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富来 えび
302
富来 えび
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ーーーーーー
北条氏康は小田原城内に広げた地図を睨みながら、夜襲の手順を確認していた。
「では、綱成はここからこう来てくれ。
小太郎は敵陣へ入り、大将の成田長泰を隙を見て狙え」
「心得たぜ、義兄者!!」
北条綱成は槍を肩に担ぎ、いつもの調子で笑う。
その横で風魔小太郎も静かに頷いた。
「承知した……」
「むう……」
北条幻庵は地図を眺めながら、大きな欠伸を漏らす。
「ふぁわっ……上手くいくと良いがのぉ……」
その様子を見ながら、多目元忠は妙な胸騒ぎを覚えていた。
「…………」
(何故だ……。 酷く嫌な予感がする……)
一方、北条氏政は黙ったまま地図を見つめていた。
(僕が送った返書のせいで……みんな苦しんでいる……)
(僕も……そろそろ覚悟を決めないと駄目なのか……)
普段とは明らかに違う氏政の表情。
それを多目元忠は見逃さなかった。
(むっ……若……。
いつもとは違う顔をしておられる……)
(いったい、何を考えている……?)
ーーーーーー
一方その頃。
成田の陣では、成田長泰が伝令から報告を受けていた。
「つまり……わしが確実に狙われる。
そういう読みなのだな?」
「はっ……」
「そうか……。 では、方円殿は?」
伝令兵は周囲を確認してから、小声で答える。
「ご安心くだされ。
分かっていて味方を見捨てるほど、あのお方は愚かではありませんよ」
長泰は静かに頷いた。
「……そうだな。 報告、大義であった」
「はっ。では、失礼いたしまする」
伝令兵が去っていく。
長泰は夜空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「さて……北条はどう出るかのぉ」
ーーーーーー
関東某所――。
里見義堯は、先日の川越城での出来事を思い出していた。
「むむう……結局、ネズミの駆除はしなかったではないか。
憲政様は何を考えておられるのじゃ……」
すると傍にいた里見兵が、おずおずと口を挟む。
「殿……それ、ネズミとは言っておりますが……。
もしかして、忍びのことでは?」
「…………なに?」
義堯の顔が固まる。
(なっ……。
わしとしたことが……。
とんでもないことをしでかしてしまった……)
しばらく沈黙した後――
「……酒を持ってきてくれ。
飲まずにやっておられるか!」
「おおっ! 宴ですな!」
「酒だ酒だー!」
「ははははは!」
里見勢の一角で、なぜか小さな宴が始まった。
ーーーーーー
その頃、北条軍は夜の闇に紛れ、ひっそりと小田原城を出陣していた。
「…………」
「なあ……」
「シ━━━ッ!」
「……おぅ……」
静かにしようとしているのだが、逆に妙に緊張感が漂っている。
その一方――。
風魔小太郎は先行し、闇の中を音もなく駆け抜けていた。
ササササササッ……
(むう……ここか)
地図を広げ、周囲を確認する。
(ここ……それから、ここ……)
印をつけていく。
ササササササ……
(そして、ここが成田の本陣)
視線の先には、眠りにつく成田長泰の姿。
「…………」
(長泰は眠っているな)
(なるほど……。
昼と夜で兵を分けていたのか)
(徹底して嫌がらせをしていたということか……)
周囲を見回す。
(警備の兵は……ここと、ここ)
(まあまあいるが……やはり大半は寝ている)
(よし……一旦戻るか)
ドロンッ――。
小太郎が闇へ消える。
だが、その少し離れた場所。
「…………」
成田の密偵が、その様子をじっと見ていた。
「むっ……。
殿の言った通りであったな」
密偵は静かに成田長泰のもとへ戻る。
「殿……トントン」
「むっ……どうした?」
「小声で失礼いたします。
多分……そろそろ来ますよ」
長泰はすぐに意味を察した。
「そうか……。
ならば、悟られぬよう他の兵も起こしに行ってくれ」
「はっ!」
ーーーーーー
一方、海上。
佐竹義重は船の上で暇そうに海を眺めていた。
「……暇だなー」
しばらく考えた後、にやりと笑う。
「ちょっと嫌がらせしに行くか」
「そうですな」
佐竹兵たちも小声で応じる。
「弓隊、あそこへ向けて放てー!」
シュンシュンシュン――。
小田原城に残っていた北条兵が騒ぎ出す。
「うわっ!」
「ひいっ!
