一緒にゲーム実況をしていた友人が
突然姿を消した。
そんな事も忘れるくらい月日を経たとある昼下がり、コンビニへ弁当を買いにだらしない服のまま外を歩いていた。
その時にふと目に入ったのが___
___赤い襟足だった。
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︎ ︎︎︎︎︎ あの頃のように
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「キヨ!!!!!」
俺は思わず大声を上げた。周りにいた人は目を丸めて此方を見る。今はそんな視線すらも気にしないままキヨを追い掛ける。
─ 違和感。
どうして彼はこんな大きな声で呼びかけても振り向かないんだ?
「キヨ……!!」
彼に追い付いては腕を掴む。
そこでようやく彼が振り返った。
「……」
彼は目を丸めてはただ俺の顔をじっと見詰めた。
「なんで急に居なくなったんだよ、!」
「なんで急に連絡を寄越さなくなったんだよ…!」
俺は必死にキヨに話しかけた。…が、キヨが口を開くことは無かった。ただじっと俺の口元を凝視した後、眉を下げて貼り付けた愛想笑いを見せるだけだった。この空間が嫌だ、そんな雰囲気も感じ取れた。
「…キヨ……?」
あからさまにおかしい。俺は状況が理解出来ないままもう一度名前を呼んだ。その時に掴んでいた手が緩んだのだろう、キヨが俺の手を振りほどいて走っていった。またしても疑問が押し寄せた俺はその場に立ち尽くして彼の背中を見つめることしか出来なかった。
俺は弁当を買うことも諦め家に帰ってはソファに身を投げた。久々に会えたと言うのに、理由を問い詰めてやろうと思ったのに、なんて久しく会った彼に憤慨しながら天井を見詰めた。
……実況撮らなきゃな。
半分義務になりつつあるゲーム実況を撮ろうとソフトを開き音合わせをしては録画開始ボタンを押した。
あの日から数週間、キヨに再び会うことは無かった。…この日を除いて。
ガシャン!
外からフェンスに何かがぶつかる音が聞こえた。何事だと窓から外を見ていればあの赤い襟足の男が倒れ込んでいた。
あんなにもイライラさせた男が倒れ込んでいてざまぁないなんて思う間もなく身体は彼に向かって走っていた。
「大丈夫か!?」
彼の肩を掴んで必死に呼び掛ける。近くには自転車が止まっていて恐らくぶつかったのだろう、と察する事が出来た。自転車の持ち主に事情を聞くと曲がり際にぶつかったのだと説明を受けた。
「この人は任せてください。」
それだけ言うと自転車に乗る人を見送ってはキヨを横抱きして家に戻った。
「……、」
ガサ、と布団の擦れる音が聞こえては編集する手を止め、振り向いた。
キヨは状況が飲み込めていない様子でキョロキョロと辺りを見回した後俺と目が合って驚いた様子を見せた。口をはくはくと動かしたがその口から声を出すことは無かった。
「キヨ自転車に轢かれたんだって?2回目じゃん。」
はっ、と鼻で笑っては少し馬鹿にした態度をとった。それでもキヨは突っ込むことも怒ることも無くじっと俺の口元を見詰めた。
─ 違和感。
読唇術のように瞬きもせずじっと口元を見詰めるキヨに嫌な予感がした。もしかして、なんて思っては紙とペンを取り出してペンを走らせた。
“ もしかして、耳聞こえない?
その紙を見せた途端キヨは目を逸らした。
ははーーん、図星だな。
その後ペンを走らせ続け色々話を聞いた。
どうやら失踪する前の日に聴力を失い、病院へ直行。そこでストレスから聴力を失った事を知らされたそうだ。どうすることも出来ないまま動画すらも撮れずに何も言わないまま失踪したとのこと。
確かに初めのうちは キヨもサボってんだろ なんて皆が思っていたが段々SNSには心配の渦が生まれていた。勿論、キヨもそれを知っているし今触れたらどうなる事か分からないしこのまま置いておけばきっと自分のことを忘れる、なんて思って放置していたらしい。
俺たちからの心配の連絡を返さなかったのはただ単に面倒くさかったそう。
……いやそこ怠るなよ。
キヨは気まづそうにしていたが話す内にあの頃のような空気を思い出したのか筆談を楽しんでくれた。
” 急に居なくなったから驚いたよ。
“ 急に聞こえなくなったから驚いたわ。
” なんか言ってくれればよかったのに。
“ お前らに話すと過保護しか産まれねぇから無理。
” それで更に過保護にしたのは誰?
“ 俺は頼んでねぇ。
” 酷いこと言う。
キヨは筆談でずっと手を動かしていたからか手が痛んできた、と書き残してペンを置いた。
“ 大丈夫?無理して書かなくていいからね。
そう書いた紙を見せればキヨは左手甲に小指側を直角にのせた右手を上げながら頭を下げた。
” 手話・・・?
