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綴られた文字を静かに咀嚼して、夜も眠らずに黎明を迎える。薄青空には紫雲が靡き、太陽の輝きを巻いて静かに踊る。そんな天の舞踊に一種の安堵感を抱いて、ボニファーツは仕事用の万年筆を握った。持ち手には金が含まれ、中々の重さがある。すぅと隣に動かすと墨が出て英字のAが書かれた。新聞でも見ない美しい形。其の儘、北國に送り届ける作戦書類を完成させている最中、真夜中の事を思い出した。 突然、サーフィーが出航前にエヴァンの顔を見たいと言い出し、部屋へと自ら出向いたのだ。軍服の金釦を全て留めて、裾を揺らしながら部屋へと忍び込むと冷蔵庫に果実を詰め合わせて付箋紙を机に貼り付けた。全身を伸ばして眠るエヴァンの手を握り締めると、名残惜しむ間も無く艦艇へと急ぐ。そして、兄弟への別れでも交わすかの様に、ただ優しい眼で見ていた。其の眼の焔は死に対する覚悟ではなく、必ず生き延びるという決意の様に見える。ボニファーツが隣を歩きながら「叩き起こして、彼と握手でもすれば良かったのに」と残念そうにした。サーフィーは眉を吊り上げて、「握手なんてしたら戦場に行けなくなるし、司令執ってる間に淋しくて泣いてしまう」と俯く。興味の無い青豹は欠伸して、曖昧な相槌を打った。其の刹那、海豚の老媼から情報の通達があり、直ぐに出航する事となった。本部待機する軍獣達が制服を纏ったままズラリと整列し、敬礼で送る。ボニファーツも静かに敬礼をして見送った。堂々と艦艇へ向かう背を眺めて、消えたかと思えば白波を立てて水飛沫を撒き散らしながら艦艇は進んで行った。そして徐々に北西へ方向を変えて作戦通りの動きを開始した。
見送りの後、司令室を覗きに向かう。真ん中に腰を沈めた陸軍大将の一角獣《ユニコーン》が山羊髭を撫でながら全体の指揮を執っていた。背後から忍び寄り、電脳に映し出された映像を見ていると、大将はクルリと振り返って既に別基地の獣だけで西部を鎮圧したと報告した。無論、総帥である此の青豹は全軍の全体的な司令を執るのが正常であるが、大将や幹部に作戦を全面的に任せている。其れは州の会議などで多忙な故の判断であった。
資料がもう少しで終わるという最中に、聞き覚えのある重々しい足音が響く。潮の匂いと獣とは思えない影に唖然としながら、騒々しい扉の向こうを覗き込む。其処には古き友が居た。後頭の鰭を金属板で立てた鯱である。グルグルと周囲を見廻り、部屋が分からないのか番号を何度も見合わせていた。そんな彼を見て、扉の隙間から手を伸ばして招く。
「ディアーノ、僕なら此処だよ」
巨体は小さい歓声を上げてドタドタと扉へと突進した。首裏にある刺青は二筋の赤波で日に日に伸ばしている。何センチ伸びたのだろうかと考えていると、熱い抱擁を受けた。滑らかな肌に染み付いた海潮の香りが鼻を突く。全身に油を塗っているのか、撫でると滑った。暫くは互いの体温を感じていたが、ゆっくりと両腕を離すと椅子に腰掛ける様に手で示した。そしてディアーノは尾鰭を沈めて股を開いたままドスンと座り込み、背広を脱いで黒服姿になった。一方で、ボニファーツが尻尾をクネクネしながら紅茶を淹れようと動くと、ディアーノは肥えた白い下顎を下げて、大きく口を開ける。曲がった牙が文句を言いたそうに覗く。
「げぇっ、其れ不味いんだよ。俺は角砂糖を限界まで突っ込んだ珈琲が欲しいのに」
「はあ、なら砂糖の塊でも呑めば良い」
棚から角砂糖の敷き詰められた瓶を掴み出して、蓋を開ける。そして一つ摘みして洋盃から溢れるまで詰めた。そして偶然沸かしていた珈琲を注ぎ込むと、あっという間に角砂糖は崩れて、珈琲の熱と共に溶け込む。抱き締め合う様に絡まると、さぁと跡形も無く角砂糖が消えた。持ち手に指を通してクルリと回すと、奥底に薄ら溜まっている。ディアーノが巨体を持ち上げて背後から眼を輝かせていた。