こんなところまで矢が!?」
城内では北条幻庵が外を見ながら眉をひそめた。
「むう……この闇の中で打ってくるとは。
かなり近いところにおるな……」
「こちらもお返しで矢を放て!」
しゅんしゅんしゅん――。
海上。
「ふう……打った瞬間に下がっていて良かったな」
佐竹兵が振り返る。
「ええ。
さっきまで我らがいた場所に、矢が降り注いでおります」
「嫌がらせはここまでだな」
義重は笑った。
「また、お互い見合うとするか」
ーーーーーー
そして――。
「そうか。 成田の奴は寝ていたか」
綱成が小太郎の報告を聞いて頷く。
「間違いねえ。 俺がしっかり確認した」
「では、そろそろ攻めるぞ」
綱成は槍を構えた。
「睡眠妨害してきたこと……後悔させてやれ!」
「おおおおおお!!!」
北条兵たちは声を押し殺しながら、一気に成田の陣へ雪崩れ込む。
しかし――。
「…………」
成田兵たちは、なぜか全員こちらを見ていた。
「…………」
「…………」
「……え?」
綱成が固まる。
「おいおい……笑」
横の小太郎を見る。
「寝てたんじゃなかったのか、小太郎……?」
「馬鹿な……」
小太郎も目を見開く。
「さっきまで確かに……」
だが綱成はすぐに槍を構え直した。
「まあいいや。
全員ぶっ倒せばいいだけだ!」
「押し出せぇぇぇ!!!」
「おおおおおおおお!!!」
キンッ!
カキン!
キンキンッ!
北条兵と成田兵が激しくぶつかり合う。
「ぐぬぬ……!」
「うぐぐぐ……!」
成田兵たちは必死に食らいつく。
「地黄 八幡の正規兵……さすがに強い……!」
その中を綱成が豪快に駆け抜ける。
「勝った勝ったぁ!」
槍を振り回し、次々と敵を押し倒していく。
「ぐふっ……殿……!」
別の場所では、小太郎が音もなく敵の背後へ回り込んだ。
「…………」
クナイが閃く。
グサッ――。
「ぐっ……!」
「…………」
成田長泰は槍を構えながら、迫り来る北条軍を睨む。
「むう……。
やはり陸の北条綱成……強敵じゃ」
そして闇の中に潜む気配。
「しかも……影の小太郎までおるとは……」
成田兵が必死に叫ぶ。
「まずいですよ成田様!
我らでは止めきれません!
数が違いすぎます!」
「奮起せよ!!」
長泰は槍を振るいながら叫んだ。
「勝機は必ず訪れる!」
その瞬間――。
「むっ!」
背後に槍を向ける。
「ぐっ……!」
風魔小太郎が間一髪で身を引いた。
「勘づかれたか……」
「ならば……先に別の兵を片付ける」
成田勢は善戦していた。
だが、少しずつ押され始める。
「まずい……このままでは……」
綱成が長泰へ向かって進む。
「ふっ……長泰だな」
槍を構え、笑う。
「その首……置いていってもらおうか♪」
しかし――。
「うおおおおおおおお!!!」
遠くから大勢の兵の声が響いた。
「なんの声だ!?」
北条兵が振り返る。
「やばい! 武田の旗だ!」
「挟み込まれたぞ!?」
長泰はほっと息を吐いた。
(ふう……危なかった……)
そして槍を掲げる。
「皆の者! 援軍が来たぞ!!!」
「一気に反撃だ!!!」
「おおおおおおお!!!」
成田兵が一斉に奮起する。
だが綱成はむしろ笑った。
「ふふふ……。
むしろ、まとめて片付ける好機じゃねえか!」
「勝った勝ったぁぁぁ!!!」
槍を振り回し、次々と敵を薙ぎ払う。
小太郎も援軍を気にすることなく、目の前の敵を仕留めていく。
その後方から、元山賊の頭が声を張り上げた。
「へへへ! おめえら、一気にかかれ!」
「鉄砲隊! 一気に放てぇぇぇ!!!」
「おう!」
バババババババババン!!!
