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「わあ! 梨がある!」

「葡萄もあるよ!」


その日の夕食には、いつもの料理に加えて果物が並び、子どもたちは歓声を上げる。

しかし、エアハルトはきょろきょろと食卓の上を見渡した。


(もっと種類を持ってきたつもりだったが、これだけだったか?)


そんなエアハルトの心中を察したのだろう。

隣に座っていたクラーラが、こっそり打ち明ける。


「いつもの食事量に慣れている子どもたちは、一度にたくさん出しても食べきれないんです。無理して食べて、お腹を壊してはいけないから調整してあります」

「そうだったのか。あまり大量に持ってくるべきではなかったな」

「いいえ、すぐに食卓には出せなくても、残りは保存食にしますから大丈夫ですよ」

「保存食に?」


それを聞いてエアハルトの脳裏に浮かんだのは、遠征のときに携帯する硬い干し肉だった。

干した野菜や果物もあった、と思い返していたら、クラーラが説明してくれる。


「果物の多くは、ジャムにします。野菜も足がはやいものは、酢漬けにしたり塩漬けにしたり……」

「保存方法がいろいろあるんだな」

「旬で安く買えるときにたくさん買って、長期保存させるのが院長先生のやり方なんです。修道院では清貧を心得としていますから」


清貧という言葉を聞いて、エアハルトはふと思い出す。


「失礼じゃなければ教えて欲しい。俺のいた国では、修道院の者はベールを頭にかぶっていた。それは清貧の証だと聞いたことがある。オルコット王国では……髪を短くするのが同じ意味になるのだろうか?」

