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やっぱ物語書くのうめぇ
※最初に掲載した注意書きと前提をよくよくご覧の上、読み始めてください。
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ワンクッション
「チーノ君、怪我は」
「大丈夫か、チーノ」
コネシマにふっ飛ばされたチーノは、同じくふっ飛ばされていた眼鏡をショッピから受け取る。
幸い眼鏡は割れていなかったが、鼻から流れていたのが鼻血と今になって気付いたようで、慌ててハンカチを取り出して鼻を押さえた。
「だ、大丈夫です。被疑者の方も、気を失ってるだけです」
「わかりました。でも念のためチーノ君は、後でしんぺいさんに診てもらってください」
「はい」
「しかし…」
エーミールは改めて、尋問室を見渡した。
気を失っている被疑者。項垂れる責任者。痛みに足を引き摺る副官。
「彼には聞きたいことがあったのですが…。これでは尋問を続けるのは、無理そうですね」
頭をガシガシとかきむしって、エーミールは困惑している。
膝を抱えてうずくまって座るコネシマが、ポツリと漏らす。
「……ええやん、先生。もうソイツ殺したっても」
「コネシマ君?」
エーミールはコネシマの言葉を、静かに、ピシャリと遮った。コネシマは未だに顔を上げない。
「そもそも何で、教授とショッピはここに来たん?」
話題を変えようと、チーノは比較的明るい声色で、二人に話しかける。
それに対し、エーミールもまた単調に事務報告をする。
「行方不明の捕虜が発見されたので、その報告です。やはり彼等が噛んでいました」
「! じゃあ…」
チーノの顔色が、みるみる蒼くなる。
「コネシマ君」
幽鬼のようにゆらりと立ち上がるコネシマを、エーミールが短く一喝した。
「もう少し座ってなさい」
返事はない。
だが、言っている事は理解しているようで、コネシマは再びその場に腰を下ろした。
「彼等の仲間は割れてます。処遇については、追って総統直々に命令が出ます」
「……どーせ死刑やろ?なら今殺ってもーても」
「命令違反になりますよ、コネシマ『さん』」
「……。アンタが言う?」
「私だから言うんです。例え幹部だろうと、命令違反者にグルッペンは容赦しない。わかってますよね?」
淡々とした口調で、エーミールはコネシマを諭す。コネシマは納得いかないという表情をするが、それ以上は何も言えなかった。
「ともあれ、尋問は中断です。ショッピ君、被疑者を牢屋に入れてください」
「ほいほ~い」
エーミールに言われ、ショッピは気絶して転がっている被疑者を担ぐと、牢屋へと向かった。
「……なんでや」
「コネさん……?」
ぽつりと呟くコネシマの声に、チーノはつい反応した。
「何でエミさんもチーノも、自分悪く言われても、怒らへんねん……」
「……」
「俺、メッチャ悔しい。大事や思とるみんなの事悪ぅ言われるの、メッチャ悔しいねん……」
「そうですねぇ」
「ボクも悔しいですよ。でも、自分のことより、みんなの事悪く言われたら…、やっぱ殴っちゃいそうですね」
あはは。
笑いかたは軽いが、言っていることに嘘はない。
あの時。
被疑者がエーミールを侮蔑した時の、チーノの握り拳と怒りを孕んだ瞳。
コネシマの足が先に出てしまったが、それがなければチーノは男を殴っていただろう。
「コネシマさん。ボクらは『弱い』んです。『弱い』こと知ってるから、生きるために騙すんです。自分さえも、ね」
「そうして相手の懐に入り込み、財産を、情報を、信用を、時には命をも奪う」
「それが、ボクら『弱いもの』のやり方なんです」
「……思った以上にえげつないな、お前」
「まあ、教授に教えてもらったんですけどねw 死にたくないなら、何がなんでも生きないと」
「そっか……」
それがチーノの、エーミールの強さなのか。
コネシマはクスッと小さく笑った。
そういう生き方もあるのかと。
でも、
コネシマは顔を上げ、エーミールの背中を凝視する。
スタイリッシュに着こなされた服の下にあるあの白い素肌を、無惨に裂いた何条もの鞭の痕。
新人幹部としてエーミールを紹介された時、グルッペンの拷問を受け虫の息状態だったエーミール。
罪状は、命令違反と総統への反逆。
脅威の戦闘力を持つ彼の相方を、組織の力で蘇らせたにも拘わらず、組織から逃亡させたことが、グルッペンの逆鱗に触れたようだった。
逆らう者は、誰であろうと容赦はしない。
だが、有能ならば、どんな奴でも受け入れよう。
命令違反と総統への反逆を行い、瀕死になるほどの処罰を受けた新人幹部は、オスマンから参謀長の位を受け継いだ。
『いいんです、これで』
あの時、エーミールはそう言った。
何がいいのか、わからなかった。
チーノの言葉で、あの時のエーミールが何をしたかったのか、少しだけわかったような気がした。
けれどエミさんは、本当にそれでよかったん?
