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いつぞや祐人と座っていたカウンターに座り、窓の外を眺めながら、二人でお茶をした。


「やっと専務に奢れました」

とのぞみが笑うと、京平は視線をそらし、言ってくる。


「……お前と出会ってから、おかしなことばかりだ」


いや、なにがですか、と思うのぞみに、京平はロータリーの先を見、


「此処から、駐車場の車が見えるな」

と言ってきた。


「あ、ほんとですね」


「今、お前のピンクの車の横にとめてきたんだ。

お前の車と俺の車が並んでいるのを見て、車同士もカップルのようで可愛いなとか思ってしまったり。


二人で此処でお茶できて嬉しいなとか思ってしまったり。

この俺がそんな阿呆なことを考えるなんて、お前は魔性の女だ」


……恋とは恐ろしいものだな、と駐車場の方見ながら、京平は呟いているが、のぞみは窓に映る京平の顔の方を見ていた。


「俺は今まで恋というものをしたことがなかったらしいとお前に出会って気づいたよ。


人間が猫にはねられたり、高校生になっても、自転車は下りしか乗れない奴が居るというのも初めて知ったが……」

と余計なことを付け加えたあとで、京平は、こちらを見る。


「のぞみ。


日曜日、俺と結婚するか。

俺とうさぎを見に行くか、どっちだ?」


いや、専務……。

その二択おかしいです。


今の話、ちょっといいなと思っていたのに……と思いながら、のぞみは固まっていた。



「……本当は泊まりがいいんだがな。

日程的に厳しいな。


うさぎの頭を撫でて、去る、みたいな感じになるな。


でも――

それも何十年か経ったら、いい思い出になるかな」


スマホでうさぎ島へのアクセスを調べ、メモ帳に綿密な計画を立てながら、京平が言ってくる。


相変わらず、計画好きな人ですね。

ところで、いつの間に、旅行先はうさぎ島に決定になったのでしょう。


そして、いつの間に、我々は何十年も一緒に居ることになったのでしょうか?


そう思いながら、のぞみは聞いていたが、特にツッコミはしなかった。


めんどくさいことになるのがわかっていたからだ。


ロータリーを回る車の明かりを見下ろしながら、


うーん。

このくらいなら、ゾワッと来ないなあ、などと思っていると、頬杖をついて、計画表を眺めていた京平が、

「腹減ったな。

なにか食べに行くか?」

と言ってきた。


だが、のぞみは、

「すみません。

私、二回もお茶したので、お腹いっぱいなうえに、お母さんに帰ってご飯を食べると言ってしまいました」

と答える。


「そうか。

じゃあ、仕方ないな」

とあっさり引き下がった京平が、少し寂しそうに見えたので、つい、


「あ、じゃあ、うちで一緒に食べます?」

と言ったのだが、京平は、いや、と断ってきた。


「毎度、そういうの、お母さんも困るだろ。


……お母さん」


ん? 今、お母さんが二度も出てきたぞ、と思いながら、京平を見ると、京平はのぞみの後ろを見ていた。


振り返ると、エスカレーターをこの場にちょっぴり不似合いなゴージャスなマダムたちが上がってきている。


「ほら、図書館のところにこんなの出来たのよ」

「あら、寄ってみる?」


「私、こういうところ、初めてだわ」

とわらわら話しながら、こちらにやってくる。


京平が舌打ちをし、

「……あの連中、図書館に用などないだろうに、何故来る」

と呟いていた。


「あら、京平じゃない」


「そして、何故、気づく……」

と呟く京平の許に、伽耶子かやこたちの一団がやってきた。


お食事をしたあと、最近、リニューアルした図書館を眺めに来たらしい。


「あら、のぞみさん。

みなさん、これがうちの嫁よ。


のぞみさん」


苗字はお忘れのようだ、と思いながら、

「坂下のぞみです」

と立ち上がり、頭を下げると、


「まあ、可愛らしくて、上品なお嫁さん。

いいわねえ。


うちの息子なんて、まだまだ、ひとりの方が気楽だとか言って」

とひとしきりマダムたちのお話が続く。


そのうち、

「お邪魔して、ごめんなさいね」

と言って、みんな、遠慮してか、離れたテーブルに行ってしまった。


だが、時折、視線が飛んでくる。


「まあ、伽耶子さんとこの息子さん、相変わらず男前ねえ」


「ほら、あの、なんとかいう俳優に似てない?