「髪にお金をかけていないという意味では、同じです。ただ、オルコット王国では、短い髪には別の意味もあって――」


そこでクラーラは口を噤んだ。

正妃だったダイアナによって、美しかった長髪をザックリと切られ、短くそろえるしかなかった母の姿を思い出したからだ。

言いにくいことなのだろうか、とエアハルトは質問を引っ込めようとしたが、それより先にクラーラが答える。


「短い髪の女性を、『美しくない者』とする習慣があります。もともとは、長い髪の女性を美しいと褒め称えていたのが、対極の意味も持つようになったのです」

「『美しくない者』? そんな馬鹿な――俺はクラーラほど美しい女性には、会ったことがない」


真顔で驚いているエアハルトの発言に、クラーラは首まで赤くなる。

髪を短くしてからというもの、クラーラ自身も己を『美しくない者』という認識で生きてきたからだ。


「なんという文化の違いだ。クラーラが『美しくない者』に分類されるなんて、あり得ないし信じられない」

「ハル、その辺で止めておかないと、クラーラちゃんが茹で上がっちゃいますよ?」


フリッツの指摘する通り、頭から湯気が上がりそうなクラーラは顔を両手で覆っていた。

好ましく思う男性から、手放しで褒められて、クラーラはどうしていいのか分からない。


「だが、フリッツも納得できないだろう? 俺の姉さんだって、髪はそんなに長くない」

「お国柄の違いということでしょうね。カロリーネさまの髪が短いのは……その方が戦闘向きだから、という面もありますが」

「そもそも美醜というのは、外見だけに使われる言葉でもないと思う。内面の美しさは、外見を凌駕する。クラーラはそういう点でも美しい」


エアハルトから真剣に言い切られ、クラーラはますます頬が赤らむ。

髪が長かった頃は、母親に似た銀髪が好きだったが、見習いシスターとなってからは、美とは無縁の生活をしてきた。

身に余る賛辞にクラーラが狼狽えていると、エアハルトはさらなる追撃をしてきた。


「丁寧なスープ作りを見せてもらって、思ったんだ。食べる人へ心を配らないと、あんな手間暇はかけられない。クラーラのスープは、クラーラの優しさの味がする」

「エ、エアハルトさん……もう、それ以上は……」


エアハルトとクラーラのやり取りを、食事をしながら子どもたちがジッと見ていた。

ふふっとドリスが声に出して笑ったので、エアハルトも周囲の状況に気づく。


「すまない、思ったことをそのまま口にし過ぎた。この国の文化は理解したけど、ちょっと納得ができなくて」


エアハルトもクラーラも、顔を赤くしながら食事を再開する。

今日の食卓にも、温かい雰囲気が漂っていた。


◇◆◇◆


エアハルトとクラーラは、厨房で並んで片づけをしていた。

おっかなびっくり皿を拭いているエアハルトと、きゅっきゅと皿を洗っているクラーラが話しているのは、お互いの夢についてだ。


「確定していた未来に反発する形で、家を飛び出したんだ。どう考えても、姉夫婦の方が家を継ぐのに相応しいと思ったし、俺はまったく違うことをやってみたくてね」

「それで、オルコット王国での起業を考えたのですか?」

「この国が不景気なのは、分かっている。だからこそ、活かせる強みもあると思うんだ。失業者や孤児の数が多いということは、それだけ働き手が集まるということだから」


そうっと拭き終わった皿を重ね、それらを食器棚へと運ぶエアハルト。

エプロンで手を拭いたクラーラもその後に続く。


「クラーラの将来の夢はなんだろう?」

「夢……というほどではないのですが、院長先生のようになりたいと思っています」


かちゃり、と器の立てる小さな音がする中、クラーラは己の考えを初めて吐露する。


「国から重税が課されて、城下町に失業者が出始めた頃でした。院長先生は真っ先に、炊き出しを行ったのです。当時、まだどこの教会も、事態を重く見てはいませんでした」


片付け終わっても、エアハルトはクラーラの話の続きを待っている。


「やがて失業者は増え続け、ようやく大きな教会も、慌てて炊き出しを始めました。すると次に院長先生は、孤児院の建設に取り掛かったのです。その費用を集めるため、昔馴染みに声をかけて寄付を募ったと言っていました」


クラーラはエアハルトの黒く輝く瞳を見つめ、そこへ思いの丈を打ち明ける。


「院長先生は、何が求められているのかを誰よりも早く察知して、行動します。院長先生のように即断即決とはいかなくとも、私も自分で考えて動ける人になりたいと願っているのです」


国王の訃報を知ったときに決めた覚悟は、今日まで変わっていない。

真っすぐな視線に込められたクラーラのひたむきな望みが、エアハルトの胸に刺さる。

やはりクラーラが好きだと、エアハルトは改めて感じた。


「目標とする人がいるのは、素晴らしいことだ」

「なるべく多くを学びたいと思っているのですが、院長先生は掴みどころのない人でもあるので――」

「確かに。どこか俗世から卓越したものを感じるな」

「はっきり聞いてはいないのですが、元は名のある貴族の出身らしいのです」


その言葉はクラーラにも当てはまるのだが、ダイアナから匿ってもらっているクラーラと、自らの意志で洗礼を受けたドリスでは、そもそもの心構えが違う。


「ではクラーラも、いずれ見習いが取れてシスターとなり、神に仕える一生を過ごすつもりなのか?」

「それは……」


王家の血が流れている以上、クラーラは王城へ連れ戻される可能性がある。

そこにクラーラの意志が反映されるかは、不明だ。

はっきりと答えられないクラーラに、なんとなくエアハルトも事情があるのだと察した。

そこでエアハルトは回答を求めず、気になっていた別の質問を挟む。


「オルコット王国でも、シスターは神の花嫁という定義でいいのだろうか?」

「間違っていません」

「つまり……恋愛はご法度?」


エアハルトのひそめた尋ね声に、クラーラは飛び上がるほど驚いた。

密かにエアハルトへ抱いていた淡い気持ちを、見透かされたように感じたからだ。

慌てて平静を装い、クラーラは返答する。


「場合によるみたいです。還俗して結婚したシスターも、実際にはいますから」


とても珍しいことではあるが、前例がないわけではない。

それにクラーラはドリスから、誰かを愛することは罪ではないと教えられた。

秘めていようとは思っているが、エアハルトに惹かれてしまう心は止められない。

ドキドキしているクラーラを余所に、エアハルトがははっと笑った。


「神の花嫁に横恋慕したら、罰が当たるかと思っていた」


安心したよ、とエアハルトは続ける。


「俺はクラーラが好きだ。できれば、ずっと隣にいる権利が欲しい。だがクラーラがシスターを目指しているなら、邪魔したくないし応援したい。――神とは恋敵になってしまうが」

「え……? そ、れは……」


一体、何を言われているのか。

クラーラの耳はエアハルトの声を拾っているはずだが、その内容に現実味がない。

ただ、自分の頬が熱を持って火照っているのは、クラーラにも分かった。


「クラーラの未来の選択肢にまだ余白があるなら、その中に俺を入れてくれると嬉しい。出会って数日だが、こんな気持ちになったのは初めてなんだ」

「エアハルトさん……」


にっこりと微笑まれて、クラーラは次の句が継げなかった。

ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした

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