俺とヒバリが部屋に戻った瞬間、みんながヒバリの外装の中はどうなってたの? とか、ヒバリがマスターだと勘違いしていた人はどんな人だった? など、とにかく色々訊《き》かれまくったため、どっと疲れてしまった。
「……今日は風呂に入って寝よう」
質問タイムが終わった後、俺はそう言いながら、風呂場に向かった。(モンスターチルドレンの大半は水が弱点である。それに、彼女らの全身には薄い膜があるため汚れない。食べたものを全てエネルギーにするため排泄もしない。その他の存在たちについては……不明である)
「さあて、風呂に入りますか……って、まだ半分くらいしか溜まってないな……。でももう一回、服着るのは、めんどうだな……」
「それなら、その間に、私が背中を洗ってあげるよー」
「ああ、頼む……って、ルル!? お前、何やってんだよ!」
「えーっとねー、ナオトの体を洗ってあげようと思ったから……来ちゃった♡」
「そ、そうか。相変わらず、マイペースだな、お前は」
「まあねー」
「……なんか、お前と喋るの、久しぶりな気がするけど気のせいか?」
「うーん、どうだったかなー? 覚えてないやー」
「こういうのって、女の子の方が覚えたりするんじゃないのか?」
「さあ、どうだろうねー?」
「そっか、そうだよな、どうでもいいよな。それじゃあ、俺はそろそろ……」
「ナオトの体を洗ってあげるって言ったことはさすがに覚えてるよー?」
「ですよねー」
「金属系魔法のプロフェッショナルから逃げられるとでも思ったー?」
「もう逃げませんから、普通に洗ってください」
「はーい。それじゃあ、座って、座ってー」
「了解しました……」
……な、なんか、妙な気分だな。触覚が麻痺していることに加えて、タオルを巻いているルル(白魔女)に体を洗われる……。
お、おかしいな。どうして心臓の鼓動が早まってるんだ?
金属系魔法を使われている感じは……ないな。
白魔女と吸血鬼のハーフであるルルの特殊能力っていうわけでもないよな。
普通に泡を立てて、普通にタオルで背中を洗ってもらってるだけなのに、どうしてこんなにも胸が高鳴るんだ!?
「ねえ、ナオトー」
「は、はい!」
「私のこと、どう思ってるのー?」
「その質問は結構されてきたけど、答えないとダメか?」
「うん、ダメー」
「そうか……なら、正直に言うよ」
「うん」
「俺はお前のことを……すっごく可愛いやつだなって思ってる」
「へえー、そうなんだー」
「……リアクション薄いな。というか、お前が動揺してるところ見たことないな」
ルルは背中を洗っていた手を急に止めると、俺の正面に回った。
そして、その赤紫色の瞳で俺のことをじーっと見ながら、俺の両頬を触ると。
「私がいつ動揺してたか知りたいの?」
棒読みではなく、なんとなく冷たさを感じる声でそう言った。
「……え、えーっと、キャラが急変してるぞ、ルル。あはははは」
「答えて……ナオト。知りたいのか、知りたくないのか」
「……そ、そんなの知りたいに決まってるだろう?」
「そう……それじゃあ、言うね」
「ああ」
「私が一番動揺した時はね…………今日やってた大会でのナオトの行動を見ていた時……だよ」
「それは『ケンカ戦国チャンピオンシップ』での俺の行動全てってことか?」
「うん、そうだよ。特にナオトの戦いを見ていた時なんか、すっごく心配だった。だって、普通の人なら体が悲鳴をあげてる状態になっても戦い続けてたんだから」
「その……すまなかった。お前がそんな風に思ってたなんて全然知らなかった……」
ルルは俺に抱きつくと。
「ううん、そんなことないよ。ナオトは無事に帰ってきてくれたし、私たちのことも忘れてなかった。だから、そんなナオトの血を吸ってもいいかな?」
「……お前、本当はそれが目的だったんだろ?」
「えへへー、バレたー?」
「まあ、俺は名演技だと思ったぞ」
「本当?」