「おお、馬鹿みたいに詰めてたのに全部溶けてる」
「呑んで良いよ」洋盃を口許に運ばせる。
「あちちっ、馬鹿、海獣に熱々の珈琲呑ませる気か。でも、呑んでやろう」
大袈裟に火傷をした振りをしつつ、珈琲とも呼べない砂糖液を呑み込む。ボニファーツは手を組んで紅茶を前に深刻そうな顔をした。
「此の儘だと糖尿病になるかもしれない」
真剣な忠告に愕然としたが、忽ち「そんな、大袈裟な」と空になった洋盃を置いて豪傑笑いした。ボニファーツは紅茶にアーモンドミルクを注ぎ込んで、表情を曇らせる。
「大袈裟じゃない。昔から心配なんだよ。魚に黒砂糖を塗って食べた事もあったな。味覚障害も懸念している」
味覚障害という言葉に首を傾げながらも、眼の前にある光景にディアーノは先刻よりも顔を顰めた。
「お互い様じゃないか。そんな酷い飲み物、此の世に無い」
「別にママの乳でも良いんだよ。所で、用事は何?」
「まあ、色々あるんだけども。まずはシデーロステアという軍事企業を買収した」
証拠の紙を丁寧に机に置く。特に大袈裟な驚愕は起こらなかった。ただ、ゆっくりと頷いて瞼の奥からは哀愁を香らせている。
「……うん、知ってるよ」
怯え気味の猫は態と冷然として、外方を向いた。沈黙が流れるかと思えば、代わりに鯨科特有の鳴き声が炸裂した。ミャイイと笑鳴を響かせ、牙を剥き出し、額のメロンに手を当てた。
「何だ、青褪めて! 青毛を超えて黒くなってるじゃないか。黒豹になるのか?」
まだ笑いは治らない。腹を抱えて地面に全身を打ちつけるのではないかと不安になる程、天を仰いで大きく口を開けていた。喉の奥までよく見える。ボニファーツは服の襟をパタパタと揺らして涼みつつ、フゥと深く息を吐いた。
「いいや、別に。うちで採用してる軍事企業買い取って兵器売り捌きたいのはよく分かるけど、何時も背後に居るみたいで気持ち悪いから不快なだけ」
売り捌く、という言葉にディアーノは表情を明るくした。黒肌に浮き出ているアイパッチの真下に居るであろう黄金の眼が煌めく。煌めきは純金よりも澄んで、喜びの色を増していた。
「よーく分かってるな。其方さんは毎日の様に戦場に向かってるから山の様に売れるわけよ。もっと戦争の範囲が広くなれば他國にも売りつけられるぞ」
儲けだけに思考を奪われた哀れな鯱は、鰭手を組み合わせて計画が上手く行ったと冬空に似た冷酷な笑みが隠せない。其の反面、ボニファーツは自身の斑点模様を指先で辿りながら言葉を吐き捨てた。
「利点の無い話は嫌いだし、僕は平和主義なんだよ」
「平和主義? 冗談だろ?」
流石に口角が引き攣る。悍ましい怪物でも見る様な眼に豹変して、兎に角距離を取ろうと位置をずらした。怪物は脚を組んで両手を広げる。
「僕は皆がニコニコと笑って暮らせて、國同士も上手く交流できて得るものがあるなら全然良い。戦争なんて醜い事、僕はしたくないよ。僕も、エヴァン君も、君も戦争を経験してるから分かる筈だ。名誉も何もかも失ったろう」
「海洋のど真ん中に居たんだから知るもんか。唯一見てきたものなら、餌の争奪戦か縄張り争いだ」
溜息を吐いて体を縮こませた。
「でも、変だな。そんなに平和主義者なら何故政府に関与しようとする? 今は平和だし、やる事もないだろう。此の國は軍事政権じゃなくて立憲君主制だ。議会の大半がヒラール軍だって噂毎日の様に聞くぞ」
「誰がそんな面倒な事をする? 軍事関係以外のことで関与なんてしてないよ。でも、少しは助言しないと國が壊れちゃうから、其れはしている」
