繰り返してはならない。そんな漠然とした想いが胸の奥で膨らむ。
コホンと咳払いをしてドロシーが聞いた。
「大丈夫よ、ユータ。それで、何があったの?」
俺は慌てて大きく息をつくと、説明する。
「もっとすごい武器を作る方法が分かったんだ! これはいけるぞ!」
「この……古銭が……?」
けげんそうに首をかしげながら古銭を見つめるドロシー。
「そ、そうなんだよ。と、ところで、なんでこれでこすってるの?」
「この古銭はね硬すぎず柔らかすぎずだから、金属の汚れを地金を傷つけずに取れるの。生活の知恵よ」
得意げにニヤッと笑うドロシー。
「さすがドロシー!」
「お姉さんですから」
ドロシーは優しく微笑んだ。
その笑顔に、俺は胸が温かくなるのを感じた。ドロシーの知恵のおかげで、彼の計画は完璧になった。使う人も、ユータ自身も嬉しくなる魔法のチート武器が、この瞬間に完成したのだ。
一人では絶対に気づかなかったこの発見。それはまさに、ドロシーのお手柄だった。
「ドロシー、本当にありがとう。君は僕の幸運の女神だよ」
俺は心の底からドロシーに感謝する。
その言葉に、ドロシーの頬が薄紅色に染まった。
「な、何言うの!? そんな大げさなことないわよ。でも、ユータの役に立てて嬉しいわ」
二人は優しい空気に包まれながら、互いを見つめ合った。そこには、友情以上の何かが芽生えつつあった。
16. 氷耐性:+1
夕陽が倉庫の窓から差し込み、ユータとドロシーの長い影を床に落とし始めた頃、二人の作業はようやく終わりを迎えた。
「じゃぁ、私はそろそろ……」
ドロシーは最後まで丁寧に清掃を行い、満足そうな表情で孤児院の仕事に戻っていく。
「ありがとう、ドロシー。本当に助かったよ」
「どういたしまして。また手伝えることがあったら言ってね」
ドロシーは優しく微笑みながら手を振った。
ドロシーが去った後、ユータは最後の仕上げに取り掛かる。ナイフで薬指の腹をつつき、ぷくりと血を出すと慎重に氷結石に開けたくぼみに落とした。血液は瞬時に凍り、霜がついていく。
「これで……いいかな?」
それを慎重に、ドロシーからもらった古銭のかけらと一緒に、剣の柄に埋め込んだ。
できあがった剣を手に取り、夕陽に照らし、じっくりと眺めた。研ぎあとは少し歪だが、ステータスを見ると攻撃力は最大にまで上がっている。そして、思いがけない発見があった。
「えっ、『氷耐性:+1』?」
なんと、新たな能力が追加されていたのだ。氷結石を埋め込んだことで、氷への耐性が付与されたということだろう。
「こりゃすごい……」
俺は予想外の発見に胸が躍った。
(ということは、火耐性や水耐性も探せばあるかも……)
古銭だけでなく、様々なアイテムで武器を強化できるかもしれない。俺はその無限の可能性にブルっと武者震いをした。
「よし、儲かったら魔法屋でいろいろ仕入れて試してみよう!」
俺はグッとこぶしを握る。孤児が成り上がるには並大抵の方法では駄目だ。必死に活路を模索し続けない限り、大人たちにいいように足元を見られてしまうだろう。
俺はゆっくりと深呼吸をする。
「さあ、明日からが本当の勝負だ……」
不安と期待が入り混じりながら、俺は真っ赤な夕陽が落ちて行くのをじっと眺める。新たな挑戦に向けて心はいつになく高鳴っていた。
◇
翌日の夕方、剣を二本抱え、ユータは息を切らしながら冒険者ギルドにたどり着いた。石造りの三階建て、年季の入った小さな看板にはかすれた文字でギルドと書いてある。中から漏れ聞こえる太い笑い声に、思わず冷汗が浮かぶ。エドガーも夕方にはここにいると聞いていたのだが……。