「ああ、本当だ。というか、ついでに俺のことも癒《いや》しに来てくれたんじゃないのか?」
「さあ、それはどうかなー?」
「まったくお前ってやつは……」
「もう吸ってもいい?」
「まだだ」
「うー、いじわるー」
「そう焦るなって」
「……まだー?」
「あと、もう少し待ってくれ」
「……もういい?」
「よし、いいぞ」
「わーい! いっただきまーす!! カプッ!」
ルル(身長『百三十センチ』の白魔女)は俺の首筋に噛み付くと、チューチューと血を吸い始めた。
「……吸血鬼って、うまそうに血を吸うけど、俺の血って、そんなにおいしいのか?」
「……んふふー♪」
「相当うまいみたいだな……。まったく、無邪気な女の子には敵わないな」
まあ、ルルが満足して風呂から上がる頃には、俺の血のほとんどがルルに吸われてしまっていたから、しばらく動けなかったのだがな……。
*
「あー、酷い目に合ったな……。もう寝よう」
俺が自分の布団に入ろうとした瞬間、俺は背後から誰かに抱きしめられた。
「えーっと、俺は今から寝たいんだけど、なんか用か?」
「……」
「おーい、聞こえてますかー?」
「…………」
「おい、いい加減にし……」
「マスター、今から私の言うことを聞いてください。そうすれば、他のメンバーにかけた私の固有魔法を解いてあげてもいいです」
「……コユリか。お前、自分が何をしているのか、分かってやってんのか?」
「……はい、私は自分の意志で行動しています」
「……そうか。なら、俺はお前の言うことを聞くしかないな」
「案外、あっさり諦めましたね」
「だって、お前の固有魔法はうちの家族の中で一番厄介なやつなんだから、仕方ないだろ?」
「そうですね。私の『|反闇の閃光《アンチダークネス》』には誰も敵いません」
「ほんと、時を止められるやつはずるいよな。どの世界でも……」
「まったく、その通りです。では、私の言うことをちゃんと聞いてくださいね?」
「ああ、分かったよ。なんでも言え」
「分かりました。では、お言葉に甘えさせていただきます」
その後、俺はコユリに押し倒されたが、なんの抵抗もせず、ただただコユリ(本物の天使)の要求を全て受け入れていた。(性行為とキス以外のことをしてたから大丈夫……かな?)
「マスター……! マスター……!」
「俺の触覚が麻痺してても、そういうことをしたがるお前のことは理解できないけど、寂しかったってのは分かる……。だから、お前の好きにしていいぞ」
「うう……マスター! マスター!」
「よしよし、寂しかったんだな。けど、次はもう少し早目に言ってくれよ?」
俺の体に、あんなことやこんなことをするコユリ(本物の天使)は静かに泣いている。
悪いこと、したな……。
「……もう気は済んだか? コユリ」
「……はぁ……はぁ……はい、満足……です」
俺に馬乗りになっているコユリ(本物の天使)の言葉からはなぜか負の感情が伝わってきたが、俺はそれを深く考えずにこう言った。
「そっか。なら、早くみんなにかけた魔法を解除してやってくれないか?」
「いや……です」
「おいおい、もう満足したんだろ?」
「それでも……いや……です」
「そうか。なら、理由を聞かせてくれ」
「……マスターは、これ以上、無茶をする必要はないからです」
「ん? それはどういう意味だ?」
「マスターは……今までたくさん無茶をしてきました。今日、参加した『あの大会』では初めて……暴走しました」
「まあ、そうだが。それが、どうかしたのか?」
「もうこれ以上、無茶をしないでください! これ以上、マスターが無茶をすれば、いずれは……」
「人ではなくなってしまうかもしれないからか?」
「はい、そうです……」
「……なら、訊《き》くが、もし俺を殺したやつが目の前に現れたら、お前ならどうする?」
「例え肉片になろうとも、それを排除します!」
「うん、それだよ。俺があの時、抱《いだ》いていた感情は」
「で、ですが、マスターの体はもう……」