コクコク、と頷くキヨにはぇ、と腑抜けた声を上げた。その後も俊敏かつ靱やかな動きで手話をするキヨ。当たり前だが手話なんて分かるわけが無い。俺が疑問符を浮かべて首を傾げていればキヨは声こそは出さないがケタケタと笑った後
“ 教えてやろうか?
なんて紙に書いた。俺は喜んで頷いては週に一回キヨを家に招いて手話の練習をした。
手話は思ったより単純なものが多いし、英語と違って体を動かすしで案外スラッと頭に入った。ただそこそこ歳を食ってる身ではあるから毎日習った所を復習しとかないと忘れるというオチに向かわざるを得なかった。
ノートに簡易的に絵を描いて手話のモーションを覚えキヨと試しに話してみる、そんなことを繰り返していれば簡単な会話は出来るようになった。
( 今日は いい天気 ですね ?
( いや、今日は曇りだろ。外見えねぇのか。
「ちょっと待って練習じゃん!!」
思わず声を上げて反論した。キヨは俺の反応を見て腹を抱え笑っては 分かってる分かってる、なんて俺を宥めた。
キヨと一緒にいる時間はとても楽しくてもっと長く居たいと思う様になった。
でもそんな楽しい日もぱたりと無くなってしまうものだ。
( 今日から数週間は来れない。
( え、どうして?
( …予定。
( うん…?なるほど、
( 予定が済んだらまたインターホン鳴らす。
( また来てくれるの?
( 勿論。
( 待っとくからね?
( 待っとけ待っとけ。
その会話を最後に家の扉が閉まった。
数週間キヨに会えないのか…。なんて悲しみに暮れながらいつも通り実況を撮る用意に取り掛かった。
数週間後___
ぴんぽーん、
機械音が鳴り響いた。これはまさか、なんて期待で胸を躍らせながら玄関を開けた。
( いらっしゃい
( 久しぶり。
( 久しぶり。ちゃんと来てくれて嬉しい。
( 当たり前。お前に話さないといけないことあるし。
( 話さないといけないこと・・・?
はて、と首を傾げながらキヨを家にあげた。
キヨはいつも通りソファに腰をかけてはにこにこと頬を弛めながら手話で話しかけてきた。
( 見て、補聴器。音が聞こえるようになった。
「ッ、ほんとに!?」
俺は思わず立ち上がって声を上げた。ちゃんと聞こえたのだろう、キヨもハッとした顔をした。丸まった目は希望で輝いていた。
( 聞こえる、聞こえる!!
「キヨ!!」
俺は思わずキヨを抱き締めた。キヨは初めこそは驚いたもののゆっくり背中に手を回しとんとん、と背中を叩いた。
「声は?出せない?」
( まだ声の大きさを掴みきれてなくて。
「やっぱり聞こえなかったら自分もどれだけ出せばいいか分からないんだ?」
( そうだね。分かんない。
「俺も手話しつつ話さないと。忘れちゃう。」
ぼそ、と呟いてはそれに反応したキヨが笑いながら開いた右手の親指をこめかみにつけ、伸ばした4指を親指につけた。
習ってない新出の手話に思わず首を傾げた。
( 何?何を意味してるの?
( お前声出せんだから話せよ。
「あぁ、ごめんつい。」
( 喋んないのなら声帯貰っていい?
「駄目に決まってるでしょ。」
「そんな事より、なんて言ったの?」
( 秘密。
「はぁ、、、!?」
( お前癇癪起こしそうだし。
「ゔっ…、いや、、起こさない…し」
( …勝手に調べるんだな。
呆れた顔でキヨが適当に手話をした。
(その後で調べて分かったのだがこの手話は「馬鹿」を意味するそうだ。)
メンバーと久々に会う約束をしていた俺はルンルンの気分でキヨのことを話した。
「あ、キヨ生きてた、?よかったー!」
「最悪死んでるかもとか言われてたしね、」
「ってか、キヨと会ったんなら俺らに連絡寄越せよ!」
「なんかこーすけ達に教えるのは癪だったからさぁ」
「なん、はぁ!?」
「まぁまぁ、出先でなんか奢るからさ。」
「…仕方ねぇな」
「叙々苑ね〜!」
「ラーヒー?限度ってものがあるよね?」
そこでよく見た赤い襟足の男性が歩いているのを見かけた。
「あれ、キヨじゃね?」
「うん、キヨだ!」
「行こう!」
「待って、誰かと一緒にいるよ?」
「…え?」
確かに、キヨの隣にはキヨより背が低く髪が長い女性が立っていた。すらすらと上品な手話でキヨと話しているのが伺えた。キヨも心做しか幸せそうに笑って会話をしている。
…俺といる時よりも楽しそうに見えた。
「…フジ、早く行くぞ。」
「もう見ないでおこう、?」
正直ショックで言葉も出なかった。
ヒラとこーすけに肩を持たれようやくその場を後にした。
「大丈夫だって、」
「何が?何が大丈夫なんだよ!俺が勝手にキヨに想いを寄せてることが悪いのは分かる、でもあんなに幸せそうな顔をして話してるなんて信じれないし信じたくない、!」