ギギギギーッと軋むドアを開け、ユータは小さな声で挨拶した。
「こんにちはぁ……」
酒とたばこの香りが鼻をつく。右手に広がる休憩スペースには、二十人ほどの厳つい冒険者たちがざわざわとしていた。
俺は思わず息を飲む。ここは明らかに子供の居場所ではない。しかし、ここまで来て引き返すわけにもいかない……。
不安そうにエドガーを探していると、艶やかな声が耳に届いた。
「あら坊や、どうしたの?」
胸元の開いた服を着た若い女性魔術師が、ニヤリと笑いかけてくる。
「エ、エドガーさんに剣を届けに来たんです」
つい緊張で声が震えてしまう。
「エドガー?」
女性は眉をひそめ首をかしげていたが、振り返ると叫んだ。
「おーい、エドガー! 可愛いお客さんだよ!」
奥のテーブルから、知ってる顔が手を振った。
「お、坊主、どうしたんだ?」
エドガーの笑顔に、俺は少し安堵した。
「こ、これを届けに……」
俺は勇気を振り絞り、エドガーのところまで行くと、紙に包んだ紅蓮虎吼剣を差し出す。
「昨日のお礼にこれどうぞ。重いですけど扱いやすく切れ味抜群です。防御もしやすいと思います」
「え!? これ?」
エドガーは紅蓮虎吼剣の大きさに面食らう。
エドガーが今まで使っていた剣はこういう長剣。
ロングソード レア度:★
長剣 攻撃力:+9
それに対し、紅蓮虎吼剣は圧倒的な差をつけている。
紅蓮虎吼剣 レア度:★★★★
大剣 強さ:+5、攻撃力:+40、バイタリティ:+5、防御力:+5、氷耐性:+1、経験値増量
しかし、エドガーの表情には戸惑いが浮かんでいた。
「大剣なんて、俺、使ったことないんだよなぁ……」
その言葉に、ユータの心臓が少し早くなる。
「一度振ってみてください! そうすれば良さが分かります!」
「いやぁ、でも……」
エドガーは剣の大きさを変えるリスクに渋い顔をする。
その時、そばにいた僧侶の女性が声をかけた。
「裏で試し切りしてみたら? これが使いこなせるなら相当楽になりそうよ」
丸い眼鏡を上げながら、彼女は優しく微笑んだ。
エドガーはジョッキのエールを一気に飲み干すと、決意を固めたように立ち上がった。
「まぁやってみるか」
ニコッと笑って、俺の頭を優しく撫でる。その温かな手のひらに、俺は安心感を覚えた。
17. 五億円の衝撃
裏庭に出ると、そこには藁で作られたカカシが立っていた。【起き上がりこぼし】のように揺れるそれは、剣の腕前を試すのに最適だという。
エドガーが紅蓮虎吼剣を手に取った瞬間、驚きの声が上がった。
「え? なんだこれ? 凄く軽い!」
俺は内心でガッツポーズする。剣が軽くなったわけではない。エドガーの「強さ」が上がったのだ。しかし、この世界の人々にはステータスが見えない。だからこそ、この驚きがある。
「エドガーさん、思い切り振ってみてください!」
俺は声援を送る。この剣は使う者の潜在力を最大限に発揮してくれる名剣である。思い切り振ればきっとその良さに気づくはずだった。
「あまり無理すんなよー!」「また腰ひねらんようになー!」
五、六人のやじ馬が集まり、からかうように声をかける。
「おめぇらうるせーぞ!! 俺の華麗な剣さばきをしっかり見とけよ!」
エドガーは剣でやじ馬を指して怒る。
「『華麗』って何だよ!」「カレー食いたくなったぞ! ぎゃははは!」
こりゃダメだという感じで肩をすくめたエドガーは、トントンと軽く飛び上がると、深呼吸をし、鋭い目線で剣を構えた――――。
一瞬の静寂の後、凄まじい速さで剣が宙を舞った。
ヒュン!
