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1.ある男の想い
俺がいる。
お前の、生きてるはずだった家族の分も、お前自身の分も悲しむ。
(院瀬見。元々は俺も、デビルハンターになりたいと思ってたんだよ)
塩谷が高校生の時、突然の悪魔の襲撃に巻き込まれて両親が死んだ。跡形もなく吹き飛んで消えた。葬式での棺桶には何も入っていなかった。
(あの襲撃での被害は当時の悪魔被害の中でも特に激しくて、友達周りにも家族・親族が死んだって人は大勢いた)
復讐心の強い者ばかりだったため、塩谷と共にデビルハンターを目指した人が何人もいた。
絶対に生き残ろうと、固く誓い合った。
でも、やはり現実は厳しく虚しいもので。
塩谷と共に血と涙と汗を流した仲間は、公安に入った後、1年も経たずに全員死んだ。
(俺はデビルハンターを辞めた)
逃げたと言われても仕方ない。否定することはできない。仲間の死に様を真正面で見て、怖気づいて逃げて、そして自分だけが残りのうのうと生きているなんて、誰が許してくれようか。
『都合が良すぎる』
言ってしまえばそれまでだ。それは自分が一番よく分かっている。
だからこそ、塩谷は自分にできることを長い間ずっと探し続けてきた。
(俺は命の軽さを誰よりも知っている。最前線で、それを見てきたから)
デビルハンターになった今までの教え子たちも、ほとんど辞めたか死んでしまったか。これ以上、過去の自分と同じ目に遭ってほしくない気持ちももちろんある。
(でも)
塩谷は悪魔が再生に気を取られて動けなくなっている隙に、院瀬見の落としたメスを全速力で拾い集めた。
(でも、お前は揺らがなかった。俺に何を言われても、その目は変わらなかった)
あの時の院瀬見は、あの時の自分と同じ目をしていたと、塩谷は思う。
(お前に、あの頃の俺にはなかった覚悟があるのなら、俺は俺にできることを全てやる)
俺の夢を、お前に託す。
2.いつか夢見たこと
「センコー…」
霞んでいた視界が晴れて、やっと状況を理解した。眼前に悪魔の鞭の手が迫ったその瞬間、塩谷が駆けつけ、どこからか持ち出した刀をぶん投げて正確にそれを斬ったのだ。その直後にも、剥き出しになっていた頭部のフラスコを横一文字に斬り割った。中の液体が滝のように溢れ、床一帯が一気に水浸しになる。
院瀬見─いや、普段から刀を使っているリヅですら、ここまで寸分の狂いもない芸当を成しえたことはなかった。
それほどまでに正確で、強力な太刀筋─。
「院瀬見!!」
声のした方を振り返った瞬間、塩谷が一束にまとめた十数本のメスを勢いよく投げてよこした。院瀬見はそれを落とすことなくキャッチする。
「院瀬見!コイツの急所は頭だ!!叩き割った瞬間から圧倒的に動きが遅くなってる!!」
「センコー…!?」
「やれ!!これはお前がやらなくちゃいけないんだ!!!」
その声を聞き、院瀬見は受け取ったばかりのメスを強く握り締める。塩谷のあんなに必死になって叫ぶ形相は、院瀬見ですら今まで一度も見たことがなかった。
「…あぁ、やってやるよ」
痺れが治まったその脚で、強くしっかりと立ち上がる。
「ありがとな!!センコー!!!」
3.最高
疲弊しきってついに倒れ込んだ塩谷を遠くに見据え、同じ方向にいる悪魔に血まみれの笑みを向けた。
「オオカミもダメ、メスもダメ。じゃあテメェには残るこれしかねぇなァ…!!」
院瀬見はおもむろに指鉄砲を構える。
悪魔の心臓に焦点を合わせ、細く空を切る音を響かせ。
撃った。
パシュ!!
「ァ、ッ」
院瀬見が撃った”何か”は、見事悪魔の心臓付近に着弾した。だが、悪魔は何の変化もなく、まだ生きている。
「生きてル…ヒッヒヒッ…まだ生きて─」
己が無傷であることに気づいた悪魔が高笑いしたその時。
ドクン、と鼓動が響いた。
「!? ア”…ッアアア……アァアアアア…!!!!」
悪魔の身体が撃たれた箇所からみるみるうちに変色していき、腐り、やがて崩れ落ちた。溶けていく四肢を必死に繋ぎ止めようとするが、その手もまた崩れていき、べチャリと地に落ちる。
「ヒィ…ヒィィァア”アアアア……ッ…!!!」
「目に見えたダメージがねぇからって余裕ぶっこいてんなよ。テメェは地獄行きだ」
院瀬見は顔についた自身の血を袖で拭い、人差し指を立ててニヤリと笑った。
「ウイルスだよ。テメェの心臓にウイルスをぶっぱなした。あとは撃たれた箇所から細胞が壊死してぶっ壊れてく」
説明している間にも、悪魔はボロボロと音を立てて消えていく。もう意識も薄れているかもしれない。
「これは私が病の悪魔と契約してからまだ1回も使ったことのなかった技だ。小せぇから撃たれた側はおろか撃った側も効果が出るまで急所に当たったか気づかねぇ」
「ッ”…ア”ァ…」
「しっかりと的に当たって成功するか、外して効果が現れず殺られるかのロシアンルーレット…!!どうだ…!?最高におもしれぇだろ!!?」
院瀬見は狂ったように笑った。対峙している悪魔よりも遥かな狂気が感じられる。
当の悪魔は、今となってはあるはずのない背筋を恐怖で凍らせ、ついに死んだ。
4.思いを繋いで
パァン!!
