テラーノベル
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駅までの数メートルを、壮馬と並んで歩く。
「愛音。ありがとな」
「おせっかいだったかな……?」
心配になって聞くと、壮馬は複雑そうに笑って首を横に振った。
「ううん、助かった」
壮馬は、彼女が産休に入ってからはまったく会っていなかったらしい。産休に入る前も、職場で挨拶する程度の関係になっていたそうだ。
「やっぱり、実際に子ども見ちゃうと、くるね。なんていうか、モヤモヤが」
「そっか」
私は笑みを浮かべたままそう言う壮馬に返す言葉が見つからなくて、曖昧に返事をした。
すると、壮馬がおどけて言った。
「うん。俺に似てなくて、安心した」
そのままははっと笑う壮馬に、チクリと胸が痛む。
「まあ、そういうことはしちゃダメってことだ」
「そうだよね。……でも」
言いかけて、はっと口を噤んだ。
ここから先は、彼に言っていいことではないだろう。
すると、壮馬はくすりと笑う。
「いいよ、言って。俺、もう傷つき尽きてるから。なに言われても、平気だ」
「壮馬……」
ちらりと彼を見上げる。
私よりも少し背の高い壮馬は、困ったような笑みでこちらを見下ろしていた。
それで、私はそっと口を開く。
「少し、羨ましいなって思っちゃった」
「羨ましい?」
「うん。……だって彼女、ちゃんと〝女の人〟だったから」
言いながら、なんとなく落ち込んでしまう。だが、壮馬は「は?」と、意味がわからないというような声を出した。
だから私は続けた。
「結婚して、誰かのものになっても、壮馬とか、他の男の人と付き合うってさ。それは、ちゃんと〝女性〟でいるってことでしょう? 〝恋する女〟で、い続けてるってことでしょう?」
私は言いながら顔を上げ、目前に迫った駅の光を見つめた。
キラキラするそれを見ていると、ため息がこぼれる。
「今日の彼女を見て、思ったの。あんなに小さい子いるのに、高いヒールで化粧もばっちり。壮馬にわざわざ声かけてきた時の顔も……女の顔だった。私はそういうの、全部捨ててきちゃったからさ」
私はそう言うと、自身の服装をちらりと見下ろした。
アパレル勤務だから、服装にはそれなりに気を遣っている。それでも、足元はジーンズにスニーカーというカジュアルなもの。
仕事中は身に付けているアクセサリーも、うっかり花斗が触らないようにとすべて店舗のロッカーの中に保管している。
「彼女と私は同じはずなのに、私には色気もないし、余裕もない。こんな私は、惨めだなあって。……それで、私もちょっと居心地悪いなって思ったところもある」
多分、こんな気持ちを抱いたのは私だけだろう。そしてそれを壮馬に愚痴ってしまったことに、申し訳なさが募る。
「ごめん、こんなこと」
すると、壮馬はううん、と、首を横に振った。
「そういう考え方も、あるんだなって知った。でも――」
壮馬はそこまで言うと、間を置く。彼を見上げると、壮馬は優しい顔をしていた。
「俺は、花斗くんのことを一番に考えられる愛音のほうが、ずっとすごいと思う」
へへっと照れ笑いを浮かべる壮馬に、なんだかこちらまで恥ずかしくなる。
ふいっと視線をそらすと、駅のロータリーはすぐそこだった。
「じゃあ、ここで」
壮馬は歩みを止める。私もそこで立ち止まり、壮馬に向き合った。
「お店、戻るの?」
「うん、俺、こう見えて幹事だし。それに、荷物も置いてきちゃったし」
ああ、なんだか申し訳ない。
「そうだったね。なんか、なおさらごめん」
「いいって」
壮馬は言いながら、なぜか私の頭に手を伸ばす。きょとんとしていると、彼はそのまま、まるで犬にするように私の頭をクシャクシャと撫でた。
「わ、やめてよ」
すると壮馬の手は止まり、代わりに彼は私の顔を覗き込んだ。
「愛音はいい〝恋〟、できるといいな」
「……うん」
彼の笑みは心からのものに見えたが、私は曖昧に頷く。すると、壮馬がふっと視線を上げた。
「っと、お」
壮馬がそう言うと同時に、私の腰がなにかにぐっと引き寄せられる。
「俺の恋人に、なにか?」
その声で、私を抱き寄せた人物を知る。
「い、壱月!?」
見上げると、確かに壱月だった。彼は壮馬の顔を向いているが、その顔は険しい。
「花斗は?」
思わず聞くと、壱月はこちらを見て言った。
「愛音がいないと寝れないと言うから、迎えに来たんだ。花斗は途中で寝てしまったから、車にいる」
その言葉にホッとしていると、壮馬がなぜか背筋をしゃんとした。
「愛音の、恋人さん?」
私はこくりと頷く。すると、壮馬はニコっと笑って壱月に告げた。
「どうも、愛音の同期の真田です。愛音、ひとりでなんでも抱え込みがちだから……幸せにしてやってください。元恋人からの、お願いです」
彼は言いながら、おどけるようにニカッと笑う。
「ちょ、ちょっと壮馬!」
「じゃな、愛音」
そ壮馬は踵を返し、店のほうへと行ってしまった。
取り残された私たちの間には、ギスギスした空気が流れていた。
「……元カレか?」
そう言った壱月は、しごく不機嫌そうだった。
コメント
1件
おおお、第44話読み終えたよ〜!!😭💕 壮馬との会話、めっちゃ胸にグッときた…。愛音が「彼女は女の人だった」って言うところ、自分の母親としての姿と重ねてるのが切なすぎるし、壮馬が「花斗くんを一番に考えられる愛音のほうがすごい」って言ってくれて、ちょっとジーンときたよ…!最後の壱月の登場で空気が一気に変わったのも最高だった!次が気になりすぎる〜!!🔥
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