「わかるけど、」
「分かってない!こーすけ達はきっと俺の気持ちなんて分かりやしない。俺にすら心を閉ざしてまだ完全に開ききれてないだろうにあの女の人には楽しそうに…幸せそうに笑って接してた。この気持ちがわかる?抱えきれるわけ??」
「…フジ……」
「……ごめん、家帰るわ。」
「またいつかに延期していい?」
「うん、それ自体は構わない。」
「今はゆっくり休んで。」
何も考えたくなかった。何も聞きたくなかった。何も見たくなかった。きっと別れを告げられるのも時間の問題だろうな。
あの時助けなければ、あの時頷かなければ、あの時帰ってこなくてもいいからねとか声を掛けて置けば、あの時見て見ぬふりをしとけば…。
後悔ばかりが押寄せる。もうキヨのことは忘れてたんだしあの日も無視しとけば良かった。どれだけ考えても結局はマイナスな方向に向かうばかりで。
キヨに淫情を抱いたのは1回ではなかった。 キヨで自分を慰めたことだってあった。いつか楽し気に綻ぶ唇を奪ってやろうとも考えていた。白い肌に映えるであろう鬱血痕だって、噛み跡だって付けてやりたかった。
ぴんぽーん、
最悪なタイミングで機械音が部屋に響いた。
こんな時に誰だ。覚束無い足取りで玄関を開けた。
( よっ。久しぶり。
「…」
立っていたのはキヨだった。あの頃と何ら変わりない姿で、表情で。
( またまた大事な話があって来た。
「…そう、上がって。」
無駄な希望は抱かないようにした。今希望を抱くなれば叶いもしない無駄なものばかりだったからだ。
( な、フジ、真剣に聞いてな。
「うん、なぁに?」
( 俺結婚する事になった。
「ッ…」
( 驚きだろ?俺も吃驚。
「…おめでとう……おめでとう。キヨ。」
( ありがとう。良かったらフジも結婚式来て欲しいなって思ってさ!
「うん、喜んで行かせてもらうよ。」
( こーすけ達も誘おうかなぁ
「そうだね、俺から声掛けとくよ。」
( まじ?助かる!
「……」
( 元気ない?
キヨが俺の顔を覗き込んだ。その時バッチリと目が合った。
「ごめん、キヨ、我慢出来ない。」
キヨの頬を挟んではそのまま唇を奪った。
啄むようなキスを数回した後キヨを乱暴に押し倒して舌を差し込んだ。
ガンッ、と床に頭をぶつけては少し唸るキヨをそっちのけでキヨの唇を貪った。自己中心的なのは俺が1番分かっていた。ただ、ただ今は…キヨへの愛が止まらなくなった。キヨの顔をじっと見詰めていた視界がだんだんぼやけた。キヨは苦しそうにしては背中を叩く。
「…ごめっ……きよ…ごめんっ、」
噦り上げながらキヨに謝罪をした。乱暴に目元を拭いながらキヨから離れた。
キヨは起き上がっては泣きじゃくる俺を暫く見つめた。
そして……俺を抱きしめた。
「ふ…じ……。」
「……きよ、、、?」
「ありが、と。んで、ごめ、んな。」
キヨは話しずらそうにしながらもゆっくりと言葉を紡いだ。
「ふじと、しゅわ、したの、たのしか、た」
「おれ、ふじ、との、じかん、すきだっ、た」
ぎゅう、と俺の背中に回った手に力が入った。
耳が聞こえない、話せない、と言うのはやはり気が気でなかったらしい。毎日周りからなんと言われているのかが分からずに外も普段通りに歩けず…苦労しか無かったらしい。
そんな中俺と出会って初めは警戒したし話すつもりもなかったそうだがあの頃のように話していたのを思い出して懐かしい気持ちが勝ったらしく、俺に少しづつ心を開いてくれたとの事だった。
結婚相手の女性は病院で出会った方らしく、手話を教えてくれた人でもあった。2人で手話を勉強していれば互いに惹かれあって交際。そして結婚、という形になったそうだ。
俺と手話を勉強している時間も彼女のことを考えながら教えていたのだろう、そう思っては胸が痛くてならなかった。
「ありがとう、キヨ。本当に…ありがとう。」
「ッう、ん」
「もう無理して話さなくていいよ。」
よしよし、と背中を摩ればキヨと身体を離した。
( 結婚式、来てくれる?
「もちろん、行かせてもらうよ。」
にこり、と心の底から笑えているのかも分からない笑顔をキヨに向けた。
戻れるのなら戻りたい。
実況を撮って笑いあっていた頃に。
高校生の時のように馬鹿言い合ってた頃に。
あの頃のように、何の気持ちもなく笑い合いたい。
︎ ︎︎︎︎︎
コメント
1件
うわぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!!!!!!!私キヨが活動休止とかしたらもう死んじゃうかも……