ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。追跡してきた賊を討伐したら、ワイアット公爵家の紋章入りの依頼状を持っていました。本来ならば策略の類いを警戒しますし、現に警戒していますが……ガウェイン辺境伯のお話を聞く限り偽物と断定するのが非常に難しいことも悩ましいことです。 取り敢えず証拠になりそうなものを回収してその場を離れることにしました。死体については処理せずに放置します。ナイトウルフの狩り場ですし、私達が離れたら勝手に処理してくれるでしょうからね。
ある程度町から離れたら、ベルに持たせていた照明弾を打ち上げました。万が一に備えて信号弾や照明弾の類いは常に持ち歩いていますからね。
証明弾を打ち上げて数分後、力強いエンジンの音が鳴り響きました。そしてライトを付けた車が私達の側で停止します。黄昏の工場で本格的に量産が開始された軍用車両、ジープです。野晒しの車内ではありますが、悪路をものともしない頑丈な作りが個人的に好ましく、専用の工場を更に建設中です。
工員については問題ありません。内戦が始まり、流民の数は急増していますからね。労働力を提供してくれるなら、手厚く迎えます。黄昏商会を通して奴隷もかき集めていますが。もちろん相応の報酬を支払いますし、奴隷身分からも解放します。強制されるより自主的に働いて貰った方が意欲も高いので。
「代表!遅くなりました!」
「問題はありませんよ。ちょっと面倒なことになりましたから、このまま町を離れます」
「はい!」
運転しているのはリナさんです。帝都での戦いで非常時の備えの少なさを痛感した私は、遠出の際は直ぐに動けるリナさん達猟兵を伴っています。今回はリナさん含めて四人が遠くで待機していて、距離も近いのでジープを一台持って来ました。直ぐに黄昏へ戻ることが出来ますし、なによりも馬より遥かに速いので。
ジープへ乗り込んだ私達はそのまま夜道を突き進みます。黄昏周辺のように舗装された道ではありませんが、それでもそれなりに整備されたが移動を移動するのは苦になりません。多少揺れますが。
「呆れたわ、南部閥には自浄能力が無いみたいね」
「理解に苦しみますが、自分達に火の粉が振りかからない以上見て見ぬふりをするのでしょう。日和見主義と言うか、事無かれ主義ですね」
「だが、そうなるとどれだけお坊っちゃんがやらかした証拠を集めても意味は無いんじゃないか?」
「だからこそ、辺境伯閣下は私を呼び寄せたのでしょう。内部から変わることが出来ない場合、外圧に頼るのが一番です」
「その外圧に私達がなるのかしら?」
「お母様、お忘れですか?ワイアット公爵家と婚約関係を結んでいる大貴族を思い出してください。あの頃から変わっていませんよ」
「確かフロウベル侯爵家だったかしら。あそこの一人娘と婚約関係だったわよね」
お母様は政にあまり関心を示しませんでしたが、それでも伯爵婦人としてそれなりに社交界へ顔を出していました。社交界は重要な情報が集まる場所ですので、出入りするだけで相応の情報が手に入ります。
当然ながら、私が幼い頃に決められた他所の婚約関係にも少しは詳しい様子。
「その関係は今でも続いています。フロウベル侯爵令嬢は聖女になりましたが、ワイアット公爵家は関係解消を行っていません」
東部閥に属する大貴族フロウベル侯爵家との婚約関係を利用すれば、南部閥に圧力を掛けることも容易い。マリアもあんなおバカさんの相手は嫌でしょうし、泣いて感謝してくるでしょう。タバスコぶっかけてやりますが。
尚、政から距離を置いて弱者救済に専念したいマリアからすればシャーリィの策略は完全な政治利用であり勘弁して貰いたい立場であるが、シャーリィからすれば知ったことではない。
「フロウベル侯爵令嬢を利用するつもりね?」
「数多の不祥事を引き起こし、門閥貴族達に不利益を与えたとなればワイアット公爵家の求心力は低下します。その為の策も用意しています」
既にマーサさんに依頼してワイアット公爵家からの物流を調べて貰っています。大量の食料を内戦中の北部閥、東部閥へ売り払っているのは分かっていますからね。ガウェイン辺境伯との会談で確信が持てました。
後は、ワイアット公爵家は北部閥へ肩入れしていると東部閥に思わせるように工作するだけです。
南部の物流は全てシェルドハーフェンを経由して行われますので、調査をするのも容易い。そして、裏工作を施すのも簡単です。サリアさん達海狼の牙のちょっとした援助があれば更に楽な仕事になります。今から楽しみですね。
「楽しそうね、シャーリィ」
「お嬢が楽しそうで何よりだ。今回お嬢の悪巧みの犠牲になるのは誰だろうな?」
楽しげなシャーリィを見つめつつ、彼女達は夜道を走る。
同時刻、黄昏にある領主の館では。
「こんな真夜中に来やがって。常識って言葉を知らねぇらしい」
不機嫌そうなカテリナと対面に座っているのは、白髪頭にコートを羽織った壮年の男性だった。彼の名はガザリアス=バロンマキシム。工業王ブース=ブラットマンの腹心であり、カテリナとは古い付き合いである。
「夜分であることは承知しているが、事は急を要するためやむを得んのだ。非礼は詫びさせて貰う」
「ふん。それで?」
「シスター、前置きは無しだ。直ぐに降伏してくれ。これまで暁はジャイアントキリングを成し遂げてきたが、今回ばかりは相手が悪い。我々は近代装備を持っているし、数も多い。ブラットマン閣下は寛大にも暁幹部全員に相応のポストを用意した」
「それはまた親切なことで。私達の処遇は分かりましたが、シャーリィは?」
「閣下の側仕えとして召し抱える予定だ。悪い話ではないぞ。上手くいけば閣下の婦人として権勢を振るうことも出来るし、世継ぎが生まれれば立場も磐石だ。なにより、平穏無事な生活を送れるだろう」
ガザリアスの提案を受けて、カテリナは冷めた目付きで彼を見つめる。
「シャーリィをあの豚野郎の側に?ふざけたことを言いますね、ガザリアス。喧嘩を売りに来たのか?」
「その様はつもりはない。双方血を流さぬ道を示しているだけだ」
「なら答えは簡単ですよ。ガザリアス、生きていればまた会いましょう。その時にはみっともなく命乞いをしているでしょうから、今から楽しみだ」
カテリナはそのままガザリアスを追い出し、酒を飲もうとして禁酒の約束を思い出し、タバコに火をつけた。
「シャーリィには……伝えなくて良いか。あの娘は変に義理堅いから、私の知り合いが居ると知れば手を抜くかもしれませんし」
バルコニーから夜空を見上げつつ、愛娘の帰りを待つのだった。
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