「そうだな。俺の体は普通なら、もうこの世に存在していないはずだ。けど、俺の心臓がそれを食い止めてくれている。だから……」
彼の心臓は『|夏を語らざる存在《サクソモアイェプ》』という蛇神《じゃしん》の心臓である。
「自分の身を犠牲にしてでも、私たちを守るというのですか?」
「ああ、そうだ。俺にはそれしかできないし、ずっとそういう生き方をしてきた。だから、俺はお前たちモンスターチルドレンを普通の人間に戻す、その日までお前たちを守り続ける」
「……それは……そんなのは……いやです。マスターがいなくなった世界でなんて……私は……私たちは生きていけません。ですから、そんな悲しいことは言わないでください。私の見た目は幼女ですが、あなたのことを心の底から愛しています。ですから……ですから! 私たちのことを置いていかないでください! ずっと、ずっと一緒にいてください! 私たちはもうあなたがいなくては生きている価値がないのですから!」
「……コユリ」
「は、はい」
「お前の言いたいことはよく分かった。けどな、俺は自分の生き方を変えることはできない。そうしないと今までの俺を否定することになるからだ。けど、俺はお前たちのことも、自分のことも、これからは守っていきたいんだ。だから……その……俺が困ってる時は助けてくれないか?」
それは今まで一人で全てを背負ってきた者の言葉だとは思わなかった。
しかし、今のコユリには、その言葉の意味がよーく理解できた。
コユリは泣くのを必死にこらえながら、こう言った。
「……分かり……ました。これからは私たちのことをいーっぱい頼ってくださいね! マスター!」
ナオトはコユリの目尻に溜まった涙を拭いながら。
「ああ、これからはそうしてくれ。それと、お前には一つ重要な役目を果たしてほしいから聞いてくれないか?」
「はい! なんでも言ってください!」
「ははは、コユリはいい子だな。それじゃあ、言うぞ」
ナオトは期待の眼差しを向けてくれているコユリに対して、こんなことを言った。
「……もし、俺が死にそうになったら……俺の心臓を引き抜いてくれないか?」
コユリには、その言葉の意味が理解できなかった。今さっき、自分が困った時は助けてほしいと言った者の口から、死に際になった時に、とどめを刺してくれと言われたのだ。
当然、自分の耳を疑いたくなる。
「マ、マスター、あなたは今、自分が何を言ったのか分かっているのですか?」
ナオトは真っ直ぐな目で、コユリを見ながら、こう言った。
「もちろん分かってるよ。けど、お前は一つ、勘違いしているぞ?」
「勘……違い?」
「俺の言い方がちょっと悪かったみたいだから言うが俺は死に際になった時、お前にとどめを刺してほしいんじゃなくて、俺の死に際に、俺の全てを構成していると言っても過言ではない俺の心臓を引き抜いてくれと言ったんだ」
「それはつまり、私がマスターの命綱になるということですか?」
「まあ、簡単に言うとそうだな……。それで? お前はやるのか? やらないのか?」
「や、やります! 当然、やります! それがマスターのためになるのなら、私はどんなことでもやってみせます!」
「それは頼もしいな。それじゃあ、その時はよろしく頼むぞ」
「はい、私に任せてください!」
「よし、それじゃあ、この話は終わり! みんなにかけた固有魔法を解いたら、大人しく寝ろよ?」
「はい! 分かりました!」
「うん、いい返事だ」
「そ、それではマスター、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ……」
その直後、俺はすぐに眠ってしまったため、次の日の朝まで巨大な亀型モンスターがこの世界でいうところの四国地方に向かっていることなど、全《まった》く気がつかなかった……。
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