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玄関前まで走り、乱れた息を整えた。横にあるチャイムを鳴らすと使用人の一人が扉を開けてくれた。
「おかえりなさいませ。澪様。本日は慧様とご予定が一緒でしたがお戻りは一緒ではないのですね」
「ええ、まぁ……ちょっと私用があったもので……」
「そうでしたか……お夕飯は如何致しますか?」
「お腹すいていないので大丈夫です。部屋に戻ります」
会話を終わらせ自分の部屋に戻ろうとしたがそれは叶わなかった……
「澪!今までどこにいた!勝手な行動を許した覚えはないぞ!」
父さんが怒りを顕にしながらこちらに向かってきた。そしてその勢いのまま何の躊躇いもなく私の頬を殴りつけた。
「……っ!!」
一瞬意識が途切れ、何が起きたのか理解できなかったが少しずつ意識がはっきりしてくると状況がわかってきた。
殴られたと同時にその勢いを受け止めきれず、身体を壁に打ち付けたのだ。その時に頭も打ったのか立ち上がろうとするとクラクラした。
「いつお前に自由行動をしろと言った?お前は私の言うことだけを聞いていればいいんだ!せっかくこの家に置いてやってるというのに、恩を仇で返すとは……来いっ!」
「ま、まっ、て……く、ださ、い……」
「何、弱ってるフリをしてるんだ!早く立て!!」
父さんは私の状態など気にもしないのか腕を思いっきり引っ張り、無理矢理立ち上がらせた。まだ回復していないのに急にそんなことをすれば、しっかり立てるわけもなく引っ張られた勢いのまま、また倒れ込んでしまった。
「ったく!本当にのろいな!」
「も、もう……しわけ……」
早く立ち上がらなければと思うけれど身体が言うことを聞いてくれず、何とか時間をかけて立ち上がった。
それがいけなかったのか一気に意識が遠のき、身体は後ろへと倒れていく。
今度は床に打ち付けるのか……
と、頭のどこかで思ったが抵抗する力などなく、もうじきやってくる衝撃を覚悟した。
しかし、思っていた衝撃はかたい床にぶつかったものではなく暖かくて柔らかいものだった。
「……?」
こんなところにクッションや柔らかい素材のものは置いていなかったはずで、一体何にぶつかったのか分からなかったず、身体を起こそうとしたのだがそれは人の手らしきもので阻止された。
「バカか。起きないでそのまま寄りかかってろ」
聞こえた声はつい先程、挨拶を交わして別れた人物だった。
その人物がここにいることが信じられず思わず疑問をぶつけた。
「な……で、かぃ、ちょう……」
「お前が車の中に忘れ物をしていたから渡そうと思ったんだ。そしたら玄関越しでも分かるぐらい大きな音がして、鍵がまだかかってなかってみたいだから勝手に入らせてもらった」
いつもなら使用人が直ぐ鍵をかけるが、今日は父さんが来て直ぐこの状況になったからかけ忘れたのだろう……
気づいてくれて嬉しいと思う反面、こんな事、知られたくなかった。
「もぅ、しわ、け……」
「謝るな。お前は悪くない……謝るならあっちだ」
「なんだ、お前は!許可もなく人の家に立ち入るな!それにこれは私とこいつの問題だ。部外者が関わるな!」
私を庇う人間が出てきたことが不愉快でしかないのだろう。父さんを止めないと会長にまで手を挙げるかもしれない……
そう思い声を発しようとしたが、会長から溢れ出ている雰囲気に口を閉じざるを得なかった。
「確かに俺は部外者だがその部外者から見てもやりすぎなことは分かる。殴りつけた上にそれで頭を打った人間に無理強いをしていたんだ。一歩間違えば犯罪だぞ?」
普段、本気で怒るところを見たことがない会長が怒っている……
しかし、父さんはその会長の雰囲気に気づかないのかさらに言葉を続ける。
「ふんっ!こいつは私の息子だ。息子に教育をして何が悪い!」
「……『せっかくこの家に置いてやってるというのに、恩を仇で返すとは……』だったか?これのどこが息子に対する言葉なのか聞きたいな……」
「当たり前のことを言って何が悪い!……ったく。あいつが他所で作ってきたガキを仕方なく置いてやってるだけだというのに、なぜ私が悪者になるのか……」
会長が息を飲んだ。
そう……父さんとは一切、血が繋がっていない。
昔、母さんが一度だけ浮気をしたことがあり、その時に寝た男との間にできたのが私。
母さんは浮気で子どもを身篭ってしまったことを受け止めきれず、その状況がズルズルと長引いてしまい父さんが知った時には中絶するかしないかの判断をするギリギリのラインだったらしい。
しかし、子どもを中絶したという情報がどこから漏れて、それが『伽々里』の名に傷をつけるかもしれないとなった結果、産みはするが公には一切出さないと決めたらしい。
母さんは未だにあの時のことを人生において最大の汚点と捉えており、私の存在を認めていない。そのため話しかけることも話しかけられることもない。
小さい頃に父さんに言われた……『お前は存在してはいけない』のだと。
言葉の意味はわからなくても『愛されていない』というのは子どもでも分かった。
父さんにも母さんにも、兄さんたちにも誰にも『好き』だと言われたことがない。この家で私1人が異端の存在。
そう思うようになってからは何も期待しなくなった。自分から話しかけることもしなくなり、次第にこの家で言葉を出すということも諦めていた。
期待をしなければ裏切られることもない。それでいいんだ。今もこれからも……
だから……
「子どもを1人作ることの重要性をお前はわかっていないのか?世の中には子どもができずに苦しんでいる男女だっている。それなのに医療を生業にする家の人間がそんなことを言うなんて……」
だから会長が怒る必要なんてない……
「こいつは、澪はお前たちに何かしたのか?言葉で傷つけられ、拳で怪我をさせられたか?」
「何を言い出すんだ。そんなことあるわけないだろう」
「だったら!なぜ澪にこんな仕打ちをしている?こいつは痛くてもどれだけ傷ついても声も出さず、耐えてきたんだろう!?愛せないなら……愛してると言えないなら産むな!お前たちがやっていることは人として最低の行為だ……」