北条兵が次々と倒れていく。
「ぐぶっ……!」
「うわっ……!」
「いてえよ……腕が……」
「かあさん……」
戦場を駆ける方円は、采配を振るいながら次々と指示を飛ばしていた。
「左手を厚く!
敵を逃がさないように!」
その姿を見た綱成が、ふと目を留める。
「むっ……あの女は……」
しかし――。
「おっと! 勝った勝った!」
その瞬間、小太郎の視線も方円へ向いた。
「……!」
「方円殿……!」
握った拳に力が入る。
「同士の仇だ。
ここで会ったが百年目……覚悟しろ!」
小太郎が一気に飛びかかる。
「くっ……!」
方円は正蛇の槍を構え、間一髪で受け止めた。
ガキィンッ!
「……なんて力なの……」
正蛇の槍で何とか押し返そうとしながら、
方円は小さく笑う。
「さすが……頭も筋肉でできているだけあるわね」
「ぐぬぬぬ……!」
小太郎がさらに力を込める。
「まだ煽る余裕があるようだな、貴様!」
ぐっ――!
方円の身体が少し後ろへ押される。
「きゃっ……怖いわ」
そう言いながら、ちらちらと小太郎を見る。
「…………」
「……その程度の振りでは俺には効かん!」
「覚悟しろ!!」
ーーーーーー
その頃、綱成は戦場全体を見渡していた。
「むっ……」
敵の援軍が増え、いつの間にか北条勢が防戦一方になっている。
(このまま続ければ、こっちの兵まで大量に死ぬ)
綱成はすぐに判断した。
「……全員、引けぇぇぇ!!!」
「成田の兵は大勢倒した!
十分だーーー!」
「なっ……!」
小太郎が振り返る。
「綱成殿……!」
だが撤退命令は変わらない。
方円は槍を構えたまま、ふっと笑った。
「あら……撤退命令が出ていますわ」
「さっさと下がってはいかがです?」
「怖いですわ……そんなに睨まないでくださいませ」
「…………」
その時、風魔の忍びが小太郎へ声をかけた。
「兄貴……気持ちは分かりますが、下がりましょう」
小太郎は歯を食いしばる。
「くっ……」
「実力では俺の方が上手だというに……!」
そして舌打ち。
「……ちっ」
ドロンッ――。
小太郎は闇の中へ消えていった。
成田長泰は槍を下ろし、大きく息を吐く。
「…………危のうございました」
方円へ向き直る。
「方円殿、助けていただき感謝いたします」
方円は静かに首を振った。
「援軍が遅れて申し訳ございません」
「岩殿からは山を越えなくてはなりませんから……少し遅れてしまいました」
そして安堵したように微笑む。
「間に合って……本当に良かった……」
ーーーーーー
小田原城――。
「なにっ……武田の援軍が!?」
報告を聞いた氏康が目を見開く。
綱成は胸を張った。
「義兄者。
でも、成田の兵はかなりぶっ倒したぜ」
多目元忠は、静かに目を伏せる。
「……胸騒ぎは、これであったか」
幻庵が口を開く。
「だが、これで嫌がらせはしにくくなろう」
「よくやってくれた。
お主が素早く下がる判断をしたおかげで、
こちらの損害もそこまで大きくはない」
「そうですな……」
氏康は綱成を見て微笑む。
「ありがとう、綱成。
お前は自慢の義弟だ」
「へへっ……」
その横で、氏政は黙っていた。
「…………」
その様子を、多目元忠がちらりと見る。
(やはり……若の様子がおかしい……)
ーーーーーー
その頃、長野業正のもとにも報告が届いていた。
「なにっ……成田殿がかなりの損害を!?」
「はっ。
襲撃そのものは予想されておりましたが……」
伝令兵は続ける。
「やはり地黄 八幡の兵は強く……。
しかも北条側の下がる判断も早かったため、
援軍到着後も大きな損害を与えることはできなかった模様です」
「そうか……」
業正はしばし考える。
「ならば……成田殿がやっていた嫌がらせは、代わりにわしらでやるとするかのぉ」
「鉄砲をいくつか譲っていただけないか、聞いてきてくれ」
「承知いたしました!」
「では、失礼いたしまする!」
伝令兵は急いで駆けていった。
ーーーーーー
数日後。
小田原城、丑三つ時――。
バババババババババン!!!
