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伊織
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城下町は、翌日の建国祭を控え、いつも以上に華やいでいた。
通りには色とりどりの旗が揺れ、軒先には花飾り。露店からは甘い焼き菓子や、香ばしく焼けた肉の匂いが漂ってくる。
行き交う人々もどこか楽しげだ。手をつないで歩く若い男女や、肩を寄せ合って露店を覗き込む恋人らしき二人連れも多い。
(……ものすごく“デート”って空気ね……)
ちらり、と隣のカイル殿下を見上げる。
「何だ?」
「な、何でもございませんわ!」
(何で意識して見ちゃったのよ、私!!)
「これを一つくれ」
「あいよ! 300ルクだ!」
カイル殿下が懐から革財布を取り出し――。
キラッ。
「待ちなさい!!」
私はその手首をガシッと掴んだ。
「何だ?」
「何で300ルクの串焼きに金貨を!?」
「これしか入っていなかった」
「お釣りで屋台の釣り銭が全部吹き飛ぶわよ!」
「そうなのか?」
(見た目だけ庶民になっても、中身は皇太子のままだわ……!)
代わりに私が小銭で支払う。焼き立ての串焼きを手渡すと、カイル殿下はじっとそれを見つめた。
「……皿は?」
「そのままかぶりつくだけですわよ」
「こうか?」
ぱくり。
「お味は?」
「……うまい」
カイル殿下は、すぐさま二口目にかぶりついた。
(……手のかかる大型犬ね)
(でも、ちょっと可愛いじゃないの)
その後、近くの両替商で金貨を使いやすい硬貨へ替え――。
「次はあっちへ行くぞ」
「まだ食べるんですの?」
「あの店が人気らしい」
「ずいぶん詳しいですわね」
「ギルバートと騎士団の奴らに聞いた」
(どう見ても恋愛偏差値の高くなさそうな人たちに、デートの事前リサーチをしたのね……)
正直、ほとんど期待していなかった。けれど――。
焼き菓子は香ばしくて美味しい。果実水も、さっぱりしていて飲みやすい。大道芸人の手品には思わず見入ってしまい、曲芸が成功したときには拍手までしていた。気がつけば、私はすっかり祭りを楽しんでいた。
その途中――。カイル殿下が不意に振り返った。
「…………」
人混みの向こうへ、鋭い視線を向ける。
「どうかなさいました?」
「……何でもない」
「そう?」
私も後ろを振り返る。けれど、そこにいるのは祭りを楽しむ人々だけだった。
***
その頃。少し離れた露店の陰では――。
「……ひぃっ!」
ギルバートと部下の騎士たちが、揃って身を縮めていた。
「今の目、絶対『これ以上近づいたら殺す』って言ってましたよ……?」
「でも団長、護衛任務は!?」
「続行!」
「どうやって!?」
「絶対に殿下の視界へ入るな!」
「無茶言わないでくださいよぉ!!」
***
「へい、お兄さん! 腕試ししてかないかい?」
通りかかった弓の的当て露店。店主が手元の取っ手を動かすたび、木製の的がレールの上を左右へ滑っている。その奥には、小さな景品がずらり。
その中に――革紐のついた、不格好な木彫りの犬があった。
(……あれ)
(誰かさんがしゅんとしたときの顔にそっくり)
何気なく足を止めただけなのに。
「あれが欲しいのか」
「え? いえ、ただ見ていただけ――」
「矢をくれ」
「ちょっと!」
「3本で300ルクだよ!」
カイル殿下は硬貨を渡し、小弓を受け取った。
(3本300ルクで、あの木彫りなんてせいぜい100ルクもしないでしょうに……)
(完全に祭り価格じゃない!)
止める間もなく――。すっ。
弓を構えた瞬間。カイル殿下の目つきが変わった。
(な、何で露店の的当てで戦場モードになるのよ!?)
「お、お兄さん……?」
店主まで気圧され、一歩後ずさる。
ビュンッ!
パァンッ!!
左右へ動いていた的の、ど真ん中。
「…………」
店主が固まった。
「当たりだな」
「お、お見事です……」
カイル殿下が残った二本の矢を返す。
「まだ二本ありますけど……」
「必要ない」
木彫りの犬を受け取ったカイル殿下は、それを当然のように私へ差し出した。
「取れたぞ」
「……これを、私に?」
「ああ。見ていただろう」
受け取ったのは、耳の垂れた不格好な木彫りの犬。
横を見る。さっきまでの鋭い眼光はどこへやら。カイル殿下が、そわそわと私の顔を覗き込んでいる。見えない尻尾が猛烈な勢いで振られている幻覚が見えた。
「……嬉しいですわ。ありがとうございます、カイ」
「そうか」
カイル殿下の口元が、嬉しそうに緩んだ。私は木彫りの犬についた革紐を指でつまむ。
「……せっかくですから」
そのまま、自分の鞄の金具へきゅっと結びつけた。
「つけるのか?」
「ええ。なくしたら嫌ですもの」
「…………」
「何ですの?」
「いや」
カイル殿下はそっぽを向いた。けれど、その口元は隠しきれないほど緩んでいる。
(ああもう。そんなに喜ばれると、こっちまで恥ずかしくなるじゃない!)
コメント
1件
はわああ第41話!!!もう屋台デート尊すぎて鼻血出そうなんですけど!!🫠💕 カイル殿下、金貨ポン出すのヤバすぎて笑ったw「300ルクの串焼きに金貨はやめて!」ってツッコミ入れたくなるの分かる〜😭💦 しかも的当てであの戦場モードになるギャップと、木彫りの犬を「見てただろ」って当然のように渡すのズルすぎる!!見えない尻尾ブンブンしてる描写で私も一緒に照れたわ…💞 ギルバートたちの密着護衛(笑)も含めて、愛しさが爆発した回でした✨ 次回も楽しみにしてます!!🐶🎀