コネシマはズボンのポケットから、タバコを取り出し、一本だけ口に咥えた。
「エミさん」
残りのタバコを、エーミールに投げ渡す。コネシマの作成した資料を読んでいたエーミールは、投げられたタバコに気が付きキャッチした。
「……ありがとうございます」
エーミールは少しだけ潰れたタバコを咥え、火をつけた。
「お。タバコ休憩ッスか?ワイもワイも~」
被疑者を牢屋に放り込んできたショッピが戻ってきて、自分のジャケットの懐から、タバコを取り出した。
「あ、じゃあボクも」
チーノもまた、タバコを取り出し、吸い始める。
「コネシマさん」
まだ火をつけていなかったコネシマのタバコに、チーノがスッと火をかざした。
「おう。サンキュー」
コネシマは咥えたタバコを強めに吸い、火をつけた。
資料に釘付けのエーミールの背中を見つめ、コネシマはつい燻っていたものが口に出た。
「…何でゾムのヤツ、エミさん助けに来ぅへんねん。何でゾムのヤツ、エミさん拐いに来ぅへんねん」
紫煙と共に吐露される、コネシマの思い。
「ゾム来たら、全力で迎え撃ったる。全力で戦ったる。んでもって、全力でエミさんと一緒に送り出したる」
「コネシマさん」
一人呟くコネシマを、エーミールが静かな声で止める。
「……聞かなかったことにします。が、そこまでにしてください」
淡々と、しかし有無を言わさぬエーミールの言葉に、コネシマは不満はあっても黙るしかなかった。
「早よ来いや、あのボケ……」
更に小さな声で愚痴るコネシマの後ろに、チーノとショッピ。
そのショッピの上着の裾を、何かが引っ張る。
チーノ?
ショッピが彼の方を見ると、チーノは小さな動きで、ショッピに少し下がるよう促す。
コネシマがエーミールに気を取られている間に、二人はそっとコネシマから距離を取った。
「……で、何や、チーノ」
「ショッピは……ええの?」
「? 何が?」
「何がって……。何やかんや言うて、みんな教授と『ゾム』さんの肩持っとるけど、お前はそれでええのんか?」
「まあ…、そら、エエに決まっとるやろ」
「ほんまに?」
「『囚われのお姫様は、王子様に助けられ、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし』で、エエやん。何がアカンの」
「そうだけど……」
なんとなく程度ではある。
言葉にできない、モヤモヤとした引っ掛かり。
確かにショッピとエーミールは、総統命令の名のもとに、セフレであることを強いられている。だが、強いられているとはいえ、彼等の仲は悪くない。むしろ、少なくとも仕事に関しては、流れるようなしっかりした連携と信頼関係があるように思えるほど。プライベートでも、バイク好きな二人が、セッティングや整備の話に明け暮れているのをよく見かける。
惹かれ合うモノはあるはずだ。
例え、エーミールが『ゾム』に固執しているとしても、ショッピのことは満更でもないはずだし、ショッピだって常に一緒に行動しているなら、情のひとつも湧くだろう。
それでも、この二人は『仕事』という線引きを越えようとしない。そんなことすら考えない。
チーノには同僚の考えも、先輩参謀長の思惑も、何一つわからなかった。
【続く】