【俺はもうら大丈夫だヨ】
Episode.6 俺の作る嘘
《🎼🍵side》
玄関で、ひまちゃんが靴を履く。
🎼🍍「行ってきまーす」
🎼🍵「行ってらっしゃい。気をつけてね」
ランドセルを背負った背中が、少し跳ねるように揺れて、
扉が閉まる音がした。
……今日も、ちゃんと見送れた。
それだけで、胸の奥が少し軽くなる。
同時に、重くもなる。
鍵がかかる音を確認してから、
ゆっくりとリビングに戻った。
テーブルの上には、朝ごはんの食器。
ひまちゃんが洗ってくれた形跡がある。
🎼🍵「……早すぎるなぁ…」
誰もいない部屋で、ぽつりと呟く。
病気だと分かった日から、
時間の流れが、妙に静かになった。
医師の声は、今でもはっきり覚えている。
──末期です。
──進行が早い。
──残りの時間を、大切にしてください。
最後に、
「半年でしょうか」
と、淡々と言われた。
多分、余命。
命の時間。
でも、俺にとっては、
たった一人の息子との時間だった。
洗い物を終えて、
仕事用の机に向かう。
ノートパソコンを開き、
タブレットを横に置く。
会社員としての仕事。
デザイナーとしての仕事。
どちらも、まだ手放せない。
──働いていれば、普通でいられる。
そう思っている。
キーボードを打つ指は、
少し前より遅くなった。
集中が切れると、
胸の奥が、じわっと痛む。
息を整えて、
深呼吸をする。
咳は、出ない。
出さない。
ひまちゃんの前じゃなくても、
もう、癖みたいなものだ。
*
昼過ぎ。
スマホが震えた。
画面に表示された名前を見て、
少しだけ、目を伏せる。
──兄、らん。
🎼🍵「……もしもし」
🎼🌸『すち?今、大丈夫か?』
🎼🍵「うん、大丈夫」
🎼🌸『検査の結果、もう出る頃だろ?』
一瞬、言葉が詰まる。
テーブルの端。
未開封の封筒。
病院の名前。
見慣れた文字。
……もう、何日目だろう。
🎼🍵「……まだ、届いてない。」
口から出たのは、
すぐに形を整えた嘘だった。
🎼🌸『…そっか。』
兄は、すぐには何も言わなかった。
分かっている沈黙。
🎼🌸『無理、するなよ』
🎼🍵「してないよ」
🎼🌸『…なつは?』
🎼🍵「学校。元気だよ」
それは、嘘じゃない。
ひまちゃんは、元気だ。
少なくとも、俺の前では。
🎼🌸『…すち』
🎼🍵「なに?」
🎼🌸『一人で抱えるなよ』
少し、笑ってしまった。
🎼🍵「…今更だなぁ。俺、もういい歳した大人なんだよ?」
🎼🌸『……』
通話の向こうで、
兄が息を吸う音がした。
🎼🌸『とにかく、何かあったらすぐに言って』
🎼🌸『お前、昔から我慢の天才すぎんだよ』
🎼🍵「わかったよ、天才でごめんねぇ」
互いに笑いあって、電話を切る。
でも、しばらく動くことはできなかった。
封筒に、手を伸ばす。
指先が、震える。
開いたら、
もっと時間が縮む気がした。
命の時間、というより、
ひまちゃんとの時間が。
🎼🍵「……まだ、いいよね。」
そう言って、
封筒を引き出しにしまった。
今日じゃなくていい。
明日じゃなくていい。
ひまちゃんが帰ってくるまで、
俺は、普通の父親でいる。
夕方まで仕事をして、
いつも通りの夕飯を作る。
笑って、
話して、
撫でて。
ひまちゃんが、
「俺の父さんは大丈夫」って
思えるように。
たとえそれが、
俺の作る嘘でも。
この嘘が、
あの子の明日を守るなら。
……それでいい。
今日も、
見送って、
待って、
迎える。
その繰り返しの中で、
俺はまだ、生きている。
“なつ” の父さんとして。
next.♡600