ほら……


あ~、年とったら、言葉が出て来ないわねえ」


……向こうの話が聞こえてくるということは、こちらの話も聞こえているということだな、と背中でその声を聞きながら思っていると、京平が、

「とりあえず、出るか」

と気まずそうに言ってきた。


「親の目があったら、いちゃいちゃできないじゃないか」


いや、あの方々が来られなくとも、こんなところではできないと思いますが。


……いや、他の場所なら、できるってわけではないですよ?

と心の声が京平に聞こえているわけもないのに、心の中で突っ込んでいると、伽耶子がやってきた。


「もう帰るの?

みんなに挨拶して帰ってね」


「……わかったよ」

と面倒事を避けるように京平はそう言う。


「京平、ちゃんとのぞみさん、送ってあげなさいよ」


「いや、この莫迦、毎日、車で出勤してくるから、送れないんだ。

せいぜい並走するくらいしかできん」

と外の駐車場を見ながら言う。


「ああ、あの京平の車の横にある可愛らしい車、のぞみさんの?」

「あ、はい、そうです」


下の駐車場に並ぶ車を見て、京平は喜んでいたが。


こうして見ると、大きな京平の高級車の横に、ちんまり並ぶ自分の車が、なんだか家と立場の違いを表しているように見えた。


思わず、渋い顔をしてしまい、

「どうしたの?」

と伽耶子に訊かれる。


「いや、お母さん。

こうして並んだ車を見ると、家の格の違いが如実にわかるというか。


私、やっぱり、京平さんのところにお嫁に行って、やってく自信がありません」


なんでだろうな。

お姑さんなのに。


一度、一緒に呑んで、伽耶子のそのさっぱりとした性格がわかっているせいか。


京平よりも、こういう話がしやすかった。


伽耶子はもう一度、並んだその車を見、


「でも、私は嫁は貴女がいいのよ。

もう何十年も先の未来まで、貴女込みで想定しているの。


年をとったら、貴女と京平が孫を連れて、私たちが隠居している別荘を訪れるのよ」

と言い出す。


「だから、貴女にお嫁に来てもらわないと困るわ」


まっすぐ、のぞみを見つめ、そう言ってくる伽耶子にのぞみは言った。


「……お母様、なんででしょう。

京平さんにプロポーズされたときより、感動しました、今」


おい、と言われるかと思ったのだが、京平は京平で黙り込んでいる。


どうしました? と思ったのだが、

「……いや、すまん」

と京平は言う。


「お前に今、京平さんと呼ばれて、言葉が出なかった――」


いやいやいや。

それは、お母様に専務というのも変ですし。


いつぞやみたいに、槙京平さんと、警察の人間が言うように、この場で言うのも変でしすね、と思いながら、赤くなって俯くと、笑った伽耶子が窓の外を見て言い出した。


「京平の車のせいで、のぞみさんがうちにお嫁に来ないというのなら。

京平、今すぐ車を買い替えてきなさい、百万くらいのに」


いやいや。

だからですね……、そういうところがちょっと、ついていけないかな、と思っているのですけどね……と思いながらも、あっけらかんとした伽耶子に、ついつい、のぞみも笑っていた。



あやうく車を買い換えさせられるところだった京平とは駐車場で別れた。


「気をつけて帰れよ」


伽耶子たちが来たせいで、別れる時間が早まったのに、京平は何故かご機嫌だった。


「俺は今、やり遂げた感に満ちあふれているんだ」

と笑顔で京平は言ってくる。


いや、今、なにをやり遂げたんですか……と思ったのだが、京平からの説明はなく、

「じゃあ、着いたら、すぐ連絡しろよ。

ほら、出て行くまで見ててやるから、早く乗れ」

と言ってきた。


はい、ありがとうございます、と頭を下げながら、


こんな風に大事にしてくれる感じって、いつまで続くのかなあと思っていた。


結婚して三年もしたら、古女房扱いで、夜道を歩こうがなにしようか心配されないかもしれない、と不安に思いながら、自宅に帰る。




わたしと専務のナイショの話

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