「くっ……!」
多目元忠が飛び起きる。
「どういうことだ!?
たしかに成田には損害を与えたというのに……!」
幻庵も外を睨む。
「音がする場所が違う……」
そして、すぐに察した。
「さては……引き継いだな!!」
「くっ……!」
氏康も頭を抱える。
「おそらく……業正ですな」
「くっ……!」
その時、氏政が静かに立ち上がった。
「…………すいません」
「今日は……寝ますね」
「若……?」
多目元忠が振り返る。
「どうしたのだ……?」
綱成も首を傾げる。
「若、どうしたんだ?」
だが氏政はそのまま部屋を出ていく。
「…………」
その背中を小太郎がじっと見つめていた。
(…………)
(まさか……若……!)
小太郎は立ち上がる。
「申し訳ございません……」
「俺も少し、失礼します」
ドロンッ――。
「小太郎……?」
多目元忠は怪訝そうな顔をする。
「何か焦っておったな……」
「どうしたというのか……」
胸騒ぎは、まだ消えない。
「…………」
一方、氏康は大きな欠伸をする。
「流石に疲れたから寝るのであろうな……」
「ふぁわ……わしも寝る……」
「…………」
多目元忠の眉がピクリと動く。
「殿……💢」
「えええ……寝ればいいじゃないか」
氏康はその場にごろんと横になる。
「ほら、こうやって横になって……」
「…………」
「ぐうぐう……」
「…………」
「おおう……」
綱成が目を丸くする。
「まじか義兄者。 即寝やがったぜ?」
ーーーーーー
一方――。
夜の廊下の闇の中を、小太郎が追いかける。
「若……!」
「お待ちください!」
足を止めた氏政は、ゆっくりと振り返った。
「…………」
そして、少し困ったように笑う。
「……バレちゃった」
「流石、小太郎はすごいね」
「小さい頃から僕を見てくれていたから……やっぱりバレるか」
「アハハハ……」
「若……!!」
小太郎は言葉を失う。
「やっぱり……若は……」
氏政は静かに頷く。
「わかってるなら、ちょうどいいや」
「小太郎……」
「僕を……長尾景虎と上杉憲政のいる川越城に連れて行ってくれないかな」
「…………」
小太郎はしばらく氏政を見つめていた。
そして――。
「若…………」
「……若、とりあえず今日は寝ましょう」
「話は……また聞きますから」
「それがしは……絶対にお傍を離れませんからね?」
「…………」
氏政は何も答えなかった。
ただ、静かに小太郎を見つめていた。
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そうして――。
その夜は、静かに過ぎていった。
小田原城を包む闇の中で、それぞれが己の覚悟を胸に秘めながら。
そして――。
この正義の戦の終着点が、少しずつ近づきつつあった。
コメント
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うわあああ今回も熱すぎた😭🔥🔥 夜戦の緊迫感と、綱成の豪快さ、小太郎の影の動き、そして最後の氏政の“覚悟”…全部エモすぎる!! 「僕を川越城に連れて行ってくれ」って台詞、胸がギュッてなったよ…あの静かな決意と小太郎の止める切なさが刺さりすぎる💔 それにしても、里見義堯のネズミ勘違いシーンで思わず笑ったw ギャップが良い!! 次が気になって仕方ない…! 更新待ってます📖✨