剣は風を切り、目にも止まらぬ速さでカカシに打ち込まれる――――。
が、不思議なことにカカシは微動だにしない。
「え?」
エドガーの声が戸惑いを帯びる。確かにカカシを捉えたはずだったが手ごたえも全くなかったのだ。
「あれ? 斬れてないぞ?」
やじ馬からも困惑の声が上がる。
直後、カカシがゆっくりと斜めにズズズとずれ始めた。そして、地面に落ちてコテンと転がっていく。
「えーーーー!?」「ナニコレ!?」「はぁっ!?」
驚愕の声が広場に響き渡る。誰もが目を疑うような光景に、言葉を失っていた。
俺は胸が高鳴るのを押さえられなかった。自分が作り上げた剣の真の力を、今まさに目の当たりにしている。エドガーの腕前と紅蓮虎吼剣の力が融合した結果、まるで伝説の剣士のような一撃が生まれたのだ。
「Yes! Yes!」
俺は両手のこぶしをギュッと握ってブンブンと振った。
エドガーは剣を見つめ、まだ信じられないという表情を浮かべていた。彼はCランクの中堅冒険者だったが、今の一撃はトップクラスのAランク以上の実力を示していた。
「ちょっとこれ、どういうこと?」
エドガーは困惑の色を浮かべながら俺を見る。
「その剣は紅蓮虎吼剣といって、由緒あるすごい名剣なんです」
俺は誇らしげに答えた。
「称号付き名剣!? なんと……。そうか……名剣は初めて使ったが……すごい……本当にすごい」
エドガーは食い入るように紅蓮虎吼剣の刃を見つめ、目を輝やかせた。
「ど、どうですか?」
「いやいや、これなら今まで行けなかったダンジョンの深層に行けるよ! これは楽しみになってきた!」
彼は刀身に彫られた金色の虎の装飾をそっとなで、嬉しそうに微笑んだ。
「じゃぁこの剣、使い倒してやってください!」
俺は嬉しくなってプッシュする。
「もちろん! いや、これちゃんとお金払うよ!」
エドガーはすごい勢いで言った。
しかし俺は首を振る。
「命の恩人からはお金取れません。その代わり、お客さん紹介してもらえますか?」
「いやー、このレベルの武器を売ってくれるなら、いくらでも欲しい人はいるよ。なぁみんな?」
エドガーがやじ馬たちに振り返ると、「俺も欲しい!」「俺も俺も!」興奮気味の声が次々上がっていく。
俺は嬉しくなってグッとこぶしを握った。
その日、持ってきた★3の武器を金貨三枚で売り、俺は金貨二枚の利益を得た。日本円にして二十万円。ざっと計算して仕入れが順調なら二千万円くらいの利益が狙えそうだ。いや、★4も含めれば五千万も狙えるかもしれない……。他の街の冒険者にも売っていけばこの十倍、五億円だって夢じゃない。
「えっ!? ご、五億円!?」
思わず声を上げそうになる。自分がとてつもない金鉱脈を掘り当てたことに気づいたのだ。
帰り道、抑えきれない喜びがあふれ出す。
「ヤッホーーーーイ!!」
スキップしながら腕を高々と突き上げ、まさに幸せの絶頂だった。
ふと、ドロシーの顔が脳裏に浮かぶ。この成功は彼女の協力あってこそなのだ。忘れてはならない。
早速ケーキ屋に立ち寄り、リボンの付いた可愛いクッキーを買った。
「喜んでくれるかな?」
俺の胸には、感謝と期待、そして新たな決意が芽生えていた。これは単なる商売の成功ではない。孤児院のみんなも幸せにする、その夢への第一歩なのだ。
夕暮れの街を歩きながら、俺は心の中で誓った。必ず、この才能を活かして、大切な人たちを守り、幸せにすると。そして、自分を育ててくれた孤児院にも恩返しをしていくと。
その瞳には、未来への希望と強い意志が輝いていた。
18. 光陰の杖
翌朝、おじいさんのお店へ行こうとユータは心躍らせながら街を歩いていた。
すると、突然――――。
ピロローン! ピロローン! ピロローン!
頭の中に鮮やかな音が鳴り響く。
「キターーーー!!」
俺は思わずピョンと跳び、ガッツポーズを決めた。通りがかりの人々が不思議そうに振り返るが、そんなことどうでもいいくらい俺は喜びが爆発していた。
急いでステータスを確認すると、レベルが五に上がっている。予想通り、エドガーたちが倒した敵の経験値が、ユータにも分配され始めたのだ。
俺は勝手にレベルが上がる環境を手に入れたのだ。これでもう寝ててもレベルが勝手に上がっていく。それはまさにバグ技。禁断のチートだった。
今後さらに武器を売り広めていけば、経験値の蓄積速度は加速度的に上がっていくはずだ。
例えば、冒険者千人に武器を使ってもらえたら、家に居ながらにして普通の冒険者の千倍の速さで強くなっていく。そうなれば人族最強どころか、この世界の秩序さえも揺るがすほどの存在になってしまうかもしれない――――。