ボニファーツは困った表情をして笑った。そして口許を押さえ「過激な陰謀論に触れるのも大概にしてね」と付け加えて椅子の背に凭れ掛かる。然し瞳孔は大きく丸くなり、心の奥底を覗く様にディアーノを捉えている。眸が多方面から突き刺してくる。彼は大きく身を捩ってみると話を逸らして鞄を置いた。
「ま、変な話は止して、疲労に悩まされる子猫ちゃんには同族を差し上げよう」
鞄を開けると、液体に似た柔らかい物体が飛び出してきた。透き通った透明だが薄毛が生えている。其れは触れば中身は水なのかブヨブヨとしていて、大きな眼と縦に耳が生えた猫の形をした何かだった。口は小さくあるが機能していないらしい。生物とも呼ばない其れは足もなく、首だけを擡げて液体の様な身体を揺らしている。
「何だ? 此の液体生物は」
「新しい生物兵器の開発で失敗したらしい。何をモデルにしたか分からないが水猫っていう名前だ。本来は、此の液体と反応させて大規模に爆破させるものらしい。色が変化して擬態も出来るし、形も平らになったりで変わるから良いんだと。でも此の駄作、攻撃も出来ないし踏み潰しても弾力があるだけだ。ま、疲労が溜まる総帥殿にとっておきだろ」
水猫の皮膚を摘んで伸ばす。鰭手を離して戻すと水だからか身体が揺れて広がった。破れていないかとボニファーツが急いで抱えると中身が完全に液体なだけで破れてはいない。安堵してひんやりとした身体に顔を沈めた。
「ふぅん。こんなに可愛い猫を殺戮道具にするなんて、脳味噌に海水でも詰めてるのかな? 殺獣行為だ」
水猫を両端から引っ張り、顔に当てて言う。機能していない口が力無く開いた。耳は言葉に反応してピクピクと揺れている。
「はあん、革靴にされた天国で兄貴もそう言ってると思う」
漸く、柔らかかった空間にヒビが入った。割れ眼から音を立てて崩れ落ちてゆく。破片が胸に刺さって、ジリジリと痛む。青豹は一瞬真顔になって、すぐ真夏の空に似た笑みを貼り付けた。
「かもね。それで、つまり君は僕を心配して来てくれたって事かな? なら一つ助言してあげよう。買収するなら兵器より医療機器、医薬品の企業だよ」
悪戯っぽく口角を吊る。黄金の牙がそっと下の上から飛び出す。ディアーノは顎下に手を当てて天を見上げた。黒白の図体と鰭が大きく動く。
「エヴァン一頭で売り上げが変わるかねえ?」
「賭けてみると良い。僕の勘は意外と当たるよ」
紅茶で唇を濡らした。水猫を膝上に乗せて窓の外を眺めていると、黒い煙が濛々と立ち上っている。何を燃やしているのだろうか、と考えているうちにディアーノは相槌を打って、荷物を纏めた。
「賭けてみよう。金は腐る程あるから」
「宜しく頼むよ。……あ、君に一つ土産がある」
軽い足取りで水猫を抱えたまま冷蔵庫の扉を開く。冷風が身を舐めて、色がある癖に殺風景に思える中身は薄暗く、肉ばかりが整頓されて置かれている。其処から透明の圧縮された袋を取り出した。中には巨大な舌が刻まれている。其れは最早、紅でもなく黒い塊だった。
「鯨か」ポンと膝を叩く。
「好きだったろう?」
鯨の舌をほいと投げた。ディアーノが背を低くして受け取る。凍りついた袋がヒヤリと鰭手を冷やした。
「大好きだよ、其れ。でも一体何処で仕入れたんだ?」
厚さを見てパァッと弾けて忘我混沌の喜びを体現した。観察をしながら過去最高の高級品じゃないかと微笑む。
「秘密。こんな可愛い子を貰ったんだから当然だ。いっぱい食べてくれ」
ディアーノは先刻まで水猫を入れていた鞄に嬉々として鯨の舌を詰め込んだ。今でも喜びの色は褪せない。黒い体に彩りの艶を纏って、鰭手を振り回した。
「ありがとう。早速帰って解凍してみよう。じゃあ、健闘を祈る」ビシッと海軍式の敬礼をする。ボニファーツは陸軍式の敬礼を返した。
「ヨルガン戦争が終わったら混合酒でも飲もう」
