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「シエル、遅くない?」
「私と同じ時間に招集をかけたと、メーア殿は言っておられましたが……」
「ええ。今すぐ来いと言いたい所を日没後って妥協したのよ」
「あいつ昼間は寝てるもんな。レオン、何時か分かる?」
懐中時計を取り出して現在の時刻を確認する。時計の針は20時50分を指していた。
「21時10分前になります」
「とっくにシエルの活動時間だな」
「シエル殿はマイペースですから……」
「まさかすっぽかす気じゃないわよね。ルーイ様がいらっしゃるのが分かって怖気づいたのかしら」
「あいつがそんなタマかよ。夜は長い……もうしばらく待ってみよう」
「私達だけならともかく、ルーイ様をお待たせするなんて許せません」
俺とルーイ先生が神殿内に入って来てから30分は経過しているだろう。メーアレクト様はなかなか姿を現さないシエルレクト神に更に怒りを募らせていく。シエルレクト神は昼間は大樹フラウムの上で眠りについており、日が沈むまでは梃子でも動かないらしい。
シエルレクト神もコンティレクト神と同じように、気配を絶っているのだろうか。どんな手段でリオラドに訪れるのかは分からないけれど、今も神殿周辺には先生とメーアレクト様の存在しか感じ取れない。
「シエルを待ってる間、メーアとコンティの話を聞いておこうか。あいつにはどの程度の罰を与えるのが妥当だと思う? 本来であれば『侵さずの契り』が反故にされた時の罰則は、1000年間の幽閉だったな。俺が以前、お上にやられたのと同じやつだ」
「はい。それに使う宝珠も、罰を受け入れるという念書も……この契りを結んだ際に、リフィニティ様立ち会いのもと用意しております」
1000年の幽閉か……そこから先生を救ったのがクレハだ。先生が閉じ込められていた宝石が、たまたまジェムラート家に流れ着いた。そして、その宝石をこれまた偶然クレハが破壊した。宝石が壊れたことにより彼は拘束から解放され、外に出ることができたのだ。先生が語ってくれたふたりの出会い。先生はクレハに恩義を感じ、いつしか友人のような間柄になったのだと。
「契りが破られたとは言っても、それを行ったのはシエル殿ではありません。間接的にといえばそうなのかもしれませんが、それは私達にも起こり得ることでありました。ルーイ様のご指摘通り、我々は無関心過ぎた。そう考えると、シエル殿に罰則をそのまま適用してしまうのは厳し過ぎではないかと思っております」
「俺もコンティと同じかね。シエルに罰を与えるにしても、幽閉まではすることないんじゃないか?」
シエルレクト神そのものをどうこうして欲しいとは俺も思わない。クレハ達を襲ったのはあくまで人間だからだ。大体、神の処遇について俺なんかが口出しできるわけがないしな。静かに3人の話に耳を傾け、成り行きを見守るだけだ。
「ルーイ様がそうおっしゃるなら……元より、そこまでするつもりは最初からありませんでしたよ。場合によっては2、3発引っ叩こうと思ってましたけれどね」
メーアレクト様は平手打ちをするような動作をして見せた。手首をしならせ勢い良く空(くう)を切る。それが頬に直撃した時に受けるであろう痛みを想像して、顔を歪めてしまった。先生はメーアレクト様の側に歩み寄ると、振り上げられた彼女の手を取り、下におろさせた。
「そんな事をしたらお前の手も痛いだろ。罰というならこんなのはどうだ? お前が欲しいドレスやアクセサリー、お菓子なんかでもいいな。好きな物をあいつに奢らせるんだ」
「……それは良いですわね。うんと値が張るものを貢がせてやります」
先生はメーアレクト様の扱いが上手いな。彼女の機嫌が悪くなりそうになると、さり気無く軌道修正していく。
「さて、シエルに対してはそんな感じでいいとして……問題はメーアの領域に実際に手を出した人間をどうするかだ。ご覧の通り、こちらにおられるレオン王子は自国民を傷付けたその男を許すつもりは毛ほどもない」
先生は横目で俺の顔を見る。当たり前だ……本当だったら俺が捕まえてぶちのめしてやりたい。