「『商人』が、この世界を揺るがす仙人のような存在に……」その考えに、俺は痛快な喜びを感じた。
確かに、これはチートでインチキかもしれない。しかし、孤児が異世界で生き抜くために、きれいごとを言っている場合ではないのだ。できることは何でもやる。それが前世で何もできず人生を無駄にしてしまった俺の反省の結論だった。
ガッツポーズを繰り返し、ピョンピョンと飛び跳ねながら道を歩く。いつもの石畳の道が、今日は特別に輝いて見えた。まるで栄光への道のように。
◇
「おぅ、いらっしゃい!」
朝の光が差し込む店先で、おじいさんはにこやかな笑顔でユータを迎えた。その温かな表情に、ユータは安心感を覚える。
倉庫の扉が開かれると、ユータの目の前に広がったのは、まさに宝の山だった。数千本もの武器が、まるで眠りについたように静かに並んでいる。
「うぉぉぉ! すごい!」
俺は思わず声を上げてしまった。
「何百年も前から代々続けてきたからね」
おじいさんは少し照れくさそうに説明する。
「でも、ほとんどが錆びついてしまってなぁ……」
「大丈夫です! 僕がちゃんと研ぎますんで!」
他人には単なる古い武器の山でも、俺の目には無限の可能性を秘めた宝の山に見えるのだ。
夕暮れまで黙々と鑑定を続けたユータは、★四つを二十本、★三つを百五十本も見つけ出した。
そんなにたくさん買いたいという俺の言葉に、おじいさんは驚いた様子だった。
「ほとんどがジャンク品だからね」
おじいさんは優しく微笑んだ。
「全部で金貨十枚でいいよ」
その言葉に、ユータは一瞬躊躇した。あまりにも安すぎる。商売というのはみんながハッピーでなければならない。自分だけ儲けようとすればいつか必ず破綻するものだ。
「儲かり次第、追加でお支払いします」
と約束をして、その代わり、その多くを倉庫にしばらく保管してもらうことにした。
今回、目に留まったのは、特殊効果付きの小さな魔法の杖だった。
光陰の杖 レア度:★★★★
魔法杖 MP:+10、攻撃力:+20、知力:+5、魔力:+20
特殊効果: HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える
その効果に、俺は息を呑んだ。これは例えばメチャクチャに潰されて死んでも生き返るという意味であり、まるでゲームのような特殊効果だ。この世界の不思議さを改めて実感する。
「これを使うと……一体どうなるんだろう……」
俺は杖を振りながら首をかしげる。しかし、試しに死ぬわけにもいかない。
でもきっといつか何かの役に立つかもしれないと、懐にそっとしまった。
「さて、誰に何をどう売って行こうか……? やっぱり強い人に持ってもらいたいよなぁ……」
夕日に照らされた街路を歩きながら、ユータの頭の中はこれからの壮大なプランでいっぱいだった。
◇
商材が揃い、ユータの武器商人としての日々が本格的に始まった。毎日、黙々と武器を研ぎ、整備し、売る。その単調な作業の中に、彼は確かな充実感を見出していた。
『すごい武器だ』
そんな噂が口コミで広がり、ユータの元には次々と購入希望者が訪れる。リストはあっという間に埋まり、まさに順風満帆の船出となった。
二ヶ月が経つ頃には、売った武器は百本を超えていた。それに比例するように、ユータの経験値もぐんぐんと増加していく。
ピロローン!
レベルアップの音が、ほぼ毎日のように頭の中に響く。気がつけば、一度も戦ったことがないのに、レベルは八十を超えていた。Aランクのベテラン冒険者クラス。まさにチートと呼ぶにふさわしい急成長だった。
「本当にこれ、意味があるのかな……」
俺は不思議に思いながら、試しに剣を振ってみた。すると、重くて大きな剣を、まるで軽い棒のように器用に扱えるではないか。
「す、すごい……。これって……ダンジョンでも無双できるんじゃ?」
俺は心臓の高鳴りを感じた。【商人】だから諦めていた冒険者への道。確かに同じレベルなら商人は弱いのだろう。でもレベルが倍もあれば例え剣士と言えど、商人の方が強いに違いない。そして一桁上だったら……? もはや誰も、勇者でさえも自分には勝てないだろう。
俺はグッとこぶしを握る。前代未聞の高レベル。そこに達した時の景色がどうなるのか楽しみでたまらなくなってくる。
19. 憧れの魔法使い
レベルを上げるためには、もっといい武器をもっと多くの人に使ってもらわないとならない。
