テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
梅雨の晴れ間のような穏やかな午後。
みことはまだ少し足を引きずりながらも、日常の静けさを取り戻しつつあった。けれど、心の奥に残った揺らぎは、完全には癒えていなかった。
そんなある日。
2人きりの昼下がり。
すちは、少しだけ不器用な空気をまとって、みことの隣に座った。
「みこと、ちょっと……話しても、いい?」
「……うん?」
「俺ね、みことのこと、ずっと好きだった」
唐突な言葉に、みことは瞬きをした。
静かな空気の中に、その一言だけがはっきりと響いた。
「最初は、笑ってる顔が好きでさ。
だけど一緒に過ごすうちに、泣き顔も、怒った顔も、全部ちゃんと見たいって思うようになった。
だから……本当の意味で、そばにいたいって、思ってる」
みことは言葉が出てこなかった。
心臓が、少しずつ早鐘を打ち始めているのがわかる。
けれど、逃げようとは思わなかった。
それどころか、なぜか……息がしやすくなった気がした。
「……俺……自分の感情、まだちゃんとわからないけど……」
みことは、すちの方にゆっくりと視線を向けた。
「すちといると、ほっとする。
怖くないし、あったかくて、落ち着く。……それって、たぶん、好きってことなんだろうなって……思いたい」
「……思ってくれていいよ」
すちは微笑んだ。
みことの手を、そっと取る。
逃げ道も、強制も、そこにはなかった。
ただ、優しく包み込むような静かな熱だけが、あった。
「みことが“わかった”って言えるその時まで、俺は待つよ。何年でも。
でも、もし今、“そばにいていい”って言ってくれるなら、俺は全力でそばにいる」
みことは、一瞬だけ目を伏せ、そして――小さく頷いた。
「……そばにいて。今、すごく、すちにいてほしい」
その言葉に、すちはほっとしたように息を吐き、みことの手を強く握った。
そして、そっと額を寄せ合うように、2人は目を閉じた。
それはキスよりも深くて、言葉よりも静かな、心の重なりだった。
みことは知った。
「好き」は、無理に探すものじゃなくて――
自然と、誰かの隣で芽生えるものだってことを。
そして「誰かを信じたい」と思う心こそが、愛の始まりなんだということを。
しばらくの沈黙のあと、みことがぽつりと口を開いた。
「すち……」
「うん?」
みことは少し顔を赤くしながら、視線を落としたまま言う。
「……キス、してみたい」
すちは驚いたように目を見開いた。
けれどすぐに柔らかな笑みが浮かび、優しく答えた。
「いいの……?」
「怖いし、わからないけど……でも、どうしても知りたくて……。
すちとなら、きっと大丈夫な気がして」
すちはじっとみことを見つめてから、そっと手を取った。
「ありがとう、言ってくれて。
俺も、みこととなら、どんなことでも嬉しいよ」
みことは少しだけ笑った。
その表情は、いつものぼんやりした優しさの中に、確かな強さが宿っていた。
すちはゆっくりと距離を縮めて、みことの額に軽くキスをした。
すちの額に触れた唇の温かさは、みことの全身をじんわりと包み込んだ。
柔らかくて、優しくて、まるで初めて知る温度のようだった。
みことは目を閉じたまま、静かに呼吸を整える。
心臓が少し速くなっているのが、自分でもわかった。
すちがゆっくりと顔をあげて、みことの瞳を覗き込む。
その視線はまっすぐで、甘くて、まるでみことだけを映し出すようだった。
「みこと……どう?」
みことは恥ずかしそうに目をそらし、ぽつりと言った。
「すちのキス……気持ちいいね」
その天然すぎる一言に、すちは一瞬だけ驚き、そして優しく笑った。
「そっか、よかった」
「うん……なんか……あったかくて、安心する……」
みことの顔が、ほのかに紅潮している。
その純粋な言葉にすちは胸がきゅっとなり、もう一度、ゆっくりと唇を重ねた。
今度は、みことの反応を確かめるように、そっと。
みことも少しずつ、すちのぬくもりに触れて、静かな喜びを感じていた。
「これから、いろんなこと、一緒に感じていこうね」
すちの声は甘く、力強かった。
みことはじっと頷き、初めて見せる柔らかな笑顔を浮かべた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!