「……そうしよう」
扉がパタンと空気を叩いた様な音を立てて閉まる。シーンとした部屋に、奥の部屋からの司令の声が響く。騒めきも水に流された様に消え失せて先刻の時間も記憶から徐々に切り離された。何も居なかったみたいだ、と取り残された青豹は思いながら部屋を出る。司令室までの道のりは、遠く無かった。
♪♪♪
サーフィーは迷う事なく、白銀に染まる指揮艦の中で通信した。
「陣形」
陣形の周りを援護のPLAの海軍が包囲する。八方包囲という短時間で円型に敵を包囲する伝統的な技だった。艦艇を幾つも抱く海は水飛沫を浮かべ、曇り空と同色に染まっている。ゴオオオと耳を劈くような音が重なるが、サーフィーは既に慣れていた。ヨルガン海軍は吃驚したのか攻撃を停止し、急に道を開けた。カポン海軍も同じく攻撃を止める。赤い爆弾が踊り狂っていた海は嘘の様に静まった。抵抗する気は一切無いらしい。
「青玉、両國の大将は相当思想が強いぞ。共産主義の最先端だ。今から停戦合意の会談をさせても喧嘩になる予感しかしない」
藍玉が呆れて言う。
「其れを仲介するのが今回の役目でしょ。……全艦、会談場所の確保。但し交渉航の通路は開けよ。代表を指定し、〇五〇〇に会談の有無を返答せよ」
短距離音声で伝える。暫くするとカポンからは了解の合図が送られた。然し、ヨルガンからは何の返答も無く、突然爆音と共に火花が散った。そして別の陣形に変形し、藍玉は艦艇の破片が散った海を愕然として見る。サーフィーは冷や汗も流さずさっと通信した。攻撃は止まない。炸裂する煙と紅。黒い塊が垂直に堕ちてくる。
「攻撃元はヨルガン海軍トロイ型駆逐艦である。此れを優先標的とし各自防御体制を取れ。対空ミサイルで迎撃」
「了解」
カポンが隙を見てヒラールに攻撃しようとすると、其の一瞬の間を見失う事なく付近の艦艇が攻撃準備をした。仕掛けることは無いが、其方が其の気なら直ぐにでもミサイルを放つぞという圧を掛けていた。此の刹那の間に、海洋は緊迫感に包まれる。鉄の塊は空へと飛び、標的へと墜ちてゆく。爆破、破滅を繰り返して沈む。心無しか、自分達のしていることが分からなくなった。何が正解なのかも分からず、攻撃を仕掛ける。獣の命を奪う。奪っているが、其れが正解だとは誰も思わない。ただ、居るわけのない架空の指導者を思い浮かべて責任を押し付けて戦争をしている。サーフィーは猛禽特有の手を机に置いて、冷徹に居た。色素の薄い毛を靡かせて、竜特有の力強い口吻を突き出したまま頭をグルングルンと働かせる。脳神経一本一本が燃える様に、熱い。憤怒か、哀か。其れすらも分からぬ程に心臓が煩い。
「応答無し。『ヨルガン軍からの一方的攻撃を受け其れに反撃』の趣旨を本部に報告。映像の送付準備を最優先せよ」
「了解。直ちに準備す」
途切れ途切れの応答が返ってくる。大きく揺れる司令艦の中でサーフィーは額に手を当てた。
「……攻撃される事は読み通りだが、ヨルガンから来るとは」
溜息混じりに言い放つ。藍玉も隣で怪訝な顔をした。鯨に似た喉を撫でて原因を考える。背後から深海鮫が近寄って小声で囁いた。
「調査部によるとヨルガン軍は我々がカポン軍の味方であり、ヨルガン軍の味方の振りをしている敵だと認識している様で……」
深刻な勘違いに巻き込まれているらしい。サーフィーは羽毛と髪をわしゃわしゃとして顔を歪める。何故、という疑問だけが頭にこびり着く。
「はあ、誤解を解こう。本部は?」
文字を書いているのか、机を指の腹でなぞる。鮫は粉々に砕いた硝子の如く顔が冷め、腹を震わせて居た。恐ろしさを感じる筈である牙も使い物になっておらず、ただ死への恐怖に立つ事も難しかった。
「く、三日月様が最高指導者達と、で、電話会談をしているそうです」激しい眼眩に崩れ落ちそうになる。