「ッ」
同刻、狼とイサナが対峙していた小人が、本体が倒されたタイミングと合わせて一匹残らず立て続けに潰れていった。
「…消えた…」
「やったか、院瀬見…」
突然の展開に状況が飲み込めず少々戸惑うイサナと、院瀬見の勝利を一瞬で理解した狼。すぐに理解し、イサナは安堵の表情を浮かべた。
「よく頑張ったなお嬢ちゃん。あとは院瀬見の無事を確認するのみだ、行こう」
「…うん」
「センコー、おいセンコー起きろ、寝てんじゃねぇ、おい!」
壁に寄りかかる形で気を失っている塩谷の肩を掴み、ぐわんぐわんと前後に揺らす。軽傷とは言えど怪我人にそんなことは本来してはならないのだが、院瀬見は知ってか知らずかお構いなしである。
それが功を成したのか知らないが、塩谷はゆっくりと目を覚ました。
「あ」
「…院瀬見…あ…悪魔は…」
「とっくに倒したわバカタレ」
誰かさんのおかげでな、と小声でつけ加える院瀬見に、塩谷は体勢を変えながら笑った。
「…口の悪さに加え、素直じゃねぇとこも健在だな…」
「るっせぇな少女漫画の生徒会長かテメェは」
『おもしれー女…』じゃねぇんだよと思いつつ、院瀬見は塩谷に手を差し伸べ、引っ張って立ち上がらせる。
「センコーは大した怪我してねぇから大丈夫だな。はぁー痛ってぇ…」
「…大丈夫か?」
「どこが大丈夫に見えんだよテメェより重症だぞこっちは。頭打ってんだよ」
2人はお互いに肩を組み、ゆっくりと校舎の外に続く階段へと向かっていった。
「…夫婦漫才…?」
2人の後ろから一連の流れを見ていた狼とイサナは、その息の合い具合に呆然と立っていることしかできなかった。
5.気づいたこと
「先生!!」
院瀬見と塩谷、そして後から着いてきた狼とイサナの4人が校庭に出ると、悪魔との戦いを固唾を飲んで見守っていた教員、生徒たちに一斉に囲まれた。
「本当にありがとうございました…!!あなた方がいなければどうなっていたことか…!!!」
教員も生徒も泣いていた。院瀬見からすれば、助けた相手に泣かれたことなんて今まで一度もなかったため、内心とても驚いた。
「あー…でも壁…」
「崩れた壁なんかどうにでもなります。そんなものはどうだっていいんです。私たちを助けてくださって、ありがとうございました…ありがとうございました…!!」
何度も何度も自分に頭を下げてくる生徒たちを見て、院瀬見はフッと笑った。
「…なるほどな」
「? なんか言ったか?」
「いや、相変わらず周りからは好かれてんだなって」
その言葉に院瀬見自身を含めているかは定かでない。だが、こんな言い方でもあの頃よりは大分丸くなった方だと塩谷は思い返す。
嬉しかったのだ。勝手にではあるが、かつての自分と重ね合わせ、夢を託した者が成長し、活躍しているという事実が。十数年前に己の体に鞭打って鍛えた剣術で、失われていたかもしれない命を救えたことが純粋に。
「じゃ、またな」
院瀬見はそんな塩谷の思いを知らぬまま、狼の大きな頭をわしわしと撫で、反対の手を軽く上げた。塩谷や他の教員、生徒たち、そして、決して忘れてはならない記憶の詰まった母校を背にした時、生徒たちからワッと歓声が上がった。
「…元気でな」
塩谷は遠ざかる院瀬見の背中を見つめ、そう呟いた。
その後、院瀬見は狼にしっかりと、無理やり病院に連れて行かれた。片足の爛れと頭部含む全身強打による骨折一歩手前のヒビ割れ。飛んだガラス片での顔全体の切り傷等、とにかく多かった。
そして同じ頃、塩谷は受け持ちの生徒から公認で「センコー」と呼ばれるようになったそうな。