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拳をきつく握りしめ、息を深く吸ってウーラさんの「魔法とは何か」へ答えた。
「魔法とは、体内で生み出されている魔力を、別のエネルギーに変えて行使するものです」
「うむ。その魔力は、火を灯すのがやっとの者がおれば、海を割ることの出来る者もおる」
そう、魔力が生まれもって神から与えられる祝福だとも言われるのは、その人知を超えた威力を生み出すものが稀に生まれるためだ。だけど、基本は血統に由来するとされている。だから、貴族はその圧倒的な魔力を求め、力を維持するため、競って魔力の高い血統との婚姻を重ねてきた。
無能な私は、その通説を覆す存在となってしまった訳だけど──膝の上で拳を握りしめていると、ウーラさんはシワの刻まれた顔に笑みを浮かべた。
「魔力が小さいも大きいも、大した差はないがの」
「……え?」
「それよりも注視せねばならぬのは、特殊な能力に目覚めた者たちだ。その開花は生まれてすぐのこともあれば、死ぬ間際の場合もある」
「……特殊な能力? 魔法とは、違うのですか?」
私の問いに頷いたウーラさんは、持っている杖で足元をコツコツと叩いた。すると、風もないのに花々がさわさわと動き出したではないか。
揺れ動いて奏でる音はまるで、何かを囁いているようだ。
「特に注視すべきは、二つの花」
「……二つの花?」
「十年前、二つの星が落ちた夜に、二つの花が咲いた。一つは月夜の光を浴びて輝く白き花。一つは月夜でも昏く深い闇に染まる花」
「二つの星と、花……」
夜に花を開く植物があると聞いたことはある。でも、闇色の花については聞いたことがないわ。その花というのは森の声が伝える吉凶を表すのかしら。もしそうなら、闇色だなんて不吉すぎる。
手を握りしめて話を聞いていると、目の前に一つのペンダントが差し出された。とても綺麗な水晶のペンダントだ。
「花が咲くのは、魔女の能力が次に渡されたことを告げるため。そう、十年前に亡くなったクレアの能力は、間違いなく引き継がれた。……ヴェルヘルミーナ嬢、この水晶はそなたに託そう」
「……どうして、私に?」
「そなたが、クレアの能力を継いだ者だからに他ならぬ」
「私が? な、何かの間違いです! だって、私は……」
火一つ灯すことが出来ないのだから。そう言葉にすることは出来なかった。
手を握りしめたまま頭を振ると、ウーラさんはヴィンセント様を手招いてペンダントを渡した。
強く握りしめている私の指に、じっとりと汗が滲む。
なにかの間違いよ。だって、私は火ひとつ灯せない無能な存在。万が一、能力を受け継いでいたとしても、魔力がないのに何ができるっていうの。無能だってことを知られたら、きっとがっかりさせるに違いない。
胸の内で焦りと不安が渦巻いた。
きっと、私がそのペンダントを持っていても、何も起きやしないわ。
不安に飲み込まれそうになり、ここから逃げ出したくなった。だけど逃げられない。家のため、弟のためにも……。
気持ちを押し込めるように俯いてぎゅっと目を瞑った私の心を、ここにいる誰も知るわけもない。
恐怖に震え出しそうな手を握りしめた時、ウーラさんが話を続けた。
「あの夜に落ちたもう一つの星、は闇の花を咲かせた……幻惑の魔女も目覚めたのだ」
「……幻惑の、魔女?」
その言葉をここで聞くなんて思いもしなかった。
恐る恐る顔を上げると、握りしめていた手に、ヴィンセント様がそっと大きな手を重ねた。
仰ぎ見た顔はとても真剣で、まっすぐ向けられた視線から逃げることなど出来なかった。
「聞き覚えがあるだろう?」
「……はい。お父様が追っていた大罪人です。ですが、幻惑の魔女は捕まり、断罪されたと──」
言いかけて、私はハッとした。
確か、その処刑は十年前の話だわ。私はまだ十にも満たなかったから、詳しい話を聞かせてもらえなかったけど、捕まった魔女が処刑された日の王都は大層なお祭り騒ぎだったのを覚えている。
十年前……まさか、その日とクレア夫人が亡くなった日が同じ……?
「レドモンド卿は魔女を捕まえた。しかし、その命が尽きた時、再び花が開いたのだ」
何の因果だろう。
大罪人となった魔女の能力が、再び、この世に現れたなんて。
「光と闇は引かれ合う定め。幻惑の魔女はこの世に混乱を招く。それを封じ込めるのは、覚醒の魔女だけ」
「……覚醒の魔女?」
聞き覚えのない単語だった。
その力を意味しているのか、それとも、幻惑の力に相対するゆえについた通称なのか。
「ヴェルヘルミーナ嬢、そなたがクレアから覚醒の魔女の力を受け継いだ唯一無二の乙女に、間違いはない。のお、坊っちゃま」
ウーラさんの視線が、ヴィンセント様へと移った。
静かに頷いたヴィンセント様は私の手を優しく包み込む。
力を込めすぎて冷えきった手に、彼の体温がじんわりと広がった。
「……そんな、でも、私は」
「ヴェルヘルミーナ、君の胸の奥に閉ざされた魔力は、とても眩い」
「私の……魔力?」
私を見つめて告げたヴィンセント様の言葉に、ただただ驚いて目を見開く。
私に魔力があるなんて。そんなはずないわ。
小さな火すら灯せない私に、魔力なんて涙の一粒すらない。だから、これまで無能だと蔑まれて暴力を振るわれても、奥歯を噛んで堪えてきたのよ。
もしも魔力があるというなら、どうして、それが顕現しないの?
コメント
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第30話、読み終えました。 「二つの星が落ちた夜に咲いた花」——このタイトル、本当に印象的で。光と闇、ふたつの魔女の対比が一気に浮かび上がってくるネーミングですね。 自分には魔力がないと信じてきたヴェルヘルミーナが「覚醒の魔女」の継承者かもしれないという展開…。火すら灯せない無能扱いされた日々と、目の前で差し出される水晶のペンダント。そのギャップに彼女が戸惑う心情が手に取るように伝わってきました。 ヴィンセント様が「君の胸の奥に閉ざされた魔力は、とても眩い」と告げるあの場面は、ずしりと心に残りました。彼がずっと彼女の本当の価値を見ていたんだな、と。 それにしても、十年前に討たれたはずの幻惑の魔女がまだこの世界に影響を及ぼしている——その伏線、巧妙で背筋がぞくっとします。続きが本当に気になりますね。