さぶ郎はとても困っていた。
ぺいんの自動販売機の商品補充について行かず、別の用事を終え、一人で店番をしていたところを男性に話しかけられた。客かと思った次の瞬間には手錠をかけられ誘拐されていた。あっという間の出来事すぎて、ぺいんやミンドリーに助けを求める時間も手段もなかった。
そのまま砂漠の銀行まで連れてこられ、今は銀行強盗犯がお金の回収を終えるのを待っている。
耳を澄ましてもサイレンの音は聞こえない。本署から遠すぎて時間がかかっているだけかもしれないが、困った状況なのには変わらない。
(ぺいんさん、ミンドリーさん、どうしよう………)
警察が間に合えば解放されるだろうが、問題は間に合わない場合だ。良心的?な犯人なら手錠を外してくれそうだが、そうでなければこのまま放置だ。手錠をされたままでは家族に連絡ができない上、水分も食事も取れずストレスがたまるだけの状態になり、非常にまずい。
(本当に困った)
途方に暮れ、何度目か分からないため息をついた時、外に誰かが来たような音がした。
「犯人いるかー?」
(あれ?この感じ………)
時は遡る。
日課の朝イチリサセンから戻ってきたミンドリーは、もう少しで店という路上でさぶ郎が誘拐されている現場を目撃した。
キャンピングカーを店裏のガレージに戻しながらもう一人の家族、ぺいんに電話をかける。
「ぺいん君、さぶ郎が誘拐された」
「はぁっ!?場所は?」
「誘拐現場は店の前。犯人は北上。車両は黒のジェスター。銀行強盗もしくは店舗強盗の人質なら、市街地北部から先、遠ければ砂漠の可能性もある」
「…了解。今、自販機補充がちょうど終わったところ。店に戻らないで船着場に行って、スパロー出す」
「俺は準備してまるん君に電話する」
ぺいんに必要な情報を伝えた後、ミンドリーは準備をしながらまるんに電話した。
「はい、こちら花沢まるんです。どうされました?」
「ミンドリーです。さぶ郎が誘拐された」
「さぶちゃんがですか?なんの目的で?」
「一人でいるところを狙われて、連れ去られるところを目視した。犯人からの要求はない。だから犯罪の人質の可能性がある。警察に情報が入ったら教えて欲しい」
「………気持ちは分かりますが、情報については無茶言っているのは分かります?」
まるんの問いにミンドリーの声が一段低くなる。
「承知の上だ。家族は助けるし、危害を加えるやつは誰であっても許さない」
「………俺の判断でこの場での回答はできません。ただ被害届を出すという建前はいるので本署まで来てください。上官と待機しておきます。でも、絶対に危害を加える云々の話はしないでください。あくまでも探して助けることが目的で」
「………分かった。すぐ向かう」
ミンドリーは電話を切り、再度ぺいんにかけ直す。
「ミンドリー?船着から病院、高級住宅街の方まで上から見たけど、それらしき車や犯罪している形跡はない。西か高級住宅街上か砂漠かも」
「今、まるん君と話した。被害者届けを出す体で本署に行く。俺たちでなんとかするつもりで来で欲しい」
「………今の警察はまだ信用できない?」
「それとこちらの手の内を明かしたくない」
「了解。スパローはステッカーないからいいけど、念の為、僕は変装して上空で待機する。流石に無線使うよね?何番?」
「33.1で」
「じゃ本署で。いつでもピック出来るようにする」
ミンドリーは店のランポといつもの中華料理店の格好で本署までやってきた。この日も駐車場を中心に署員が大声で騒いでおり賑やかだ。
車両の出入りが無いことを横目に確認しつつ本署前駐車場に車を停め降りると、先に連絡していたためか、まるんと小柳が待っていた。他にもミンミンボウのランポを見つけ、出前と思った署員が集まり出した。
「話はまるんさんから聞きました。ご家族のさぶ郎さんが誘拐されたことについて、詳しくお聞きしても?」
「犯人からの連絡がないので営利目的には思えません。犯罪の人質になった可能性が高いです。家族なので探しに行きたいのですが?」
小柳との問答が始まると同時にぺいんから到着の無線が入る。
───ドリー。本署着いた。高度170mで待機中。
「そこはご家族であっても、市民ではなく警察の領分です。危険な目に合わせることになりかねないので、こちらで見つけたとしても場所を教えることはできません」
小柳は懸命に警察の立場を訴える。ミンドリーは悠然と立ちながらも少し眉を顰めて静かに伝えた。
「今の警察を信用しろと?」
静かではあるが圧のある言葉だった。
昨日の話のあった警察の不手際とミンドリーと対面した時の事を思い出し、小柳はすぐに言葉を返せなかった。他の署員も同様だ。だが警察にも譲れないラインはある。
「確かに今の警察には至らない部分が多々あります。ですが『それでも』です」
ミンドリーはもちろん警察として小柳が譲れないことを理解している。しかし問答を続けることでさぶ郎を探しに行けない時間がもったいない。
───ぺいん。俺の後ろでホバリングで待機。情報を抜いたらすぐ離脱。
───了解。
ミンドリーは気づかれないよう無線を入れながらも小柳との話を続ける。
「………そちらの言い分も分かりますが、こちらも家族の命がかかっているんですよ」
「………並行線ですね。外でする話でもないですし、中で誘拐された時の状況を教えていただけますか?」
これ以上の時間はさけない。ミンドリーが次の手をと思った時、ぺいんから無線が入った。
───砂漠で銀行強盗発生。ジャグラーが1台出た。乗って。
「………埒があきませんね。やはり自分たちで探します」
そう言うとミンドリーは背後でホバリングしているスパローに乗り込み、飛び去ってしまった。
「………っ。誰かヘリ出して!追って!」
慌てた小柳が周りの署員に指示を出すが、まるんが止めた。
「小柳さん、相手はスパローです。今からワロタを出してもギリギリ追いつけません」
「じゃあ、黙って見とけって言うんですか!?」
焦りからか声が大きくなる小柳に対し、落ち着くようにまるんが諭す。
「そうではありません。先日の件もあり、あちらが我々を信用していません。あのまま我々の都合で話を進めれば、それこそ俺たちに被害が出ました」
「被害」の意味を咄嗟に想像できず、小柳はまるんに問うた。
「被害、ですか?」
「何故、スパローが着陸ではなくホバリングしていたのか。気づきませんでしたか?あれ、ブレードキルしながら離脱して、こちらの足止めを狙っていました」
それは小柳からすれば高度な技術だ。
「はぁ?そんなことできる人います?あと実際にやったら確実に犯罪者ですよ?」
「憶測ですが、彼らにとって家族を守るためには関係ないのかと」
「じゃぁ、あのスパローは伊藤さんですか?」
「スモークがあったので確証はありませんが、黒髪にガスマスク姿のため、ぺいんさんと断定できません。ミンドリーさんもまだ何もしていないので、今の段階ではただの市民。犯罪をした訳でもないので逮捕はもちろん指名手配もできません」
「………くそっ」
完全にしてやられた。小柳は舌打ちをしながらそんな事を思った。
同時にこうも考えた。
「それだけの事が出来ながら、本当にただの飲食店の店員なのか?」
そんな訳ないだろう───小柳のつぶやきは小さく、そばにいたまるんにも聞こえなかった。
コメント
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続きたのしみすぎます