それからというもの、俺は魔法石の研究にも没頭した。儲けた金を湯水のように注いで水、風、火、雷の属性耐性に加え、幸運や自動回復を付与する方法も見つけ出す。
「全部盛りにしちゃおう」
俺は決意した。売る武器には、これら全ての特殊効果を惜しみなく詰め込んだ。手間もコストも増えるが、買った人のため、より多い経験値のため、必死に作業を続けていった。
夜遅くまで作業を続けるユータの姿を、月明かりが優しく照らす。その小さな背中には、大きな夢と責任感が宿っていた。
◇
夕暮れ時の孤児院の裏庭。ユータは自分のステータスを見つめ、思わず溜息をついた。MPや魔力、知力の値は一般的な魔術師を超えているというのに、魔法の使い方を知らないのだ。
「もったいない……」
その言葉が、静かな空気に溶けていく。
俺は決意を固めると目の前の木に向かって手のひらを突き出した。
「ファイヤーボール!」
しかし、何も起こらない。木々のざわめきだけが聞こえてくる。
「う~ん……。以前見た魔術師さんはこうやってたんだけどなぁ」
「発音が悪いのかもしれない! ファイァァボール!!」
しかし、何も出てこない。
「あれぇ? どうやるんだろう?」
俺はムキになって、何度も試行錯誤を繰り返す。
「ファーーイヤーボール! ……、ダメか……」
その時、背後から突然声がかかった。
「な~に、やってんの?」
「うわぁ!」
驚いて振り返ると、そこにはドロシーが立っていた。銀髪が夕日に輝き、その姿は妖精のように美しい。
「なんでいつもそう驚くのよ!」
ドロシーはプリプリしながら言った。
「後ろからいきなり声かけないでよ~」
俺は動悸を押さえながら答える。
「もしかして魔法の練習?」
ドロシーの声には、好奇心のトーンが混ざっていた。
「うん、できるかなーと思ったけど、全然ダメだね」
俺は肩をすくめる。
「魔法使いたいならアカデミーに通わないとダメよ」
その言葉に、俺は顔をしかめた。
「孤児じゃ無理だね……」
アカデミーに通うにはそれなりの家柄が要求されてしまう。孤児では願書すら受け付けてもらえないのだ。
「孤児ってハンデよね……」
ドロシーもため息をつく。
二人の間に、一瞬の沈黙が流れる。
俺はため息をついて迷いがちに呟いた。
「院長に教わろうかなぁ……」
「え? なんで院長?」
ドロシーの声には驚きが混じっている。
俺はしまったと思って口をキュッと結ぶ。院長が魔術師だということを、子供たちは誰も知らないのだった。
「あー、院長だったら知ってるかなって……ほら、院長は孤児院一番の物知りだし……」
あれは冷汗をかきながら説明する。
「さすがにそれは無理じゃない?」
ドロシーは首を傾げた。
「あ、丁度院長が来たわよ、いんちょーーーー!」
呼ばれて、マリー院長が優しい笑顔で近づいてきた。
「あら、どうしたの?」
「ユータが院長に魔法教わりたいんですって!」
ドロシーが無邪気に直球を投げた。
院長の目が驚きに見開かれ、ユータをじっと見つめる。その眼差しには、何か深い意味が隠されているようだった。
ここまで来たらもうごまかせない。
「もし、魔法を使えるならお願いしたいな……って」
俺は渋々そう言った。
院長は柔らかな笑顔を浮かべる。
「ざーんねん。私は魔法なんて使えないわ。教えられたら良かったんだけど……」
「ほ~らね」
ドロシーは少し得意気に言った。
「あ、ユータ君、ちょっと院長室まで来てくれる? 渡す物あるのよ」
そう言いながら、院長はユータにウインクを送った。
俺はその意味を即座に理解し、落ち着いた様子で答える。
「はい、渡す物ですね、わかりました」
◇
薄暗い院長室に入ると、マリー院長はテーブルに向かい、静かにお茶を注ぎ始めた。
「そこに腰かけて。今、お茶を入れるわね」
俺は緊張した面持ちで静かに椅子に座る。
「いきなりすみません」
「いいのよ」
院長は優しく微笑んだ。
「誰に聞いたの?」
俺は一瞬躊躇したが、考えておいた嘘をつく。
「ギルドに出入りしているので、そういううわさを聞きまして」
「ふぅん」
院長は深くため息をつく。
「で、魔法を教わりたいってことね?」
院長は鋭い視線で俺を射抜く。
「は、はい。お手すきの時でいいので……」
院長は目を閉じ、何かを思い出すようにしばらくうつむいていた。
「私ね……、魔法で多くの人を殺してしまったの……」
「え……?」
意外なカミングアウトに俺は凍り付いた。
重苦しい沈黙が部屋を満たす――――。
俺はいたたまれなくなってそっとお茶をすすった。