うぅ……眩しい、目の前に二人…白衣…? ―ッ!!頭が!痛い!「先生、意識が!」「目が覚めたようだね」「……って、あんたら誰だ!?ここはどこだ?!」「拙老は南木曽(ナギソ)、医者で彼女は助手、ここは病院だよ」拙老…聞き慣れない一人称と自分が病院にいるという事実は俺を困惑させた。俺は”しのれな”を探していた筈だ、それも師匠と一緒に。「そうだ、師匠は?」「師匠?誰のことかな」この二人は医者と助手でここは病院、徐々に冷静になり状況が理解できてきた。俺たちは因縁の相手に襲われたんだ。2004年9月―俺がまだこどもだった頃、凶悪な誘拐事件が発生した。被害者の名は、栢山和音。学校帰りの俺の姿は不運にも犯人の目に写ってしまった。俺は抵抗むなしく車に押し込まれ、そのまま郊外のプレハブ小屋に連れ去られた。丁度、士能達介が死亡した場所に似ているかもな。地獄のような日々の始まりだった。大人になってから知ったのだが、犯人の目的は所謂、金銭の要求ではなくこどもを甚振り自身は愉悦に浸るという最悪なものだったらしい。俺は毎日、必要最小限の食事を与えられ、それ以外の時間は腹を蹴られるなり、顔を殴られるなりしていた。どうしようもなかった。俺はそいつにたった一度だけ我が儘を言った。違う飲み物を飲みたいと。元々、用意されていたものは海外の安いジュースで甘すぎたんだ。せめてものお願いは聞き入れてもらえた。そうして奴が持って帰ってきたのは珈琲豆だった。奴は笑みを浮かべていた。幼い俺がその苦味に苦悶する表情を見て楽しむつもりだったんだろう。どこまでも最悪だ。蓄積した俺のストレスは限界に達し、危うく壊れてしまいそうだった。だがその日の晩、俺はあの人と出会う。「ようボウズ、よくここまで我慢したな。待たせちまってすまねぇ、もう大丈夫だ」俺の頭を撫でた彼の手はとても温かかった。彼はテーブルの上の珈琲豆を一粒、口に含んだ。「くそ不味いな、珈琲好きなんだがなぁ」その数分後、警察官が数名小屋内に突入し、犯人は逮捕された。実に13日間に及んだ壮絶な体験だった。その後、当時の俺は数日入院し、家族の支えのおかげでなんとか立ち直れた。もしあの時、師匠が助けに来てくれなければどうなっていただろう。まるで珈琲のように苦くもあり温かくもあった一日。成長した俺は珈琲を淹れる練習をした。そして……至高の一杯に辿り着いた時、師匠との再開を果たした。俺たちを攻撃してきたのはあの時の最悪野郎だった。「えと、それで?師匠というのは?」医者が喋った。「俺は師匠といる時に犯人に襲われたんだよ!師匠は俺のことを庇って……」「いや、君は一人だったそうだよ」「……そんな訳ない!」ついつい語気が荒くなってしまう。医者は宥めるように言った。「落ち着いて。病院では静かにしなさい、君の体のためにも今は安静にしていなさい」「安静になんて―」「君が目覚めたことを連絡したから明日、警察官が事情聴取に来る、気になることがあるのならその時に聞いてみるといい」何か言い返してやりたかったが、全身の疲労感に抗えず、俺はそのまま眠りについた。―翌朝、やって来た警察官の質問に答え終えて、師匠について尋ねた。「だから!俺は師匠と一緒に歩いていて、奴に襲われたんです!そうだ、防犯カメラに映ってる筈だ!」初老の警察官は訝しげな顔をした。「周囲の防犯カメラは確認しましたが、師匠?犯人は『復讐だぁ!』と叫んでから、バールで君に殴りかかっていました」「だから、そこで師匠が俺を庇って!」「映像では君はその攻撃を回避し、それから何もないところを見つめて”師匠”と呼んでいました、犯人はそれを見て困惑した様子でしたが改めて君を殴りつけたんです」「は?」「犯人は君のことを2、3回殴ってからバールを捨てて逃げ出しました。その後、妙な物音を聞きつけた近所の住人が地に伏した君を発見して救急に通報するまでの一連の流れは全てカメラに記録されています。つまりあの場には君、犯人、近所の住人の3人以外は誰もいなかったのです」「師匠は俺の目の前で死んだんだ……」「………………」静かな空間に嫌な空気が充満していくのを感じる。「あのう、後ろからいいかな?今までの話、全部聞かせてもらったんだけど」静寂を破ったのは医者だった。「その師匠ってさ、君の中だけの存在だったんじゃないかなぁ。ほら”イマジナリーフレンド”ってやつ?それか”妄想”か。壊れてしまいそうな自分を守る為に自分で作り出した存在……。いや、知り合いにそっち方面の専門家がいるもんだから」―嘘だ…!師匠……!! 次回 第6話「海猫相談所」
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