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山のふもとに広がる森の中、これほど整った集落があるだなんて、誰が想像するだろうか。
私たちが暮らす街と遜色のない整った住居は、規模こそ小さいが、木材や石材で丁寧に建てられていると分かる。たくさんの花々に彩られ、足元もきちんと舗装がされている。
辺境地の村よりも整備が行き届いていそうだわ。
私がきょろきょろと辺りを観察していると、ヴィンセント様が馬を停めた。その先に、ひとりの老婆がいた。
「お待ちしていました、坊ちゃま」
「……ウーラ、その呼び方はやめてくれないか?」
苦笑を浮かべながら馬を降りたヴィンセント様は、私に手を差し伸べながら、出迎えてくれた老婆に「長はいるか?」と尋ねた。
「お待ちですよ。して……そちらのお嬢様が、ヴェルヘルミーナ嬢であられるかな?」
穏やかな声に緊張しながら、スカートの裾を摘まんで腰を落とすと、老婆は「愛らしいお嬢様よの」と笑った。
「ヴェルヘルミーナでございます。急な訪問にも関わらず、お出迎え、ありがとうございます」
「ほほほっ、気になさらず。坊ちゃまは、いつだって急ですからね」
「だから、ウーラ……その呼び方はいい加減やめてくれ」
「この老い先短い婆に、今更、ヴィンセント様などと畏まれと?」
「……ウーラなら、あと百年は生きるだろう」
どういった事情かは分からないけど、ヴィンセント様はこの老婆──ウーラさんに頭が上がらないみたいね。
矍鑠とした様子のウーラさんの後をついていくと、集落の中心にあるお屋敷へと辿り着き、中へ通された。そこで待っていたのは──
「久しぶりですね、ヴィンセント」
「ご無沙汰しています。伯母上」
ヴィンセント様によく似た、美しい女性だわ。
伯母上ということは、もしかしなくとも、ヴィンセント様の亡くなられたお母様と姉妹になるのよね。
執務室に飾られていた肖像画を思い出した私は、その面影を彼女に重ねた。
「いらっしゃい、ヴェルヘルミーナ。会いたかったわ」
ヴィンセント様は、いったい私のことをいつ知らせていたのだろうか。
まるで、結婚は当然のような歓迎ムードに拍子抜けをしつつ、私は完璧なカーテシーを披露した。
ヴィンセント様の伯母様はアーリック族長ルイーゼと名乗った。
なるほど、お手紙で報告を済ませなかったのも頷ける。
ヴィンセント様と一緒に、結婚の報告をすれば、とても歓迎してくださった。
しばらくお茶を楽しんだ後、屋敷の外にある大きなサンルームへと案内された。
サンルームはガラス張りのドームで、中に入った私は思わず歓声を上げてしまった。
だって、あまりにも素敵で不思議な光景だったから。
見たこともないような木々がいくつも植えられ、鮮やかな花が咲き誇っている。甘い香りに誘われた輝く蝶がひらりひらりと舞っている様子は、この世のものとは思えない。
時折、シャラシャラと異国の踊り子さんが奏でるような、繊細な音が聞こえてきた。
リズムを刻んでいないのに、音楽に聞こえるなんて不思議ね。
音が鳴る方角を振り返ってみると、天井から吊り下げられた金属やガラスの飾りが揺れ、ぶつかり合って音を奏でているのだと分かった。
どこか幻想的な空間に緊張が増していく。なんだな気後れしそうだわ。
物珍しくきょろきょろしていると、ルイーゼ様がサンルームの中央を指差した。
「ここは、お婆の仕事部屋だ」
「……お仕事部屋、ですか?」
示された先には植物の蔓で編まれた大きな椅子があり、そこにウーラさんが深く腰かけていた。
私たちに気付いたウーラさんは、ゆったりとした手付きで招き、向かいの席に座るよう促した。
ヴィンセント様にエスコートされ、側に寄って改めて挨拶をした。
「ようおいでなさった、ヴェルヘルミーナ嬢」
「先ほどは、ご案内ありがとうございました」
「そなたと会えること、長らく楽しみにしておった」
「……長らく?」
まるで、何年も待っていたというような口振りに、違和感を覚えた。
ウーラさんはゆっくりと頷く。
「山が、そなたの訪れを待っていたのだ。いいや、山だけではない。星も、花も、空も──」
穏やかな声は、不思議なことを告げる。
まるでお告げを受けているような気分になっていると、横に座ったヴィンセント様が、囁くような声で教えてくれた。
「お婆は、アーリックの導き手だ」
「……導き手?」
「街で言うところの、司祭といったとこか。山の伝承を守り、森の声を伝えるのが役目」
「森の、声……?」
初めて聞く話に僅かな緊張を感じていると、ウーラさんは私に「魔法とは何か、知っておるか?」と尋ねた。
ウーラさんの言葉にドキリとする。
私が魔法を使えないことを、悟られたのかしら。だとしても、ここで何も答えないわけにはいかない。
大丈夫よ。使えないからこそ、私は誰よりもその仕組みや歴史を学んできた。ちゃんと答えられるわ。
コメント
1件
いやー、めっちゃ良い雰囲気の回だった!ウーラ婆ちゃんの「山が待ってた」みたいな神秘的なセリフ、めちゃくちゃ刺さったわ。ヴェルが魔法使えなくても知識でカバーしようとしてるところ、めっちゃ好き。サンルームの描写もキラキラしてて、異世界に飛んだ気分になったわ。次、ウーラさんがなんて答えるか気になる🔥