「出来る限り大規模な攻撃は避けて、あくまで自衛をしよう。此処で争っても何も生まれない。仲介役で居るんだから」
絶え間ない司令の合間に、微笑みを浮かべて返す。唖然としている鮫は頭から尾鰭まで絶望の色に染まり、壊れた縫いぐるみの様に動かなかった。藍玉が腹を蹴ろうと脚を動かしていると、サーフィーが眼線を合わせて命令する。
「諦めたり、絶望しないで」
「……は、はい」
濡れた鮫が少し上を向く。左手で頭を撫でて、また明瞭な声で司令した。軍獣は反って伸びる力強い角を背後から眺める。
「良し。作戦は敢えて此の儘で行こう! 隙を作るな。我々の艦は平和と名誉を乗せている。戦場でも紳士で居る事を忘れるな。ヒラールだからと言って手を出してはならないよ!」
「了解」
陣形を作っている艦艇がぐるっと変形してゆく。壁を作り、攻撃を避けて。三日月と月桂樹の旗が靡いて波に反した。ゴオオオという相変わらずの機械音と波の音。何かがおかしいと勘付いて命令をしようと口を開くと、トロイ型駆逐艦、白い化け物が音を立てて近づいてくる。
「おい、動きが変じゃ無いか?」
藍玉が身構えて、体制を整える様に指示する。止まれと命令していると、突然グラリと大きく傾いて、破片を全面に散らし崩壊した。ヨルガンの別艦艇が距離を取ろうとしたが、また傾いて墜ちてゆく。ザアアアと鯨でも叩きつけられたかの様に水飛沫を上げて沈み、破片や獣だけが浮かび上がる。何より眼を細めて見ると、焔が立ち上って破裂していた。恐怖と混乱に陥る中、「冷静になれ。救助を要請し、此方からも救命ボートを出す」と落ち着いて言う。火傷で爛れた獣と、大将らしき海竜が燃えて海に浮かんでいる。黒焦げになった鳥らしき物体も、細長くなって塵の如く揺れて居た。
「PLAの部隊が生身で飛び込んでいる。……救命だ。原因の特定を急げ。此方もだ。早急に!」
そう叫ぶと海へ海へと獣達が潜っていった。鯱から鯨、海竜に海馬。熊から魚まで数々が行く。生き残った黒焦げ獣を乗せて進み、カポンも遺体回収や溺れている獣の救助をした。次は出ない声を絞り出して鮫が報告をする。
「陸上暗殺科任務完了との連絡です。陸軍は暫くして撤退するかと」
「……了解。つまり、此れは暗殺科の仕業じゃないんだ?」
血相を変えて眼の奥を睨んだ。怒りと焦燥を混ぜた嫌な塊が喉に込み上げてくる。胸全体に砂を混ぜた様な厭な感じがへばりついて離れない。状況に得体の知れぬ気持ち悪さ、嫌悪感を感じずには居られなかった。鮫も怯えを隠して、鰓を動かしゆっくりと口を動かす。
「恐らく、PLAか東國の暗殺科かと思われます。然し、此処まで大規模にする必要は無い筈です。三日月様からの連絡も特に無く、詳しい原因は不明としか言えません」
溜息の音すら鳴らない。ただ声だけが静まる司令艦に響く。海ではヒラール、カポン、PLAが負傷兵をボートに乗せて運んでいた。荒い波に逆らい、水飛沫を浴びても諦めずに訓練通り泳ぐ。呼び掛けも忘れずに艦艇へと連れて行くと、数分もせずに全員運ばれた。特殊隊の訓練が役に立った、と全員が痛感しただろう。
「停戦だ。此処から一番近い、兄の居る別基地へ輸送しよう。何が起こるか分からない為、司令艦と幾つかの艦艇は一旦残る」
「了解。カポン側も負傷兵最優先との事です」
「分かった」
今頃、基地で忙しく治療をしている兄の姿を瞼裏に浮かべて下唇を噛む。地団駄を踏んで「クソ、何で」と叫びたくもなったが、深く息を吸って呼吸を整えた。
冷徹そうな顔には名誉の為でも無く、勝利の色も無く、ただ一欠片の愛國心がある。純粋で、そして澄み切った愛。全ての國に対する敬意が見て分かる。守りたい、傷ついて欲しくないという信念がたった一欠片に込められていた。