「私だってそいつを締め上げてやりたいんですけどね。でも、私はともかくレオンがそれをやるのは、色々と問題が生じるでしょうね」
「それこそシエル殿に任せては如何でしょうか。彼が負うべき責任のひとつでしょうし……どのように対処するつもりなのかを聞いてみましょう。それでメーア殿が満足するようであれば良しということで……」
「そうだな。大まかな落とし所は見えてるし、後はシエルが来てから……」
「えっ……!?」
「ん、どうした? レオン」
ほんの一瞬だったけれど魔力の気配を感じた。しかも、釣り堀を襲った男が漂わせていたものと同じ……いや、あの男のまるで薄めたスープのようなそれとは比べ物にならない。ねっとりと身体中に絡み付き、圧迫感に息苦しくなるほどに強い力だ。
「ほう……レオン王子は今のに気付くのですか。メーア殿から優秀だと聞き及んではいましたが、内包する力の強さも然り。彼女が自慢したくなる気持ちも分かりますな」
「やっとお出ましね。あのクソ鳥」
「メーア、言葉使い……」
今度はドスンという鈍い音と共に神殿全体が揺れた。天井から細かい石と砂が落下していく。揺れ自体はすぐにおさまったが……建物が外部から強い衝撃でも受けたようだ。何が起こってるんだ。
『魚の臭いが充満している。加えて人間の臭いも……しかし、酷く不味そうだ。生臭い……気色が悪い』
今のは……? 頭上に響き渡る謎の声。正体を確かめようとすると、どこからともなく突風が吹き荒れた。その勢いは目を開けるのも困難なほどで、広間全体を駆け巡る。さほど痛みは感じないが、風に混じって顔や体に何かが大量にぶつかってくる。視界が悪いので苦戦したけれど、そのひとつを手に取る事に成功した。
徐々に弱くなっていく風が完全に止むのを待ち、慎重に瞳を開くと……俺の手には黄味がかった白い1枚の羽根が握られていた。風の中で大量に舞っていたのは、この薄黄色の羽根だったのだ。手元から視線を上げて、周りを見回す。広間の床が羽根で埋め尽くされていた。
黄色の絨毯が敷かれてしまったかのような神殿の広間。そんな中、先生達は慌てた様子も無く事務的に衣類に付着した羽根を払い落としていた。メーアレクト様は綺麗にセットされていた髪が強風でぐちゃぐちゃになってしまったようで、乱暴な手付きで髪飾りを取り外している。
「人の家に来て一番に口にする言葉がそれなわけ? ルーイ様、やっぱりこいつ石にぶち込みましょう。1000年なんて甘いこと言わず5000でも10000でも!! それと、これどうしてくれんのよ。広間があんたの抜け毛で大惨事じゃない!!」
「換羽期だから仕方ないだろう」
メーアレクト様の視線の先にはひとりの男性がいた。この状況なら流石に察せられる。この方がシエルレクト神だな。見た目で判断するのは無意味だと分かっているが、先生と同じ歳の頃の若い男だ。そして目に付く一番の特徴は身の丈を優に越える長い髪だろう。長過ぎて毛先の一部が床に触れている。しかし、その毛先は鳥の風切羽のような形状をしていて、人間のそれとは明らかに異なるものだった。
「やっと来たな、シエルレクト。女性を待たせるのはあまり関心しないぞ」
「ご無沙汰しております、ルーイ様。遅くなったことに対しては詫びを入れさせて頂きます。申し訳ありませんでした。しかし、自分は男女平等がモットーなので……女だからといって扱いや態度を変えたりは致しません」
「どうでもいいけど、後で羽根片付けなさいよね」
メーアレクト様が再びお怒りモードになってしまった。先生達の会話から薄々感じてはいたが、メーアレクト様とシエルレクト神は今回の事件とは関係無く、元からあまり仲がよろしくないのか? コンティレクト神はそんなおふたりに挟まれながらも柔らかな笑みを絶やさない。慣れているのだろうか……
シエルレクト神が登場し、三神が全て揃った。温厚そうなコンティレクト神に比べ、シエルレクト神はいかにも癖がありそうなお方と見受けられる。
この3名に上位神であるルーイ先生を加え、本格的に話し合いが始まろうとしていた。どんどん俺の場違い感も上がっていくが今更引けないし、引くつもりもなかった。場違いではあるが、無関係ではない。神達が話し合いの末にどんな答えを出されるのか……俺は見届けるためにここにいるのだ。